吃音で声が出ない|喉が詰まる瞬間に起きていること・戻り方・相談先

吃音で声が出ない|喉が詰まる瞬間に起きていること・戻り方・相談先
目次

「言いたい言葉は頭にちゃんとあるのに、喉のところで止まって声にならない」「最初のひと音が出ないまま、数秒が過ぎていく」——電話の第一声、朝の挨拶、名前を言う順番。その瞬間、喉が詰まり、息が止まり、体のあちこちに力が入る。外からは沈黙にしか見えないので、誰にも説明できないまま一人で抱えている人が少なくありません。

この記事は、その「声が出ない瞬間」に絞って書きます。体と頭で何が起きているのか、無理に押し出そうとすると何が起きるのか、出なかったあとにどう戻るのか——国立障害者リハビリテーションセンター研究所と日本吃音・流暢性障害学会の解説、脳と心理の研究、そして同じ瞬間を言葉にした当事者4人の記録を、出典つきで並べます。症状の分類や練習の方法、相手や場面で出方が変わる理由は、それぞれ別の記事に譲り、要所でリンクします。

ソンタクマン(toVoice 運営)
吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • 「言いたい言葉はあるのに声が出ない」は、吃音の中核症状のひとつ難発(なんぱつ、ブロック)——ことばを出せずに間があいてしまう状態——にあたります。
  • 話す筋肉が弱っている・麻痺しているわけではありません。吃音は、出そうとした音そのものは正しく作れているのに流れが途切れる点で、麻痺による障害とは区別されます。
  • 声が出ない瞬間に喉や体に力が入り、手足を振る・息を荒げるといった動きが出ることがあります。これは、なんとか声を出そうとして起きる二次的な症状(随伴症状)です。
  • 「固まる」「コントロールを失う」という内側の感覚を知っているのは本人だけで、聞き手には見えないことが、吃音のある大人502名への調査で確かめられています。
  • 外から話すことへの圧力を感じると、話すときの体の緊張が増え、それが見た目の重さと伝えにくさをさらに増やしうるとされています。

ただし、「なぜその瞬間に固まるのか」を脳と心理の仕組みで説明する理論はまだ仮説の段階で、提唱者自身が実証研究の不足を認めています。また、大人になって急に声が出なくなった場合は、脳の病気のあとに出る吃音もあるため、この記事だけで判断せず医療機関で相談してください。

「頭では言葉が浮かんでいるのに、声が出ない」——その瞬間に起きていること

「言いたいことは決まっているのに、声にならない」。音が繰り返されるわけでも、音が伸びるわけでもなく、ただ音が出ない。その瞬間を、幼稚園のころから吃音のある人が、自分の言葉で書いています。

当事者本人の声(幼稚園のころから吃音がある、名義「ゆーた」/個人ブログ note)

吃音とは非常に難しいもので、ある場面になると言葉が非常に出づらくなったりします。表現が難しいですが、私の場合は言葉の声が喉の真ん中で止まってしまい、声を出したいのに出ません。言いたいのに言えないのは非常に辛いです。

始めに言葉が出づらいなと感じたのは幼稚園の時でした。小学生になるとその症状は悪化していき、学校の国語の音読の時間は苦痛でした。決まった文章をみんなの前で一語一句正確に読まないといけないと思うと、声が出なかったです。それでもなんとか吃りながら声に出していました。

幼稚園のときに「言葉が出づらい」と感じ始め、小学校で症状が重くなり、国語の音読の時間が苦痛になった——本人はそう振り返っています。決まった文章を一語一句正確に読まなければならないと思うと声が出ず、それでもなんとか吃りながら声に出していた。休憩時間には自分から友達に話しかけることができず、いつも読書をしていたといい、担任がクラス会で話してくれてボール遊びの輪に入れたことも書かれています。「言葉の声が喉の真ん中で止まってしまい、声を出したいのに出ません」という一文は、難発の説明としてそのまま通用します。この「ことばを出せずに間があいてしまう」状態は、国の研究機関が吃音の中核症状のひとつとして定義しているものです。

出典: 言葉が伝えられないもどかしさ・・・(note)(台帳: V0033)

国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は、吃音に特徴的な非流暢さ(なめらかに話せない状態)として、音のくりかえし(連発)「か、か、からす」、引き伸ばし(伸発)「かーーらす」、ことばを出せずに間があいてしまう難発(ブロック)「・・・・からす」の3つを挙げ、このどれか1つ以上が見られることを吃音の定義としています。上の語り手が書いている「喉の真ん中で止まる」は、この3つ目です。3つの型の違いと、型が年月で移っていくことは吃音の種類の記事無声型(難発)の記事に詳しく書いたので、ここでは瞬間のほうを追います。

まず、声が出ないのは、話す筋肉が弱っているからでも麻痺しているからでもありません。脳の研究論文は、吃音を発話の運動制御に関わる障害と位置づけたうえで、話す筋肉に脱力や麻痺があるわけではない点で麻痺による障害とは区別され、音がゆがんだり入れ替わったりする別の障害(発語失行)とも違って、出そうとした音そのものは正しく作れているのに流れが途切れる、と説明しています。「言いたい言葉は頭にある」という当事者の実感は、この区別と重なります。

そして、その瞬間の内側の感覚は、聞き手には見えません。話し手の側から吃音を捉え直した総説(多くの研究をまとめて見渡した論文)は、吃音のある大人502名に、どもる瞬間とその前後に何を考え、感じ、しているかを尋ねた調査(Tichenor と Yaruss 2019a)を紹介し、話しているときに「固まる」「コントロールを失う」という内側の感覚を知っているのは話し手だけだと確かめられた、と述べています。「言いたいのに言えないのは非常に辛い」という一文が、外からは沈黙にしか見えない——難発の困りごとは、この非対称から始まります。

喉が詰まる・息が止まる・体に力が入る——声を出そうとして起きること

声が出ないとき、多くの人が同時に感じているのが、喉の締まり、止まった息、そして体のあちこちの力みです。ただ、その力みは「意識して入れている」ものではありません。吃音と30年付き合ってきた会社員が、自分の体に起きていることを部位ごとに書いています。

当事者本人の声(吃音と付き合って30年の会社員、名義「【吃音×サラリーマン】オールナイト」/個人ブログ note)

ただこの現象は、次の言葉を言いたいがための行動で、意識して力を入らなくできるようなものでもないのです。力が入った瞬間に意識的に力を抜くことはできますが、力を入らないようにすることは今の僕ではできません。

本人が力の入る場所として挙げるのは「のど」「手」「太もも」「つま先」の4か所です。手は強い力で握りこぶしをつくり、太ももは意識してもそこまで入らないほどがちがちになり、つま先は背伸びの形になっている——吃っているうちに、自分の吃り方を客観的に見られるようになって初めて、全身にものすごい力が入っていると気づいたと書いています。力が入ったままでは次の言葉もスムーズに出ず、「・・・・・・」と沈黙が続く。だから本人は、吃ったら必ず1回わざと咳き込んで次の言葉の流れをつくり、口がほとんど動いていないことに気づいてからは口を意識的に大きく動かす、という自分なりの手を会社の朝礼当番で使っているといいます。学会の解説も、声を出そうとして顔や体に力が入り、不必要な動きが出ることを、吃音の二次的な症状として挙げています。

出典: 吃ったときの声の出し方(note)(台帳: V0141)

日本吃音・流暢性障害学会の解説は、吃音では中核症状だけでなく、二次的な症状として随伴症状(随伴運動)——発話に際して、なんとか声を出そうと顔面や身体に力を入れ、不必要な身体運動を行うもの——が起きる場合もあるとし、手足を振り下ろす、飛び跳ねる、前屈・後屈する、息を荒げる、顔をしかめる、目を固くつぶるといった動きを挙げています。上の語り手の「握りこぶし」「背伸び」も、この随伴症状の形をしています。

声を出そうとするときに体に出る随伴症状(随伴運動)を、体の場所ごとに並べた図。顔=顔をしかめる、目を固くつぶる。手足=手足を振り下ろす、飛び跳ねる。体=前屈する、後屈する。息=息を荒げる。学会の解説が挙げている動きの種類で、どれくらいの人に出るかという量は示していない。
図1: 声を出そうとして体に出る動き(随伴症状)の種類。量ではなく種類を示した図です。出典: 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」【1】1.症状。

では、なぜ「出そう」とする瞬間に、力が入って固まるのか。2022年に出た理論論文は、これを脅かされた場面での防御的なフリーズ(凍りつき)反応と見る仮説を立てています。話すことについて頭の中で強い葛藤(言いたい/どもりたくない)が検出されると、脳の警戒の仕組み——行動抑制システムと呼ばれます——が働き、過剰な警戒・不安・慎重さ・自律神経(体を緊張状態に切り替える神経)の高まり、そして動きの一時的な減速が起きる。この仕組みが、発話を始める瞬間に運動系を一時的に固まらせるのではないか、という筋書きです。この論文は、そのフリーズ反応が吃音の持続、緊張ともがき、不安とコントロールを失う感覚につながりうるとしています。

「なぜその瞬間に固まるのか」を説明する理論論文の仮説を、5つの段階の流れで示した図。1 話すことへの強い葛藤が生まれる——「言いたい」と「どもりたくない」がぶつかる。2 脳の警戒の仕組み(行動抑制システム)が働く。3 過剰な警戒・不安・慎重さ・自律神経の高まりが起き、動きが遅くなる。4 音を出し始めるまでに葛藤が解けないと、発話を始める瞬間に運動系が固まる。5 吃音の持続、緊張ともがき、コントロールを失う感覚につながるとされる。理論論文が立てた筋書きで、実証はこれから。
図2: 「なぜ固まるのか」を説明する仮説の筋書き。確かめられた事実ではありません。出典: Usler (2022) Why Stuttering Occurs: The Role of Cognitive Conflict and Control. Topics in Language Disorders.

同じ論文は、この固まる感覚が、パーキンソン病で歩き出しや発話が固まる現象や、スポーツでプレッシャーがかかった場面に体が意のままにならなくなる「イップス」と似ていると指摘し、イップスの主観的な体験はどもっている瞬間の体験と驚くほど似ているという報告にも触れています。ただし、これは仮説です。提唱者自身が、話したい気持ちと避けたい気持ちの葛藤が吃音を起こすという考えは70年近く前からあるのに、その葛藤そのものはほとんど実証的に調べられていない、と論文の中で認めています。「喉が詰まる」「体が固まる」という体感に、科学の側がどんな説明を試みているか——その段階として読んでください。緊張が原因なのか、緊張していなくても出るのか、という問いは緊張と吃音の記事で扱っています。

「頑張れ」と言われるほど、喉が閉まる——無理に押し出そうとすると

声が出ない数秒間、周りは待っています。そこで掛かる「頑張れ」「落ち着いて」は、当事者にとってはたいてい逆に働きます。葬儀の司会を仕事にしている当事者が、中学の音読の記憶からその感覚を書いています。

当事者本人の声(葬儀社で式のナレーションを担当する当事者、名義「言葉の待合室」/個人ブログ note のエッセイ)

でも、一番苦しかったのは、「頑張れ」って言葉でした。頑張ってるんです。出そうとしてるんです。でも、頑張るほど、喉が閉まる。

吃音って、気合いではどうにもならない。でも、説明もしづらい。だから僕は、逃げ方を覚えました。

言えない単語を避ける。違う言い回しに変える。電話を人に任せる。自己紹介を短くする。コンビニで、言いやすい商品を選ぶ。「ナポリタン」が言えない日は、「ミートソース」にする。

中学二年の国語で、一行ずつ順番に教科書を読む時間を、本人は「処刑みたいな時間」と書いています。自分の番が近づくたびに前の人の背中を見ながら頭の中で練習し、言葉が出ない数秒間は「自分だけ世界から置いていかれた気がする」。この人はいま葬儀社に勤め、式のナレーションを担当しています。開式十分前、式場が静かになっていく時間に喉が苦しくなり、「開式」の「か」が出なかったらどうしよう、と何百回やっても慣れない——それでもマイクを持つ、と書いています。「頑張るほど、喉が閉まる」という一文には、研究の側からも裏づけに近い記述があります。外からの話すことへの圧力が、話すときの体の緊張を増やしうるという指摘です。

出典: 吃音の「まもなく開式でございます」(note・言葉の待合室)(台帳: V0242)

話し手の側から吃音を捉え直した総説は、外から感じる話すことへの圧力——実際にかかっているものでも、そう感じているだけのものでも——が、話すときの身体の緊張を増やし、それが結果として外から見える吃音の重さと、伝えることの難しさ全体を増やしうると述べています。「頑張れ」は、善意であっても、圧力を足す言葉になります。

もう一つ、押し出そうとする力が空回りする理由を示す記述があります。理論論文は、吃音特有の非流暢さは反応的で、戦略的ではない——しかも、「どもりたくない」と最も強く思っているときにこそ起きると整理しています。吃音のない人も言いよどみますが、それは発話の流れを保つために主体的に作られるもので、吃音の詰まりはそれとは逆向きだという指摘です。「固まる」感覚は吃音に付随する二次的な行動ではなく、吃音特有の非流暢さそのものの本質的な構成要素だと、この論文は明言しています。

脳の側の説明も、「力が足りない」とは言っていません。大脳基底核(脳の奥にあって、動きの選択とタイミングに関わる部分)を中心とする回路を「発話の始動回路」と見る研究は、話す動きの型を作る回路と、その型を適切な瞬間にオン・オフする始動回路を分けたうえで、難発(ブロック)を、次の音を始める合図が適切な瞬間に出ないことによる詰まりとして説明しています。音を作る型は用意できているのに、それをオンにする合図が来ない——この見方に立てば、気合いで押す方向に答えがないことは、当事者の実感と一致します。ただし、この始動回路の働きも仮説として置かれたものです。その場をしのぐ工夫(言い換え・咳払い・息の吐き方など)の実例は難発をやわらげるコツの記事にまとめています。

出なかったあと、どう戻るか——沈黙を「何か音を出す」に変える

難発のやっかいさは、出なかった瞬間が相手には沈黙にしか見えないことです。電話なら、相手には無言電話に聞こえる。大阪の自助グループの記録で、難発の当事者が進行役(この人も当事者です)とその点を話しています。

当事者の声(難発の当事者・藤岡さんと、進行役で当事者でもある伊藤伸二さんの対話/日本吃音臨床研究会・大阪吃音教室の吃音Q&A。会報「スタタリング・ナウ」の再掲)

藤岡 連発で、「わわわわわたし」と、音を繰り返していたら、相手には、何かしゃべろうとしていることは伝わりますが、第一声が出ないと、分かりません。この状態を、どもらない人はどもりだとは思わないし、わからないだろうと思います。

伊藤 第一声が出ないというのは、何かを言おうとしてことばがブロックして、難発の状態になっているということですね。

藤岡 はい、どもらない人にはなかなか理解しにくい現象かなと思うし、どもる人にとってもだからこそ余計に困ることが多いと思うんです。例えば、電話のとき最初の一声が出ないと、電話の向こうの人は無言電話かなと思ってしまう。何が起こっているのか分からない。電話でなくても、最初のことばが出ないと、この人どうしたのかなと思われる。何が起こっているのかわかりにくい。だから悩みが深くなると思います。

この対話は、そのあと「出ないときにどうするか」に進みます。藤岡さんは、いまは第一声が出ないときに手を振るなど、まず体が動くので、何かを伝えようとしていることは対面なら相手にも分かる、と話します。ただ電話では無言になってしまい、緊張も高まる。そこで大阪吃音教室で教わったのが「何かを発する、とにかく何か発する」でした。伊藤さんはこれを受けて、できることは理解してもらうことではなく「あ、この人は今どもって声が出ないんだな」と分かってもらうことだ、言いたい第一声が出なくても違うことばでも何でもいいから「音」を出すしかない、「どんな声でもいいから」と続けています。伊藤さん自身も第一声がどうしても出ないときがあり、寿司屋のたまごは諦め、病院で名前を言うときは無理をしてでも言う、と話しています。出なかったあとに戻る道を、この二人は「沈黙を音に変える」ことに置いています。研究の側も、出なかった直後に本人の中で起きることを整理しています。

出典: 大阪吃音教室 吃音Q&A 4(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0138)

出なかった直後に押し寄せるものを、総説は感情・思考・行動の3つに分けて整理しています。感情の面では、この総説が紹介する吃音のある大人502名への調査(Tichenor と Yaruss 2019a)で、どもる瞬間に「よく/いつも」恥を感じると答えた人が45%、きまり悪さが53%、感情的な消耗が49%でした。否定的な感情の反応はよくある体験である一方、その形も起こり方も人によって大きく違う、と総説はまとめています。

吃音のある大人502人への調査で、どもる瞬間に「よく/いつも」感じると答えた人の割合。恥ずかしい45%、きまりが悪い53%、感情的に消耗する49%。総説が紹介している調査の値で、感じ方の形も起こり方も人によって大きく違うと原典は但し書きしている。
図3: どもる瞬間に「よく/いつも」感じると答えた大人の割合。総説が自分で測った値ではなく、総説が紹介する調査の値です。出典: Tichenor et al. (2022) Topics in Language Disorders. が紹介する Tichenor と Yaruss (2019a) の502人調査。

思考の面で挙げられているのが、否定的な考えを何度も繰り返してしまうことと、これからどもるだろうという「予期」です。否定的な考えを繰り返すことの多い吃音のある大人は、少ない人に比べて吃音に関わる生活への悪影響が有意に大きいという研究があり、予期は過去のコミュニケーションの経験によって強められ、次の場面での恐れを増すとされています。出なかった一回が、次の一回を重くする——この循環は、学会の解説が述べる、失敗体験が重なると話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになる、という経過とも重なります。

戻り方について、総説が挙げる具体的な手立ての一つが、どもっている瞬間に「とどまる」ことです。臨床家が、どもっている最中にその瞬間に留まるよう手助けし、その瞬間について本人がより深く考える時間と機会を作る、という考え方です。そして「評価しない」——「どもっている、それは悪いことだ」という自動的な考えを、ただ「どもっている」に変える——ことで、考えから感情を切り離せるとしています。上の対話の「どんな声でもいいから音を出す」は、この「悪いことだと評価しない」と同じ向きにあります。

大人になって急に声が出なくなったとき——吃音以外の可能性と相談先

ここまでは、子どものころから続く吃音を前提に書いてきました。吃音の9割は、幼児期に始まる発達性吃音です。ただし、大人になってから急に声が出なくなった・言葉が詰まるようになった、という場合には、別の成り立ちも考えられます。吃音には、脳卒中や神経の病気、あるいはその治療の結果として起きるもの(獲得性・神経原性の吃音)と、より一般的な、幼児期に現れる発達性のものがあります。

脳卒中のあとに吃音が出た人たちを調べた研究では、脳梗塞などの脳血管障害のあとに、失語(ことばの障害)や発語失行(音がゆがんだり入れ替わったりする障害)といった症状とともに吃音が出た例が報告されています。そのうち二人は、子どものころに吃音があり成長とともに治っていた人で、家族や本人が、脳卒中のあとの症状は子どものときのどもりに似ていると語っています。つまり、「昔あったどもりが戻った」ように見えても、原因が脳の損傷であることがあります。大人になって急に始まった場合は、この記事の内容で判断せず、まず医療機関で相談してください。

子どものころからの吃音で、声が出ない場面がつらいときの相談先は、学会の解説が整理しています。本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士(ことばとコミュニケーションの専門職)による発話訓練を受けるという選択肢があります。発話訓練だけで症状が改善しない場合や、吃音への不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされ、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもあります。上で引いた大阪吃音教室の記録も、こうした自助団体の一つのものです。

学校や職場での配慮も挙げられています。本人が望む場合には、学校に対して発表や音読など苦手な場面への配慮や支援を求めること、大学生は発表などで配慮を求めたり学生相談室でカウンセラーに相談したりすること、社会人は上司や同僚に相談することで職場の配置や電話業務などで配慮を得られることがある、とされています。声が出ない瞬間は外から見えないので、伝えないかぎり周りは「無言」としか受け取れません。前の節の「まず音を出す」と、ここでの「先に伝えておく」は、同じ困りごとへの二つの入口です。

「声が出ない」瞬間に陥りがちな3つの落とし穴

落とし穴1 − 気合いで押し出そうとする・「頑張れ」で応じる

外からの話すことへの圧力は、体の緊張を増やし、見た目の重さと伝えにくさを増やしうるとされています。理論の側も、吃音の詰まりは「どもりたくない」と最も強く思っているときにこそ起きる反応的なものだと整理しています。押す力を強めるより、いったん止めて何か音を出し直すほうが、この循環は切りやすくなります。周りの人ができるのは、急かさず待つことです。

落とし穴2 − 「毎回ではないから吃音ではない」と考える

吃音には、状況によって症状が出やすかったり出にくかったりする特徴があり、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月にわたって続く「波」も知られています。歌を歌うときや独り言では一時的に流暢に(なめらかに)なる人も多いとされます。出る日と出ない日があることは、吃音でない根拠にはなりません。相手や場面で変わる理由は特定の人の前だけ出る理由の記事に、苦手な音が日によって変わることは「お」が言えない記事にまとめています。

落とし穴3 − 沈黙のまま、誰にも伝えずに抱え込む

失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになる経過が知られています。声が出ない瞬間の内側の感覚は聞き手には見えないので、伝えないかぎり周りは「無言」としか受け取れません。どんな場面で、どのくらいの間、声が出なかったか、そのとき体のどこに力が入ったかを短く書き留めておくと、言語聴覚士や自助団体に相談するときの手がかりになります。日々の発話を記録して経過を見えるようにするアプリを入り口にするのも一つの方法です(記録と継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。

よくある質問

言いたい言葉はあるのに声が出ないのは、吃音ですか?

吃音の中核症状は、音の繰り返し(連発)、引き伸ばし(伸発)、ことばを出せずに間があいてしまう難発(ブロック)の3つで、「声が出ない」はこの難発にあたります。ただし、吃音かどうかの判断は本人だけでは難しく、大人になって急に始まった場合は脳の病気のあとに出る吃音もあるため、医療機関や言語聴覚士に相談することがすすめられます。

声が出ないとき、喉や手足に力が入るのはなぜですか?

学会の解説は、なんとか声を出そうとして顔や体に力が入り、手足を振り下ろす・息を荒げる・目を固くつぶるといった不必要な動きが出ることを、吃音の二次的な症状(随伴症状)として挙げています。なぜその瞬間に固まるのかについては、脅かされた場面での防御的なフリーズ反応と見る理論がありますが、まだ仮説の段階です。

無理に声を出そうとすると、どうなりますか?

外から話すことへの圧力を感じると、話すときの体の緊張が増え、それが外から見える吃音の重さと伝えにくさを増やしうるとされています。理論の側も、吃音の詰まりは「どもりたくない」と最も強く思っているときにこそ起きる反応的なものだと整理しています。

声が出なかったあと、どうすればいいですか?

どもる瞬間に恥やきまり悪さを「よく/いつも」感じる人は、吃音のある大人502名への調査で約半数にのぼりましたが、その形も起こり方も人によって大きく違うとされています。総説は、どもっている瞬間にとどまってその瞬間を深く考える時間を作ることや、「どもっている、それは悪いことだ」という自動的な考えをただ「どもっている」に変えることを挙げています。

どこに相談すればいいですか?

本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、不安が強い場合はカウンセリングや心理療法、自助団体への参加も挙げられています。大人になって急に声が出なくなった場合は、脳卒中のあとに吃音が出た例も報告されているため、まず医療機関で相談してください。

まとめ

  • 「頭にはあるのに声が出ない」は難発(ブロック)で、吃音の中核症状のひとつ。話す筋肉の麻痺ではなく、音は作れているのに流れが途切れる。
  • 喉や手足の力みは、声を出そうとして起きる二次的な症状(随伴症状)。なぜ固まるのかは、防御的なフリーズ反応と見る仮説がある。
  • 押し出す力は逆に働きうる。外からの圧力は体の緊張を増やし、詰まりは「どもりたくない」ときにこそ起きる反応的なもの。
  • 出なかったあとは、沈黙を「何か音を出す」に変え、「悪いことだ」という評価を外す。失敗体験の積み重ねが回避につながる経過を知っておく。
  • 相談先は言語聴覚士・カウンセリング・自助団体。大人になって急に始まった場合は、脳の病気のあとの吃音もあるので先に医療機関へ。

参考文献

  1. 国立障害者リハビリテーションセンター研究所「吃音について」
  2. 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」
  3. Chang & Guenther (2020) Involvement of the Cortico-Basal Ganglia-Thalamocortical Loop in Developmental Stuttering. Front Psychol.
  4. Usler (2022) Why Stuttering Occurs: The Role of Cognitive Conflict and Control. Topics in Language Disorders.
  5. Tichenor, Constantino & Yaruss (2022) Understanding the Speaker's Experience of Stuttering Can Improve Stuttering Therapy. Topics in Language Disorders.
  6. Max et al. (2019) Similar within-utterance loci of dysfluency in acquired neurogenic and persistent developmental stuttering. Brain and language.

当事者の声の出典: V0033(note・ゆーたさんのブログ)/ V0141(note・【吃音×サラリーマン】オールナイトさんのブログ)/ V0242(note・葬儀のナレーションを担当する当事者「言葉の待合室」のエッセイ)/ V0138(日本吃音臨床研究会・大阪吃音教室の吃音Q&A。会報「スタタリング・ナウ」の再掲)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-05 公開