吃音とは?まず「話し方の障害」という定義から
吃音(きつおん、どもり)とは、話し言葉がなめらかに出てこない「発話障害」のひとつです(S0001)。声を出す仕組みや知能そのものの問題ではなく、言いたいことははっきりしているのに、その入り口の音がスムーズに出てこない状態を指します(S0006)。世界的にも、話し言葉のなめらかさ(流暢性)が乱れる話し方として定義されています(S0001)。
子どもの発症はめずらしいことではありません。吃音は2〜5歳ごろに始まることがほとんどで、幼児のおよそ5〜10%程度にみられます(数値は資料によって幅があります)(S0001, S0005, S0006)。その多くは自然におさまり、大人になっても続く人はおよそ1%とされています(S0001, S0006)。
当事者の親の声(母親・仮名/たまひよ 体験記・言語聴覚士監修)
2017年4月20日、2才8カ月の時のことでした。
発症の日付まで覚えている、という保護者は少なくありません。ある日ふいに、それまでスラスラ話していた子の言葉の最初の音が繰り返され始める——この「急に始まる」体験は、後述するように吃音の始まり方の特徴のひとつと一致します。
出典: 「どうして僕はうまくしゃべれないの?」ある日突然、3才の息子に吃音の症状が…(たまひよ)(台帳: V0006)
吃音の3つの症状 — 連発・伸発・難発
吃音に特徴的な話し方は、次の3つのうちどれか1つ以上がみられることです(S0001)。
- 連発(れんぱつ):音を繰り返す。例「ぼ、ぼ、ぼくは」(S0005)
- 伸発(しんぱつ):音を引き伸ばす。例「ぼーーーくは」(S0005)
- 難発(なんぱつ):言葉がなかなか出ず、間があいてしまう(ブロック)。例「・・・・ぼくは」(S0005)
多くの場合、軽い繰り返し(連発)から始まり、進んでいくと伸発や難発が現れることがあります(S0001)。また、いつも同じように出るわけではなく、調子の良い時期と出やすい時期の「波」があるのも特徴です。
2つの種類 — 発達性吃音と獲得性吃音
吃音は大きく2種類に分けられます(S0001, S0006)。
- 発達性吃音:幼児期(2〜5歳ごろ)に自然に始まるもの。吃音の約9割はこちらです(S0001)。この記事で「原因」として扱うのも、主にこの発達性吃音です。
- 獲得性吃音:青年期以降に、脳の病気やけがの後に生じる「神経原性」と、強いストレスや心的な負担のあとに生じる「心因性」があります(S0001, S0006)。
吃音の原因は「一つ」ではない — 体質×発達×環境
ここが本題です。発達性吃音の詳しい原因は、まだ完全には解明されていません。ただし「よく分からない」という話ではなく、複数の要因が影響し合って発症するという点では、公的機関の説明が一致しています(S0001)。国立障害者リハビリテーションセンター研究所は、次の3つの要因を挙げています(S0001)。
- 体質的要因:子ども自身が生まれ持った、吃音になりやすい何らかの特徴
- 発達的要因:からだ・認知・言語・情緒が爆発的に伸びる時期の影響
- 環境要因:周囲の人との関係や、生活上の出来事
大切なのは、これらが単独ではなく「重なり合って」働くという考え方です。だからこそ「これさえなければ吃音にならなかった」という単一の原因を探しても、答えは見つかりません。次の章から、この3要因のうち最も比重の大きい「体質」から順に見ていきます。
原因の約8割は「体質」— 双子研究と遺伝
3つの要因のうち、研究上とりわけ大きいとされるのが体質的要因です。双子を対象にした研究から、吃音の原因のおよそ8割は、その子が生まれ持った体質によると報告されています(S0005)。
遺伝の関与は、双生児での「一致率」からも読み取れます。遺伝子をほぼ共有する一卵性の双生児では両方に吃音が出る割合が約70%、遺伝子の重なりが半分の二卵性ではおよそ30%と報告されており、遺伝的な近さが大きいほど一致しやすいことが分かります(P0003)。近年は、吃音に関連する遺伝子の探索も進み、これまでに見つかった原因遺伝子は細胞内の物質の運搬(輸送)に関わる働きの不具合を指すことが報告されています(P0006)。
ただし「遺伝=100%決まる」ではありません。一致率が一卵性でも70%程度にとどまることは、遺伝以外の要因も関わることの裏返しでもあります(P0003, P0006)。だからこそ、次に挙げる脳の働きや発達の要因が重なって、はじめて発症に至ると考えられています。
脳の働きの違いという視点
「体質」をもう少し具体的に見ると、話し言葉をつくり出す脳のネットワークの働き方の違いが関わっているとする研究があります。吃音では、運動の調整に関わる「大脳基底核」を含む神経回路の働きに違いがあることが指摘されています(P0002)。発話は、多くの脳の領域が高速で連携して初めてなめらかに成り立つ複雑な運動で、その連携のどこかに生じるわずかなズレが、吃音として表れると考えられています(P0002, P0003, P0004)。
専門的にはまだ議論の続く領域ですが、少なくとも「気の持ちよう」や「性格」の問題ではなく、脳の話し言葉の仕組みに根ざした現象だという点は、原因を理解するうえで大切な視点です(P0002, P0003)。
発症〜進展を流れで見る「多因子動的経路理論」
体質・脳・発達・環境——これらを別々の項目として並べるだけでは、「では実際にどう発症するのか」が見えにくいままです。この点を一つの流れとして説明しようとするのが「多因子動的経路(たいんし・どうてき・けいろ)理論」です(P0005)。
この考え方では、生まれ持った素因の上に、言語やからだが急速に発達する時期の負荷や環境の要因が動的に重なることで、子どもによって異なる「経路」をたどって吃音に至る、と整理します。同時に、どんな要因が回復を促しやすいかを見きわめるための研究の枠組みでもあります(P0005)。原因は一枚の写真ではなく、時間とともに変化していく道すじだ、とイメージすると理解しやすいかもしれません。
親の育て方は原因ではない
この記事でいちばん伝えたいのはここです。親の育て方・しつけ・愛情不足は、吃音の原因ではありません。これは思いやりのある建前ではなく、原因研究にもとづく結論です。
かつては「利き手を矯正したから」「親が意識させたから」「下の子が生まれて愛情不足だから」といった、養育者を原因とする説が語られた歴史がありました(S0005)。しかしその後の双子研究などにより、原因の約8割は生まれ持った体質であることが分かり、これらの「養育者原因説」は否定されています(S0005)。吃音の専門ポータルサイトも、保護者に向けて「育て方のまずさがお子様の吃音の原因ではありません」と明確に述べています(S0004)。
当事者と母親の声(32歳・プロバスケットボール選手/西日本新聞社系メディアの実名取材)
吃音の子を持つ親にしか分からないことがある
ある選手は、吃音を公表したあとに母親からこう告げられたと語ります。自分以上に、母が「育て方が悪かったのか」と長く自分を責め続けていた——と知ったことが、講演などの活動を始めるきっかけになったといいます。「原因は育て方ではない」という科学の結論は、こうして今も自分を責めている保護者に向けた、事実にもとづくメッセージでもあります(S0004, S0005)。
出典: 「未来を諦めないで」吃音を公表したBリーガー、母の涙が活動の原点に(西スポWEB OTTO!)(台帳: V0007)
発症したあとはどうなる?自然回復のこと
原因と並んで気になるのが「この先どうなるのか」でしょう。幼児期に始まった吃音の多くは、自然におさまっていくことが知られています。ある公的資料では、発症後3年で男の子はおよそ6割、女の子はおよそ8割が自然に回復すると報告されています(S0005)。吃音ポータルサイトも、幼児期に吃音のある子の少なくとも半数は、特別な指導をしなくても小学校入学ごろまでに気にならなくなるとしています(S0004)。長期の疫学研究でも、自然回復率が高いことが支持されています(P0001)。
当事者の親の声(母親/個人ブログ note・継続発信)
あ、これはわざとじゃないんだ
2歳3か月ごろに突然、語頭を繰り返す話し方が始まった息子に、最初は「クセがつくよ」と注意してしまった、という母親の手記です。わざとではないと気づいて対応を変え、指摘せず・急がせずに接するようにしたところ、症状は約1か月で出なくなったと振り返ります。回復の経緯はあくまで一つの家庭の体験ですが、「まず親が落ち着くこと」の大切さが伝わります(効果を一般化できるものではありません)。
出典: 息子と吃音(note・ななみ)(台帳: V0005)
ただし、すべてが自然回復するわけではなく、大人になっても続く人もいます(S0001)。家族歴がある男の子などでは回復しづらい傾向も指摘されており、「必ず治る/絶対に治らない」と単純には言えません(S0005)。心配なときは様子見だけにせず、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室に相談するのが安心です。
発達障害との関係・併存について
吃音は、日本の制度上は発達障害者支援法の対象に含まれ、支援の枠組みのなかで扱われます(S0005)。また、吃音のある子どもには、ADHDなどほかの状態を併せもつケースが少なくないことが報告されています(P0019)。原因そのものと「併存」は別の話ですが、困りごとが重なっている場合があるため、気になるときは専門機関でまとめて相談すると整理しやすくなります。吃音と発達障害の関係は奥が深いため、別記事でくわしく扱います。
原因さがしで陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「犯人」を一つに決めようとする
「保育園のせい」「あのとき叱ったせい」と単一の原因を探すほど、事実から遠ざかります。原因は複数の要因の重なりで、単独犯はいません(S0001)。
落とし穴2 − 親(自分)を責めてしまう
育て方は原因ではないと研究で否定されています(S0004, S0005)。自分を責める時間より、子どもが話しやすい環境をつくることにエネルギーを向けるほうが建設的です。
落とし穴3 − 情報を一人で抱え込む
ネットの断片情報だけで判断せず、公的機関の資料や専門家にあたるのが近道です。発症から2〜3年は経過に波があるため、記録をつけておくと相談のときに役立ちます。
まずは日々の様子を記録することから小さく始めるのが現実的です。言語聴覚士など専門機関に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
吃音の原因は何ですか?
生まれ持った体質を中心に、身体や言語が育つ時期の発達的な要因、周囲との関係などの環境的な要因が影響し合って起こるとされ、たった一つの原因は特定されていません(S0001, S0005)。双子を対象にした研究では、体質的な要因が原因の約8割を占めると報告されています(S0005)。
吃音は親の育て方やしつけのせいですか?
いいえ。育て方やしつけ、愛情不足が吃音の原因ではないことは、公的機関や専門家がはっきり否定しています(S0004, S0005)。かつては養育者が原因とする説もありましたが、その後の研究で否定されました(S0005)。
吃音は遺伝しますか?
遺伝的な要因が関わるとされ、一卵性の双生児では両方に吃音が出る割合が高いことが知られています(P0003)。ただし遺伝子だけで決まるわけではなく、複数の要因が重なって発症すると考えられています(P0006, S0005)。
吃音は自然に治りますか?
幼児期に始まった吃音の多くは、数年のうちに自然に回復するとされています(S0005, P0001)。一方で大人になっても続く場合もあります。気になるときは、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室に相談するのが近道です。
吃音と「どもり」は違うものですか?
「どもり」は吃音の日常的な言い方で、指している内容は基本的に同じです。医学や支援の場面では「吃音」「吃音症」という呼び方が使われます(S0001)。
まとめ
- 吃音とは、話し言葉がなめらかに出てこない発話障害で、症状は連発・伸発・難発の3つ(S0001, S0005)。
- 原因は「体質×発達×環境」の重なり。とくに体質(遺伝的な要因)が約8割と大きい(S0005, P0003)。
- だから親の育て方は原因ではありません。自分を責める必要はありません(S0004, S0005)。
- 幼児期の吃音は自然に回復することが多い一方、続く場合もあるので、心配なら専門機関へ(S0005, P0001)。
