大人のADHDと吃音とは — まず二つを分けて理解する
吃音(きつおん、どもり)とは、話し言葉がなめらかに出てこない発話障害で、特徴的な症状は「音の繰り返し(連発)」「引き伸ばし(伸発)」「言葉が出ずに間があく(難発・ブロック)」の3つです(S0002)。ADHD(注意欠如・多動症)は、複数の状況での著しい不注意や多動・衝動性によって力の発揮や発達がさまたげられている状態を指し、その背景には実行機能・報酬系・時間処理などの働きの問題が想定されています(S0012)。
この二つは別々の状態ですが、まったく無関係というわけではありません。日本の制度上、発達性吃音は発達障害者支援法の対象に含まれ(S0002)、ADHDも同じ発達障害者支援法が定める発達障害の一つです(S0012)。DSM-5-TR(米国精神医学会の診断分類)では、吃音は「コミュニケーション症」、ADHDは別の区分に位置づけられますが、どちらも「神経発達症」という大きな枠組みのなかで並べて扱われます(P0021, S0012)。この記事では、この二つが「どのくらい重なるのか」「なぜ重なるのか」を順に見ていきます。
併存はどのくらい? — データで見るADHDと吃音
「ADHDと吃音の両方がある」という状態は、実はまれではありません。米国の大規模な健康調査(対象は3〜17歳の子ども約12万人)を分析した研究では、吃音のある子どものおよそ6割(60.32%)が、吃音のほかに1つ以上の併存状態を持っていたと報告されています(P0019)。同じ研究で、吃音のある子どもに最も多くみられた併存状態の一つがADHD/ADDでした(P0019)。
逆の見方もできます。この研究では、何らかの併存状態がある子どもでは吃音の割合が4.19%だったのに対し、併存状態のない子どもでは1.02%にとどまりました(P0019)。つまり、ほかの神経発達症などがあると吃音を伴う割合が高くなる関係が示されており、実際にこの研究の考察では、ADHDが吃音の一つのリスク要因として指摘されていることにも触れています(P0019)。
神経発達症全体のなかでの位置づけもデータで確かめられています。6歳児を対象にした調査では、21.5%が何らかの神経発達症を持ち、その内訳はADHDが14%、吃音を含むコミュニケーション症が9.54%(うち吃音は0.34%)でした(P0021)。また、電子カルテから1,143例の吃音症例を集めた研究では、吃音に併存しやすい状態として難聴・睡眠障害・神経学的所見など幅広い項目が挙がっており、吃音が単独で完結しないことがうかがえます(P0022)。公的資料でも、吃音の併存症として比較的多いものに学習障害(LD)、ADHD、自閉スペクトラム症(ASD)、知的発達症などが挙げられています(S0002)。
これらはいずれも主に子どもを対象にしたデータですが、大人になってADHDと吃音を併せ持つ人が珍しくない背景として理解できます。次章では「なぜ重なりやすいのか」を見ていきます。
なぜ重なりやすいのか — 実行機能という共通点
ADHDと吃音が重なりやすい理由の一つとして、研究で注目されているのが「実行機能(じっこうきのう)」です。実行機能とは、注意を向け続ける・作業のために情報を一時的に覚えておく(作業記憶)・不要な反応を抑える(抑制)といった、頭のなかの司令塔のような働きの総称です。
吃音のある子どもは、この実行機能(作業記憶・注意・抑制)が弱い傾向にあることが報告されています(P0019)。一方、ADHDの中核にも実行機能の問題があり、必要なことを考えて行動する・気分や覚醒レベルを整える力の低下が想定されています(S0012)。つまり両者は、司令塔の働きという面で共通の弱さを抱えやすいわけです。実際に前出の研究の考察では、吃音とほかの神経発達症は、共通の中核的な弱さや似たリスク要因を持つ可能性が指摘されています(P0019)。
ここで大切なのは、「ADHDだから吃音になる」「吃音だからADHDになる」といった一方向の因果ではない、ということです。共通の土台があるために結果として一緒に現れやすい、という重なりの関係として理解しておくと、次のADHD特性ごとの話も整理しやすくなります(P0019, S0012)。
ADHD特性ごとに見る — 吃音・会話への関わり方
ADHDの特性は人によって現れ方が違います。ここでは代表的な特性が、話す場面とどう関わりやすいかを、研究にもとづいて分けて見ていきます。いずれも「必ずそうなる」ものではなく、重なりやすい傾向の話です。
不注意 — 注意を配りながら話す負荷
会話は、相手の話を聞きながら次の言葉を組み立てるなど、注意を同時にいくつも配り続ける作業です。ADHDでは不注意や段取りの難しさが特性として現れます(S0012)。吃音の研究でも、注意を複数の作業に分ける状況では、繰り返しなどの非流暢性が増えることが報告されており、注意の負荷が発話のなめらかさと関わることが示されています(P0019)。
多動・衝動性 — 抑える力とのつながり
ADHDでは「待てない・我慢しにくい」といった衝動性が特性として挙げられます(S0012)。吃音の研究では、抑制(不要な反応を抑える力)が弱いほど非流暢性が高まる傾向が報告されています(P0019)。焦って言葉を先に出そうとする場面と、詰まりやすさが結びつく実感には、こうした背景があると考えられます。
感情・覚醒の調整 — 波が重なりやすい
実行機能は、気分や感情、覚醒レベルを整えることにも関わっています(P0019, S0012)。吃音はもともと調子の良い時期と出やすい時期の「波」があるのが特徴で(S0002)、ADHDの気分や覚醒の変わりやすさが重なると、その波を自分でつかみにくく感じることがあります。だからこそ、後述するように日々の状態を記録しておくと、相談のときに役立ちます。
大人の吃音の特徴 — 難発・電話・会話場面
子どもの吃音と大人の吃音では、目立つ症状が変わってきます。思春期以降になると、連発や伸発よりも、最初の音が出しにくくなる「難発」が中心になり、難発が頻回に出ると発話が困難になってコミュニケーションに支障をきたします(S0002)。社会人では職場の電話応対などが、発話に困難を感じやすい場面として挙げられています(S0002)。
また、失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、会話や社交を避けるようになったり、言いにくい単語を言い換えて吃音を隠そうとしたりすることがあります(S0002)。表面的には目立たなくなっても、日々警戒しながら生活するためストレスを抱え込みやすくなります(S0002)。実際、自助団体に参加したり治療を求めたりする吃音のある成人の約20%から半数近くに、社交不安症の合併が報告されています(S0002)。ADHDの不注意や衝動性が加わると、こうした会話場面の負担がさらに複雑に感じられることがあります(P0019, S0012)。
大人になってからの受診・相談先 — 何科に相談する?
「どこに相談すればいいのか」は、大人になってから悩む人がとくに多いところです。吃音とADHDは別々の状態なので、窓口も分けて考えると整理しやすくなります。
吃音については、言語聴覚士のいる医療機関や、ことばの教室が相談先になります(S0002)。本人が希望する場合、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があり、不安が強い場合にはカウンセリングや心理療法が役立つこともあります(S0002)。同じ立場の人と出会える吃音の自助団体(言友会など)に参加することが、心理的な変化のきっかけになる場合もあります(S0002)。
ADHDなどの発達障害については、発達障害を診る医療機関が評価・診断の窓口になります。ADHDは「複数の状況下での著しい不注意・多動衝動性」という基準にもとづいて診断され、その特性の理解が支援の出発点になります(S0012)。吃音とADHDのどちらも気になる場合は、まずかかりやすい窓口に相談し、必要に応じてもう一方の専門にもつないでもらう、という進め方が現実的です。
なお、後述する障害者手帳や職場での配慮を申請する際には、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出が求められることがあります(S0002)。気になる段階で一度専門機関に相談しておくと、その後の手続きもスムーズです。
働き方と支援制度 — 合理的配慮・障害者手帳・雇用
大人のADHD・吃音でいちばん切実なのは「働くこと」かもしれません。制度面では、発達性吃音は2005年に施行された発達障害者支援法の対象に含まれ、吃音による困難を説明した医師の診断書・意見書によって精神障害者保健福祉手帳が交付されます(S0002)。吃音が重度で音声言語による意思伝達が著しく困難と認定される場合には、身体障害者手帳4級が交付されることもあります(S0002)。2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な扱いは禁止され、発表や電話応対の免除、面接時間の延長などの合理的配慮を求めることができます(S0002)。
当事者本人の声(36歳・男性/吃音症+発達障害・元システムエンジニア→特例子会社の事務職・note)
人と喋らない仕事は無い
障害者雇用などの配慮してもらえる環境の方が働きやすいと思いました
小学5年生から吃音を自覚し、就職活動では面接で話せるかどうかで評価が分かれる現実に直面したと書く当事者の手記です。工場や倉庫の仕事でも会話は避けられず、「人と喋らない仕事は無い」と痛感したといいます。この実感は、大人の吃音が電話応対など職場の発話場面で困難を感じやすいという指摘と重なります(S0002)。長く目を背けたのち精神科を受診して発達障害が判明し障害者手帳を申請した、という経緯もつづられており、配慮のある環境の方が働きやすかったという所感は、合理的配慮や障害者雇用という制度の枠組みとつながる一つの体験です(S0002)。効果や治り方を一般化できるものではなく、あくまで一人の経験です。
出典: 吃音と発達障害の当事者の手記(note・shouhei)(台帳: V0027)
ADHDの治療薬と吃音について
ADHDの治療薬を使っている、あるいはこれから使うかもしれない人にとって、「薬と吃音の関係」は気になるところです。ただし、この点を扱った質の高いデータは乏しいのが現状です。一般論として、薬剤の副作用で吃音が出ることがある(薬剤性吃音)ことは知られています(S0002)。
一方で、特定のADHD治療薬が吃音を良くする・悪くすると単純に言い切れるだけの根拠は、ここで扱う資料の範囲では確認できません。服薬について不安がある場合は、自己判断で中止したり量を変えたりせず、処方した主治医に相談してください。話しにくさの変化に気づいたときは、いつ・どんな場面で変化を感じたかを記録して受診時に伝えると、判断の材料になります。
大人のADHD×吃音で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − どちらか一方だけで説明しようとする
「全部ADHDのせい」「全部吃音のせい」と一方に寄せると、実態から遠ざかります。二つは重なりやすい別々の状態で、共通の背景(実行機能)を持ちつつも、それぞれに合った対応が必要です(P0019, S0012)。困りごとを切り分けて考えるほうが、次の一手が見えやすくなります。
落とし穴2 − 相談先を一つに絞り込みすぎる
吃音は言語聴覚士やことばの教室、ADHDは発達障害を診る医療機関と、窓口が分かれることがあります(S0002, S0012)。一か所で答えが出ないからと諦めず、必要に応じて複数の専門につないでもらう前提で動くほうが確実です。
落とし穴3 − 「調子の波」を感覚だけで判断する
吃音には調子の良い時期と出やすい時期の波があり(S0002)、ADHDの気分や覚醒の変わりやすさが重なると、状態を感覚だけでつかむのは難しくなります。どんな場面で話しにくかったかを日々記録しておくと、相談のときに具体的に伝えられます。
まずは日々の発話や困った場面を記録することから小さく始めるのが現実的です。記録はあくまで経過を「見える化」して相談に役立てるための手段で、治療の代わりになるものではありません。専門機関に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
大人でADHDと吃音が併存することはありますか?
はい、珍しくありません。子どもを対象にした大規模研究では、吃音のある子どものおよそ6割が吃音以外に1つ以上の併存状態を持ち、ADHDは最も多い併存状態の一つでした(P0019)。公的資料でも、吃音の併存症としてADHDが挙げられています(S0002)。ただし個人差が大きく、必ず併存するわけではありません。
ADHDがあると吃音は治りにくいのですか?
一概には言えません。併存状態のある子どもは実行機能がより弱い傾向が報告されていますが(P0019)、これは治りやすさを直接示すものではなく、個人差が大きい領域です。心配なときは、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室に相談するのが近道です(S0002)。
大人のADHDと吃音は何科に相談すればいいですか?
吃音は言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室が相談先になります(S0002)。ADHDなどの発達障害は、発達障害を診る医療機関が評価・診断の窓口です(S0012)。両方が気になる場合は、まずかかりやすい窓口に相談し、必要に応じてもう一方につないでもらうと整理しやすくなります。
ADHDの薬で吃音は良くなったり悪くなったりしますか?
一般に、薬剤の副作用で吃音が出ることがあることは知られています(S0002)。ただし、特定のADHD治療薬が吃音を良くする・悪くすると言い切れる根拠は、ここで扱う資料の範囲では確認できません。服薬の不安は自己判断で変えず、主治医に相談してください。
吃音とADHDは同じ「発達障害」なのですか?
日本の制度上、発達性吃音もADHDも発達障害者支援法が定める発達障害に含まれます(S0002, S0012)。DSM-5-TRでは吃音はコミュニケーション症、ADHDは別の区分ですが、どちらも神経発達症という大きな枠組みのなかで扱われます(P0021, S0012)。
まとめ
- 吃音のある子どものおよそ6割が何らかの併存状態を持ち、ADHDは最も多い併存状態の一つ。大人でも併存は珍しくない(P0019, S0002)。
- 重なりやすい背景として「実行機能」という共通点があり、注意や抑制の働きが関わると考えられる(P0019, S0012)。一方向の因果ではない。
- 大人の吃音は難発が中心で、電話や会話場面の困りごと・社交不安が重なりやすい(S0002)。
- 吃音は言語聴覚士・ことばの教室、ADHDは発達障害を診る医療機関へ。発達障害者支援法・合理的配慮・障害者手帳の枠組みが使える(S0002, S0012)。
