結論 — 吃音は制度上も医学上も「発達障害」に含まれる
先に結論からお伝えします。子どものころに始まる発達性吃音は、日本の制度上は発達障害者支援法の対象に含まれ、精神障害者保健福祉手帳の交付対象になります(S0019)。医学の分類でも、アメリカ精神医学会の診断基準 DSM-5-TR に沿った研究で、吃音は神経発達症群(いわゆる発達障害にあたるグループ)のうち「コミュニケーション症」の一区分として扱われています(P0021)。
ただし「発達障害に含まれる」ことは、「吃音=自閉スペクトラム症(ASD)や ADHD」という意味ではありません。吃音はそれらとは別の区分で、そのうえで互いに併存することがある——この整理が出発点になります(P0021, S0012)。ここから、①制度上の位置づけ、②医学上の分類、③併存の実際のデータ、の順に見ていきます。
前提の整理 — 吃音とはどんな症状か
本題の前に、吃音そのものを短く整理します。吃音の主な症状は、音を繰り返す連発(「ぼぼぼぼくは」)、引き伸ばす伸発(「ぼーーーーくは」)、言葉がなかなか出ない難発(「・・・・ぼくは」)の3つです(S0005)。2歳から4歳の間に人口のおよそ8〜11%に発症し、発症後3年で男の子はおよそ6割、女の子はおよそ8割が自然に回復すると報告されています(S0005)。
吃音の定義や原因(体質・発達・環境の重なり)についてくわしくは、別記事「吃音とは?原因をわかりやすく」で扱っています。この記事では「発達障害との関係」に絞って進めます。
制度上の位置づけ — 発達障害者支援法と吃音
日本の法律で「発達障害」は、発達障害者支援法により「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されています(S0012)。並んでいる名前に「吃音」はありませんが、小児期からの吃音(発達性吃音)はこの法律の対象に位置づけられており、精神障害者保健福祉手帳の交付対象になります(S0019)。
「発達障害=ASDやADHDのこと」というイメージが強いため、「吃音が発達障害の枠に入る」と聞くと意外に感じるかもしれません。しかし制度上この位置づけがあるからこそ、「障害者手帳」(くわしくは手帳の章で説明します)や職場・学校での支援の枠組みが、吃音のある人にも開かれています(S0019, S0005)。
医学上の分類 — DSM-5-TRでは神経発達症の一員
制度だけでなく、医学の診断分類でも吃音は発達障害のグループに入ります。日本小児神経学会は、法律上の「発達障害」をアメリカ精神医学会の診断分類 DSM-5 による「神経発達症」とほぼ同じものとして解説しています(S0012)。神経発達症には、ASD・ADHD・知的障害・学習障害のほか、発達性協調運動症やチック症などが含まれます(S0012)。
この分類の中で、吃音は ASD や ADHD とは別の「コミュニケーション症」という区分に属します。DSM-5-TR に沿って6歳児全体を調べたヨーロッパの研究では、言語症・語音症と並ぶコミュニケーション症の一区分として吃音が扱われています(P0021)。また、アメリカの全国調査(国民健康聞き取り調査)でも、吃音は ADHD・ASD・学習障害などと並ぶ発達障害(developmental disabilities)の一つとして数えられています(P0020)。
まとめると、吃音は「発達障害というグループの一員。ただし ASD・ADHD とは別の区分」——これが医学上の位置づけです(P0021, S0012)。
併存率のデータ — 「1〜2割」と「約6割」はなぜ違う?
吃音について検索すると、「他の発達障害との併存は1〜2割」と書く記事をよく見かけます。一方で、アメリカの全国調査データを用いて吃音のある子ども2,258人を調べた研究では、約6割(60.32%)が吃音以外に少なくとも1つの併存する状態を持っていたと報告されています(P0019)。どちらかが間違いというより、この差は主に「何を併存として数えるか」の違いから生まれています。
約6割と報告した研究の「併存する状態」には、ADHD や自閉症だけでなく、ぜんそく・糖尿病・心臓の病気などの慢性的な体の病気も含まれます(P0019)。実際、この研究で吃音のある子どもに多かった併存は ADHD・ぜんそく・自閉症でした(P0019)。つまり、発達障害同士の併存に絞るか、体の病気まで広く数えるかで、数字は大きく変わります。併存率を見るときは「その数字は何をカウントしたものか」をセットで確認するのが、いちばんの読み方のコツです。
このほか、同じ研究からは、吃音のある子ども全体の割合はおよそ1.9%で男女比は約2.5対1、併存のある子どもでは吃音の割合がより高く、男の子のほうが併存を持ちやすいことも報告されています(P0019)。
大人のデータもあります。国立障害者リハビリテーションセンターの児童精神科外来が、同院の成人吃音外来と連携して行った調査(初診患者195人)では、52.3%(102人)に精神疾患の併存があり、その中で最も多い診断は ASD(26.4%・52人)でした(S0011)。また、社交不安障害は吃音のある人の40〜50%に併存するという報告も紹介されています(S0011)。
さらに近年は、電子カルテの大規模データから吃音1,143例を特定し、併存しやすい状態を洗い出した研究もあります。そこでは難聴・睡眠障害・アレルギー体質・神経学的な所見など、発達障害の枠を超えた幅広い関連が見つかっています(P0022)。「吃音は単独で存在するとは限らない」——これが近年のデータが描く実像です(P0019, P0022)。
併存は気づかれにくい — 「診断の影」に注意
併存で注意したいのは、「片方の診断がもう片方を覆い隠す」現象です。ある疾患の影に別の疾患が隠れてしまうことは diagnostic overshadowing(診断の上書き・見落とし)と呼ばれます(S0011)。吃音は話し方という目立つ症状があるため、本人も周囲も困りごとの原因をすべて吃音に引き寄せて説明してしまい、背景にある別の特性が見えなくなることがあります(S0011)。
実際、先ほどの児童精神科の調査では、ASD が併存していた52人のうち、それまでに ASD と診断されていた人はわずか2人でした(S0011)。大人になってから、吃音の相談をきっかけに初めて併存が評価される例が少なくないことを示すデータです(S0011)。
併存に気づく意味は「レッテルを増やす」ことではありません。生きづらさの要因が吃音だけでなく併存の特性にもあるとわかれば、それに合った対応を選べるようになります(S0011)。また、子どものデータでは、併存のある吃音児は注意や自己コントロールなどの実行機能の弱さが最も大きく、困りごとが重なりやすいことも示されています(P0019)。困りごとが多面的なときほど、吃音単独と決めつけずに専門機関でまとめて評価してもらう価値があります(S0011, P0019)。
障害者手帳 — 吃音で申請できる手帳と手続き
吃音で申請が可能な手帳には「身体障害者手帳」と「精神障害者保健福祉手帳」の2つがあります(S0019)。ただし身体障害者手帳は、言語症状が非常に重症で、かつ治療をしても改善が期待できないと判断される場合のみ交付されるもので、吃音で該当する人はごく少数とされています(S0019)。小児期からの吃音であれば「発達性吃音」という診断になり、発達障害者支援法によって精神障害者保健福祉手帳の交付対象になります(S0019)。
当事者の声(20代・物書き/個人ブログ note・手帳取得の体験記)
吃音症は発達障害に分類されるので取得できるのは「精神保健福祉手帳」です。
適応障害で退職したあと、再就職に向けて吃音症で手帳を申請した筆者の言葉です。「吃音が発達障害に分類される」という、この記事で整理してきた制度上の位置づけを、当事者が申請の入り口として実際に使っている場面といえます。実際、発達性吃音が発達障害者支援法により精神障害者保健福祉手帳の交付対象になることは、専門機関の解説とも一致します(S0019)。
出典: 吃音症で精神保健福祉手帳を取るまで(note・ナカタ サキ)(台帳: V0018)
申請の流れも整理しておきます。手帳を取得するには、医療機関で医師の意見書(診断書)を書いてもらい、市区町村の福祉課などの窓口に申請します(S0019)。発達性吃音の診断は通常は耳鼻咽喉科が担いますが、言語聴覚士がいて吃音の検査をしている病院でないと診断できないことがあり、リハビリテーション科などが対応する病院もあります(S0019)。
時間の面では、精神障害者保健福祉手帳は初診日から半年以上経たないと意見書を書いてもらえず、手帳の有効期限は2年で、継続には再度の意見書と申請が必要です(S0019)。また、意見書では「吃音のためにできないことがあり、他人の助けが必要であること」を説明する必要があり、代替手段などで生活も仕事も対応できている場合は交付対象にならない、という運用も解説されています(S0019)。
大切なのは、手帳の申請は「すべきもの」ではない、という点です。専門機関の解説でも、診断書だけでは問題が解消できず手帳が役立つと思われる場合に、個人の考えに基づいて申請するとよい、と案内されています(S0019)。
手帳が開く支援 — 障害者雇用と「お守り」としての意味
手帳を持つと何が変わるのでしょうか。制度面では、障害者雇用促進法によって障害者枠での就職が可能になり、雇用主には合理的配慮をする義務が生じます(S0019)。就職の選択肢という「実利」の面が広がるわけです(S0019, S0005)。
当事者の声(社会人2年目・営業職/自助団体「北海道吃音・失語症ネットワーク」の実名インタビュー)
手帳はお守りだったり、吃音であることの証明と思っています
大学4年のときに手帳を申請し、あえて障害者枠ではなく一般就労を選んだ営業職の言葉です。手帳の意味は障害者枠での就職だけではなく、「吃音であることを制度が証明してくれる」という安心感にもある——という使い方を示しています。実際、手帳は障害者枠の利用を義務づけるものではなく、取得したうえでどう働くかは本人が選べます。制度上も、手帳があると障害者雇用促進法による障害者枠という選択肢が加わる、という関係です(S0019)。
出典: 手帳は「お守り」であり吃音の証明(北海道吃音・失語症ネットワーク note)(台帳: V0019)
職場・学校での工夫と合理的配慮
手帳の有無にかかわらず、支援の枠組みは広がっています。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、国公立だけでなく私立の学校でも合理的配慮の提供が義務化されました。高校入試や大学入試の面接で事前に吃音があることを伝えておくと、過重な負担とならない範囲で、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保などの配慮を受けられるようになっています(S0005)。また、吃音のある人が苦手としやすい電話については、公共インフラとなった「電話リレーサービス」を使えることが紹介されています(S0005)。
当事者かつ専門医の声(耳鼻咽喉科医・医師歴約20年/学術誌「医学教育」掲載の本人執筆手記)
電話口で吃音が出ていると,何度も聞き返される苦痛が生じるためである
吃音のある医師として約20年働いてきた筆者が、他院への電話を取り次いでもらう理由を語った一節です。手記では、患者の呼び出しを他のスタッフに頼む、説明に電子カルテの画面や筆談を併用する、学会発表は事前録画した動画を流すなど、話す場面ごとの工夫が具体的に挙げられています。こうした「話す以外の手段」や役割の調整は、電話リレーサービスの整備や合理的配慮の義務化といった、制度が用意しつつある支援の方向性とも重なります(S0005, S0019)。
出典: 吃音のある医師の手記(医学教育 55巻2号・J-STAGE)(台帳: V0020)
ポイントは、工夫や配慮は「特別扱いのお願い」ではなく、発達障害者支援法や障害者差別解消法に根ざした正当な選択肢だということです(S0019, S0005)。どの場面で困るかは人によって違うため、自分の困る場面を具体的に言語化しておくことが、配慮を相談するときの土台になります。
どこに相談すればいい? — 受診・相談先の目安
吃音と発達障害の関係が気になったとき、相談先は目的によって変わります。
- 吃音そのものの相談・検査:言語聴覚士のいる医療機関や、学校の「ことばの教室」が入り口になります。発達性吃音の診断は通常は耳鼻咽喉科が担当し、言語聴覚士による吃音の検査ができる病院かどうかがポイントです(S0019)。
- 手帳・診断書の相談:まず医療機関を受診し、市区町村の福祉課の窓口で自治体指定の書式を確認します(S0019)。
- ASD・ADHDなどの併存が気になるとき:児童精神科や発達障害の専門外来で、生育歴・学校や職場での様子・心理検査などを総合した評価が行われます(S0011)。複数の専門職が多角的に評価することが、片方の診断がもう片方を覆い隠す見落としを防ぐことにつながるとされています(S0011)。
「吃音の相談ついでに、発達の気になることも聞いてみる」で構いません。困りごとを一か所にまとめて相談することが、遠回りに見えて近道です(S0011)。
吃音と発達障害をめぐる3つの落とし穴
落とし穴1 − 併存率の数字を、そのまま「うちの子・自分」に当てはめる
「約6割」も「1〜2割」も、何を併存として数えたかが違う集団の統計です(P0019)。数字は「併存はめずらしくない」という目安として受け取り、個別の判断は専門機関の評価に委ねるのが安全です(S0011)。
落とし穴2 − 困りごとの原因を、吃音だけ(または発達障害だけ)に寄せる
目立つ症状に原因を一本化すると、背景の特性が「診断の影」に隠れてしまうことがあります(S0011)。話し方以外の困りごと(注意・対人関係・こだわりなど)があるなら、切り分けて相談する価値があります(S0011, P0019)。
落とし穴3 − 手帳を「取るべき/取らないべき」の二択で考える
手帳の申請は義務でも推奨でもなく、専門機関の解説でも「すべき」ということはないと明言されています(S0019)。困りごとが制度で軽くなりそうかという損得と、自分の気持ちの両方で決めてよいものです(S0019)。
迷っているあいだにできることとして、どんな場面で・どんな症状や困りごとがあったかを日々記録しておくと、受診や手帳の相談のときに医師へ伝える材料になります。意見書では「吃音のためにできないこと」の説明が必要とされるためです(S0019)。
よくある質問
吃音は発達障害ですか?
小児期からの発達性吃音は、日本では発達障害者支援法の対象に含まれ、精神障害者保健福祉手帳の交付対象とされています(S0019)。医学の分類でも、DSM-5-TR に沿った研究で神経発達症群のコミュニケーション症の一区分として扱われています(P0021)。ただし ASD や ADHD と同じものという意味ではなく、別の区分です(P0021, S0012)。
吃音とADHDや自閉スペクトラム症は併存しますか?
併存はめずらしくないと報告されています。アメリカの全国調査データでは、吃音のある子どもの約6割に何らかの併存する状態があり、ADHD・ぜんそく・自閉症が多く挙がりました(P0019)。日本の国立障害者リハビリテーションセンターで行われた調査でも、初診患者の52.3%に精神疾患の併存があり、ASD が最多でした(S0011)。併存が気になる場合は、児童精神科など専門機関での評価が案内されています(S0011)。
吃音で障害者手帳は取得できますか?
発達性吃音は発達障害者支援法により精神障害者保健福祉手帳の交付対象とされています(S0019)。取得には医師の意見書と市区町村窓口への申請が必要で、吃音のためにできないことがあり他人の助けが必要である、と説明できることが条件になります(S0019)。
手帳の申請にはどれくらい時間がかかりますか?
精神障害者保健福祉手帳は、初診日から半年以上経たないと医師の意見書を書いてもらえないとされています(S0019)。また手帳の有効期限は2年で、継続するには再度意見書を添えて申請します(S0019)。具体的な流れや書式は自治体によって異なるため、市区町村の福祉課で確認するのが確実です(S0019)。
吃音があると、どんな配慮や支援が受けられますか?
2024年施行の改正障害者差別解消法により、入試や学校生活での合理的配慮の提供が私立学校を含めて義務化され、電話が苦手な人向けの電話リレーサービスも利用できるとされています(S0005)。手帳を取得した場合は、障害者雇用促進法による障害者枠での就職という選択肢も加わります(S0019)。
まとめ
- 吃音(発達性吃音)は、制度上は発達障害者支援法の対象で、精神障害者保健福祉手帳の交付対象(S0019)。医学上も DSM-5-TR の神経発達症群(コミュニケーション症)に位置づけられる(P0021, S0012)。
- 併存率が記事によって違うのは「何を併存と数えるか」の違い。体の病気まで含めた広い定義では、吃音のある子どもの約6割に併存があると報告されている(P0019)。
- 併存は「診断の影」に隠れて気づかれにくい。ASD 併存52人のうち診断済みは2人だけ、という調査もある(S0011)。困りごとが多面的なら専門機関でまとめて評価を(S0011)。
- 手帳は「取るべきもの」ではなく選択肢(S0019)。取得すれば障害者枠や合理的配慮の義務といった制度面の支えが加わり(S0019)、合理的配慮や電話リレーサービスは手帳とは別の枠組み(S0005)。
- 迷ったら、言語聴覚士のいる医療機関・ことばの教室・児童精神科など、専門機関への相談が近道(S0019, S0011)。
