まず結論から
- 「吃音と手話」という題の資料は、実際にあります。日本で最も歴史の古い吃音の自助団体である言友会の全国組織が、無料で配布する資料の一つとしてこの題を挙げています。
- 声の出し方が変わると、吃音の出方も変わります。歌を歌うとき、二人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどには、一時的に流暢になる人が多いとされています。
- 言いにくい単語を別の言葉に言い換えて隠す工夫は、広く使われています。ただしそのとき吃音は目立たなくなる一方で、出ないかどうかを日々警戒しながら生活することになる、とも説明されています。
- 困り方は、その人が置かれた場面によって変わります。国内の180名分のデータを解析した厚生労働科学研究の報告は、吃音のある人は特定の場面で困り感が増すとしています。
- 伝え方そのものを変える前に、自分から吃音のことを伝えるという手があります。30年ぶんの研究をまとめたレビューは、18件中15件で全体として好ましい影響があり、謝る形よりも謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められたと報告しています。
ただし、手話が吃音にどう働くのかを確かめた研究は、この記事が参照できた資料の中にはありませんでした。ここから先に書けるのは、声以外の形で伝える場に立った人たちの記録と、伝えることについて分かっていることまでで、手話を吃音の対処法としてすすめるものではありません。
「吃音と手話」という資料は、たしかにある
まず、手がかりになる事実から確かめます。特定非営利活動法人 全国言友会連絡協議会は、出版事業の案内ページで、支援者や周囲の人に向けた資料を並べています。無料で配布している資料の一覧の中に、「知っていますか?吃音」「就職を目指す吃音のある人のためのサポートブック」「企業向け吃音リーフレット」と並んで、「吃音と手話」という題の資料が挙げられています。
言友会は1965年に発足した、日本で最も歴史の古い吃音の自助団体です。その全国組織が、自分たちが配る資料の題としてこの二つを並べている——つまり「吃音と手話」は、誰かが思いつきで結びつけた組み合わせではなく、当事者の団体が正面から扱っているテーマだということです。ただし、その資料の中身までは、ここで確かめた範囲では分かりません。
もう一つ、手話という手段が公的な文書に並んでいる場所があります。厚生労働省の資料は、事業主に望まれることとして、採用試験を行う場合には応募者の希望を踏まえた点字や拡大文字の活用、手話通訳者等の派遣、試験時間の延長や休憩の付与などの配慮を挙げています。ここでは、どの配慮が誰のためのものかは書き分けられておらず、「応募者の希望を踏まえて」という一言で束ねられています。
そして学会の解説は、2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの配慮を求めることができると書いています。求める側から見れば、「話す」という一つのやり方だけが前提ではない、ということになります。
手話を使う舞台の上でも、どもっていた
「手話なら、声を出さずに済む」。そう考えたとき、いちばん知りたいのは「じゃあ、そこではどもらないのか」でしょう。手話を使う場に立った吃音のある子どもの様子を、その場にいた保護者が書き残しています。
吃音のある子どもの保護者(島根スタタリングフォーラムの親の話し合いの記録)
昨夜中学生がとてもどもりながら手話落語をしましたね。娘は、落語自体を楽しんで笑っていました。私は、その子があんまりどもるので、つい笑うのを止めてしまいました。その後、娘は、私の顔色を見て、笑うようになりました。止めた自分にも、笑う自分にも腹立たしさを感じました。
吃音のある子どもとその家族が集まる二日間の集まりの、夜の出し物での場面です。手話を使った落語という、声だけに頼らない形の舞台に立ちながら、その中学生はどもっていました。そして客席で起きたのは、伝わったかどうかではなく、笑っていいのかどうかという迷いでした。母親は自分が笑うのを止めたことにも、そのあと娘の笑いが自分の顔色を見て戻ってきたことにも、腹立たしさを感じたと書いています。進行役は、笑いにはさげすみやからかいの笑いだけでなく、共感や励ましの笑いもある、と応じています。声以外の形で伝える場を選んでも、どもりが消えるわけではなく、周りの受け取り方の問題もそのままついてくる——ここで起きていたのは、そういうことでした。困り方が場面によって変わることは、国内の調査でも指摘されています。
出典: 第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 3(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0115)
吃音のある人180名分のデータを集めて解析した厚生労働科学研究の報告は、吃音のある人は特定の場面で困り感が増すことが分かったとしています。この研究班は、困難の度合いを調べる問診票を幼児・学童期・青年期以降のライフステージごとに作り、その信頼性と妥当性を検証したうえで、支援機関が対応するためのマニュアルと啓発用のプリントも作成しています。つまり「どのくらい困るか」は、その人の中で固定されている数値ではなく、どの場面に立っているかで動くものとして扱われています。
そして、その瞬間に本人の中で何が起きているのかは、外から見ても分かりません。成人の吃音の体験を整理した論文は、話している最中に「詰まっている」「自分の制御から外れている」と感じるその感覚は、話している本人だけが知りうるものだ、と述べています。舞台の上でどもっていた中学生が何を感じていたかも、見ていた側には分からないままです。
言いにくい言葉を、別の言葉に取り替える
声以外の手段を探す前に、多くの人がすでにやっていることがあります。言葉そのものを、言いやすいものに取り替えることです。声を使う仕事をしている人は、それをかなり意識的に組み立てています。
吃音のある舞台役者本人(note に公開された記事)
その時は、相談をします。脚本家や演出家に相談をし、その不安なセリフと同じ意味になるセリフ(「ありがとう」と言うセリフなら「どうもありがとう」)を提案していただいたり、こちらから変更の許可をいただきます。やはり作品には無駄なセリフやニュアンスというのは無いので出来るだけやりたくはない事です。
舞台はやり直しがきかない、と本人は書きます。だから稽古を三段階に分け、最初の本読みでは自分が身構えてしまうセリフに目星をつけるだけにとどめ、次の立ち稽古では、頭を下げるといった動作を添えられないかを役柄と照らして考える。それでも残ってしまったセリフについて書かれているのが、この一節です。ここで起きているのは、言葉を取り替えるという作業と、そのために人に事情を明かすという作業が、同時に必要になるということでした。言い換えという工夫そのものは、学会の解説にも登場します。
出典: 吃音症でも舞台役者になれるのか(note)(台帳: V0037)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、思春期以降の経過をこう説明しています。話す場面での失敗の経験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになる。また、吃音を巧みに隠そうとして、言いにくい単語を言い換えるなどの工夫をすることもある。この場合、吃音は目立たなくなりますが、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活をしている——という説明です。
同じことは、成人の体験を扱った論文にも出てきます。この論文は、聞き手からは見えにくい反応として、特定の音・語・場面を避けること、どもりそうだと思ったときに語を言い換えることを挙げ、500人を超える成人への調査では、およそ半数が少なくともときどきそうした行動をとっており、1〜2割は「よく」または「いつも」とっていた、という調査結果を紹介しています。言い換えは、うまくいけばいくほど外から見えなくなるという性質を持っています。だからこそ、周りからは「困っていない人」に見えてしまいます。
声が出ないとき、身体で伝えるしかなかった
言い換える余裕も、相談する相手もいない場面があります。そういう場面で何が起きるのかを、そのまま語っている人がいます。
重度の難発(言葉がなかなか出てこない状態)がある女性(取材時29歳)を取材した新聞記事。かぎ括弧の中が本人の言葉
数年前、乗っていたスクーターがスリップして転倒。停車中のダンプカーの下に入り込んで動けなくなってしまうという事故を経験した。「助けを呼ぼうとしたら、『助けて』の『た』がどうしても出てこない。吃音で命の危険を感じた瞬間でした」
2歳で発症し、就職活動の面接では自分の名前を言うので精一杯だった、と振り返る女性です。道路で身動きが取れなくなったそのとき、この人を助けたのは言葉ではありませんでした。記事には、偶然通りかかった人の足を必死に掴んで事なきを得た、と書かれています。言い換えも、原稿も、事前の準備も間に合わない一瞬に残っていたのは、手を伸ばすという動作だけでした。帰国後、この人は当事者どうしが互いを認識するための輪ゴム状のアイテムを作り、寄せられた声を発信する活動を始めています。声以外の形で伝えるという話は、緊急の場面から日常の場面まで地続きです。
出典: 「何度も死にたいと思った」吃音の知られざる苦悩 当事者の女性が「社会の無理解を変えたい」と立ち上がる(神戸新聞NEXT)(台帳: V0127)
吃音の臨床が扱う対象についても、同じ方向の指摘があります。先ほどの論文は、治療は聞き取れる話し方の乱れを減らすことだけを目標にすべきではないとし、話す人自身がその感覚にどう反応するか、周りの環境がどうなっているか、生活のどこが制限されているかまでを対象にすべきだと述べています。そのための取り組みの例として挙げられているものの中に、自分から吃音のことを伝えることと、自分に必要なことを自分で主張することが含まれています。
学会の解説も、困りやすい場面を具体的に挙げています。中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対などが、話すことに困難を感じやすい場面だとされています。どれも「その場で声を出すこと」が前提になっている場面です。
伝えようにも、自分でも説明できなかった
「先に言っておけばいい」という助言は、よく耳にします。けれども、そもそも自分の身に何が起きているのかが分からない時期には、その助言は届きません。
吃音のある医師本人の手記(書籍からの抜粋記事)
さらに、言葉を発するときはいつも吃音の症状が出るのであれば、心の準備もできそうなものですが、「どもりそうだ」と思っていても、すらすら言えるときもあります。緊張しているから必ずどもるというものでもなく、緊張していてもどもらないときもあるのです。
私は30年以上も吃音がありながら、いまだにどのような状態で吃音が出るのか、出ないのか、はっきりとはわからずにいます。ですから、当時の私が自分の吃音について他人に説明できるはずがありませんでした。
日直の号令で「起立」の「き」が出ず、周りから「早く終わろうよ」と声が飛ぶ。国語の本読みの順番を前日に予測して、同じ一文を何度も練習しても、本番ではやはりつかえる。そういう小学生時代を振り返ったあとに置かれているのが、この二段落です。三十年たった今も、出るときと出ないときの境目が分からない。だから当時、自分の口で説明できたはずがない——本人はそう書いています。伝えるかどうかを選ぶ手前に、「伝える言葉を持てるかどうか」という段差があることが、ここではっきりします。
出典: 「起立、気をつけ、礼」が言えない――吃音者の悩み(1)(本がすき。)(台帳: V0494)
自分から吃音のことを相手に伝えること(自己開示)については、30年ぶんの研究を集めて整理したレビューがあります。テキサス大学オースティン校などの研究チームがまとめたもので、条件をそろえて効果を測った18件の研究のうち15件(83.3%)で、伝えることは全体として好ましい影響を持っていました。さらに、伝え方を条件として比べた研究では、13件のうち12件(92.3%)で、謝る形の伝え方や何も伝えない場合よりも、謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められていました。このレビューは、謝らない形で伝えることが、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担をやわらげる、と結論づけています。
ただし、この結論をそのまま日本に持ち込めるかというと、慎重さが要ります。筑波大学などの研究チームが、自己開示の度合いを測る尺度の日本語版を作って日本の吃音のある成人に調べたところ、打ち明ける度合いは米国の調査より低いという結果でした。研究チームは、これは社会文化的な違いを反映しているのかもしれないと述べています。同じ分析では、自助グループに参加した経験があること、自己受容が高いこと、自分に向ける否定的な思い込みが少ないことが、より高い自己開示と結びついていました。伝えられるかどうかは、本人の勇気だけの問題ではなく、どんな場を経てきたかの問題でもある、ということになります。
相談先と、周りに頼めること
手話を覚えるかどうかを一人で考え込む前に、当たれる先があります。子どもの場合、吃音の支援者として名前が挙がるのは、学校の「ことばの教室」の先生と言語聴覚士です。当事者団体は、この人たちを主な対象にした指導教材や啓発資料を作っています。
大人の場合、働く場面での相談先は制度として用意されています。ハローワークでは、専門の職員・相談員が就職を希望する障害のある人に職業相談を行い、就職した後も職場に適応できるよう定着の指導を行っています。地域障害者職業センターでは、職場にジョブコーチ(職場適応援助者)の派遣を受けて、仕事の進め方やコミュニケーションの面での支援、事業主や同僚に対する職場環境の改善の助言などを無料で受けられます。また、一般の従業員を主な対象に、精神障害や発達障害について正しい理解を促し、職場の応援者を育てる講座も全国で開かれています。
配慮を求める根拠については、学会の解説がまとまっています。障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの配慮を求めることができるとされています。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があるとも書かれています。手帳については、家族以外との意思の伝達が難しいと認定された場合に身体障害者手帳が交付されることがあり、その要件も同じ解説に記されています。
次のようなときは、一人で抱え込まずに相談を考えてみてください(あくまで一般的なきっかけで、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話す場面を避けるために、行きたい場所や受けたい試験をあきらめ始めている
- 言い換えでしのげてはいるが、言えるかどうかを常に警戒している状態が続いている
- 職場や学校で、話す以外の方法を認めてもらえず困っている
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
「手話を覚えれば」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 手話を「吃音の治し方」として探す
手話が吃音にどう働くのかを確かめた研究は、この記事が参照できた資料の中にはありませんでした。当事者団体が「吃音と手話」という題の資料を配っていることは確かですが、その中身までは確かめられていません。効果があるともないとも言えない段階のものを「治し方」として受け取ると、期待した通りにならなかったときに、うまくいかなかった理由を自分に帰してしまいます。声の出し方で出方が変わること自体は知られていて、歌うときや二人で声を合わせるときには一時的に流暢になる人が多いとされていますが、それも「一時的」と書かれています。
落とし穴2 − 言い換えでしのげているから大丈夫、と考える
言いにくい単語を言い換える工夫は、外から見れば成功しているように見えます。けれども学会の解説は、その場合に吃音は目立たなくなる一方で、実際には吃音が出ないかを日々警戒しながら生活していると書いています。成人を対象にした調査でも、およそ半数が少なくともときどき、避けたり言い換えたりといった外から見えにくい行動をとっていたと紹介されています。「見えていない」ことと「起きていない」ことは、同じではありません。
落とし穴3 − 伝えるときに、つい謝ってしまう
話す以外の方法をお願いするとき、「すみません、うまく話せなくて」と切り出したくなります。ただ、伝え方を条件として比べた研究では、13件のうち12件で、謝る形や何も伝えない場合よりも、謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められていました。事実として伝えるほうが、相手にも自分にも負担が少ないという結果です。伝える練習の場として、自助団体という選択肢もあります。日本の当事者を対象にした調査では、自助グループに参加した経験が、より高い自己開示と結びついていました。
よくある質問
吃音のある人は手話を使えますか?
手話そのものを学ぶことを妨げるものは、この記事が参照した資料の中にはありません。吃音の当事者団体である全国言友会連絡協議会は、無料で配布する資料の一つに「吃音と手話」という題のものを挙げており、当事者の側でも扱われているテーマです。ただし、手話が吃音にどう働くかを確かめた研究は見当たらないため、「使える/使えない」を研究の裏づけつきで言い切ることはできません。
手話を覚えれば、どもらずに伝えられますか?
そう言い切れる根拠は、この記事が参照した資料の中にはありませんでした。声の出し方が変わると出方が変わること自体は知られていて、歌うときや二人で声を合わせるとき、独り言のときには一時的に流暢になる人が多いとされていますが、いずれも「一時的」と説明されています。手話について同じことが言えるかどうかは、確かめられていません。
手話を使う場面なら、吃音は出ないのですか?
少なくとも、出ないとは限りません。手話を使った落語の舞台に立った中学生が、とてもどもりながら演じていたという保護者の記録があります(台帳: V0115)。困り方が場面によって変わることは、国内の180名分のデータを解析した厚生労働科学研究の報告でも指摘されています。
声が出ないとき、職場や学校で何を頼めますか?
学会の解説は、障害者差別解消法にもとづき、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの配慮を求めることができるとしています。厚生労働省の資料も、採用試験では応募者の希望を踏まえた配慮の例として、点字や拡大文字の活用、手話通訳者等の派遣、試験時間の延長や休憩の付与を挙げています。相談先としては、ハローワークや地域障害者職業センターがあります。
吃音のことを伝えるとき、どう言えばいいですか?
30年ぶんの研究をまとめたレビューでは、伝え方を比べた13件のうち12件で、謝る形や何も伝えない場合よりも、謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められていました。一方、日本の当事者を対象にした調査では、打ち明ける度合いは米国の調査より低く、自助グループに参加した経験がより高い自己開示と結びついていました。言い方だけでなく、練習できる場があるかどうかも効いてきます。
まとめ
- 「吃音と手話」という題の資料は実在し、日本で最も歴史の古い自助団体である言友会の全国組織が無料で配布している。ただし、手話が吃音にどう働くかを確かめた研究は、この記事が参照できた資料の中には無かった。
- 手話を使った落語の舞台の上でも、その中学生はどもっていた(台帳: V0115)。困り方は場面によって変わることが、国内の調査でも指摘されている。
- 言葉そのものを言いやすいものに取り替える工夫は広く使われているが、吃音が目立たなくなるかわりに、出ないかを日々警戒しながら生活することになるとされる。成人の約半数が、避けたり言い換えたりする行動を少なくともときどきとっていたという調査も紹介されている。
- 自分から吃音のことを伝えることについては、18件中15件で全体として好ましい影響があり、謝らない形のほうが好意的に受け止められていた。日本の当事者は打ち明ける度合いが低めで、自助グループの経験がそれと結びついていた。
- 働く場面では、ハローワークやジョブコーチによる支援があり、採用試験での配慮の例も公的資料に挙げられている。子どもの相談先としては、ことばの教室の先生と言語聴覚士が挙げられている。