大人の吃音とは?「どもって困る」までを含む定義
吃音(きつおん、どもり)とは、話しことばを発するときに、第一音や途中の音が詰まったり、同じ音を何度も繰り返したり、音を引き伸ばしたりして、なめらかに話せない状態を指します(S0017)。声を出す力や知能そのものの問題ではなく、話し言葉の「なめらかさ(流暢性)」が乱れる話し方です。
大人の吃音を考えるうえで大切なのは、吃音の問題が「話し方」だけの問題ではないという点です。吃音ポータルサイトは、吃音の問題を 「(1)ことばがどもって(2)困ること」 の両面で整理し、その問題の大きさは主に「困ること」によって決まると述べています(S0017)。つまり、どもり自体が多くても本人が困っていなければ問題は大きくならず、逆にどもりは目立たなくても本人が強く気にしていれば問題は大きくなる、という考え方です(S0017)。
この見方は、ウェンデル・ジョンソンという研究者の「立方体モデル」にもとづいています。吃音の問題を、①話し方の症状(言語症状)②周囲の反応③本人の反応、という3つの辺の大きさをかけ合わせたものとしてとらえる考え方です(S0017)。大人になるほど②や③、とくに本人の受けとめ方が問題の重さを左右しやすくなります。
大人の吃音はどのくらい?有病率と「隠れ吃音」
「大人で吃音のある人は珍しいのでは」と感じるかもしれません。近年の研究では、成人の吃音の有病率はおよそ0.96%(約1%)と推定されており、広く引用される「全年齢で約1%」という数字とも整合します(P0025)。100人に1人ほどが、大人になっても吃音とともに暮らしている計算です。
この0.96%は、さらに次のように分けられると報告されています(P0025)。
- 表に出ている(顕在性)吃音:0.63%(うち子どものころ発症が0.53%、大人になって発症が0.10%)(P0025)
- 隠している(潜在性)吃音:0.33%(うち子どものころ発症が0.28%、大人になって発症が0.05%)(P0025)
ここから読み取れるのは、大人の吃音の多くは子どものころから続いているもので、大人になって初めて発症する人は少数派だということです(P0025)。また、周囲に気づかれないように吃音を隠している「隠れ吃音(潜在性)」の人が一定数いると推定される点も、大人ならではの特徴です。ただし著者は、潜在性吃音は過大に見積もられている可能性があり、その多くはごく軽度でありうるとも注記しています(P0025)。
もう一つ知っておきたいのが、吃音のある成人のうち、自助団体や当事者コミュニティに関わっているのは1%未満と推定されている点です(P0025)。多くの大人が、つながる先を持たずに一人で抱えているのが実情です。
大人に多い症状 — 連発・伸発・難発と「言い換え」
吃音に特徴的な話し方は、次の3つのうちどれか一つ以上がみられることです(S0017)。
- 連発(れんぱつ):音を繰り返す。例「ぼ、ぼ、ぼく」(S0017)
- 伸発(しんぱつ):音を引き伸ばす。例「ぼーーーく」(S0017)
- 難発(なんぱつ):言葉がつまって出てこない。例「・・・ぼく」(S0017)
大人では、これらに加えて、S0017 が『困ること』の一つに挙げる「話すことを避けてしまう」——言いにくい言葉を別の言い方に置き換えたり、発言そのものを避けたりする工夫が習慣になりやすく、周囲からは吃音があると気づかれにくいことがあります(S0017)。有病率の研究でも、隠している(潜在性)吃音の人が一定数いると推定されています(P0025)。
当事者の声(幼少期から吃音・海外在住/note)
頭では言葉が思い浮かんでいるのに、声に出して発言することが出来ない。
この「言いたいのに言えない」もどかしさは、吃音の「音がつまって出てこない(難発)」という症状そのものであり、同時に S0017 のいう『困ること』——いらだちや辛さ——の側面をよく表しています(S0017)。緊張とは別の次元で言葉が出ない、という点が周囲には伝わりにくい辛さです。
出典: 言いたいのに言えない——吃音のこと(note・ゆーた)(台帳: V0033)
「大人になって急に」始まった吃音 — 獲得性という考え方
大人の吃音の多くは子どものころから続いているものですが、なかには大人になって初めて症状が現れる人もいます。これは「成人発症(獲得性)の吃音」と呼ばれ、幼児期に自然に始まる発達性吃音とは区別して考えられてきました(P0024)。
成人発症の吃音は、脳の病気やけがなどの神経学的な要因や、強い心理的な外傷(トラウマ)のあとに生じることが多いとされています(P0024)。一方で、神経の損傷がはっきりせず、これまで知られていた心因性吃音の特徴にも当てはまらない成人発症の例(4例の報告)もあり、その発話の特徴は発達性吃音と大きな差がなく、脳の白質(右上縦束)の特徴も発達性吃音と似た傾向を示したと報告されています(P0024)。この研究は、原因のはっきりしない(特発性の)吃音の症状が大人になってから始まることもありうる、と結論づけています(ただし4例と小規模な報告です)(P0024)。
大人になって急に吃音が始まったときは、まれに背景に体の病気が隠れていることもあります。あとの「何科・どこに相談する?」の章も参考に、様子見だけにせず専門機関に相談すると安心です。
大人の吃音は治る?エビデンスで見る対処
「大人になってからでも治るのか」は、最も気になるところでしょう。結論から言うと、吃音は「必ず治る」とも「絶対に治らない」とも言い切れるものではなく、大人では「どもりをゼロにする」ことより「話しやすさを高めつつ、困りごとを減らす」ことが現実的な目標になります。
大人の吃音に対する行動療法を整理した総説(P0010)は、成人向けのアプローチを大きく二つに分けています。一つは、話し方の仕組みそのものに働きかける「発話再構成(流暢性形成)法」。もう一つは、吃音に伴う不安や、社会・職業上の困りごとに焦点を当てる「不安を和らげるアプローチ」です(P0010)。
このうち、成人でもっとも確立したエビデンスがあるとされるのは発話再構成(流暢性形成)法です(P0010)。一方で、「吃音とうまく付き合う」ためのマネジメント的なアプローチは広く行われているものの、その根拠は認知行動療法(CBT)や脱感作といった周辺領域からの推測に頼る部分が大きく、エビデンスは発話再構成法ほど強固ではないとされています(P0010)。
実際には、発話の流暢性を高める練習と、吃音との付き合い方の両方を扱う「包括的(ホリスティック)なアプローチ」も用いられます(P0010)。どの方法が合うかは人によって異なるため、専門家と相談しながら選ぶのが基本です。
何科・どこに相談する?受診と相談先の考え方
大人の吃音を相談したいとき、まず窓口になるのは、ことばと発話の専門職である言語聴覚士(ST)のいる医療機関や、ことばの相談ができる機関です。ここは診断や治療の判断に関わる部分なので、自己判断で決めつけず、専門家に相談するのが安心です。
とくに注意したいのが、大人になってから急にどもりが始まった場合です。成人になって発症する吃音は、脳の病気やけがなどの神経学的な要因や、強い心理的なショックのあとに生じることがあるとされています(P0024)。原因を確かめる意味でも、急に始まったときは様子見だけにせず、早めに医療機関へ相談してください。
また、症状そのものより「就労や日常の困りごと」が中心の場合は、当事者どうしがつながる自助団体や、生活・就労の支援機関も選択肢になります。有病率の研究では、吃音のある成人のうち当事者コミュニティに関わっているのは1%未満と推定されており(P0025)、多くの人が一人で抱えているのが実情です。相談先を知っておくだけでも、選択肢は広がります。
仕事・就労と大人の吃音
大人の吃音でとりわけ切実なのが、仕事の場面です。吃音ポータルサイトは、吃音の『困ること』の一つとして「就職や結婚の問題」を挙げています(S0017)。行動療法の総説でも、成人の吃音では発話症状そのものだけでなく、社会的・職業的な課題が焦点になると整理されています(P0010)。
当事者の声(吃音歴30年・会社員/note)
「失礼します」が上手く言えない。
接客のあいさつのように「決まった言葉を、決まった場面で言わなければならない」状況は、吃音が出やすい典型です。仕事の場面で言葉が出ずに追い詰められる体験は、成人の吃音では症状だけでなく社会的・職業的な課題が焦点になるという指摘(P0010)と、S0017 のいう『困ること』(就職の問題)をそのまま映しています(S0017, P0010)。
出典: 焼き肉屋バイトのホールで(note・オールナイト)(台帳: V0036)
当事者の声(36歳・男性/元システムエンジニア→特例子会社事務・note)
人と喋らない仕事は無い
この当事者は、一般枠での就職活動や転職を重ねたのち精神科を受診し、その後は配慮を受けられる働き方(障害者雇用)を選んだ経緯を書いています。どんな仕事にも会話は避けられないという実感は、吃音の困りごとが職業上の課題に及ぶという指摘(P0010)と重なります。働き方をどう選ぶかは人それぞれですが、「話すことが避けられない」前提で環境の側を整える視点は参考になります(P0010)。
出典: 吃音と発達障害・転職の記録(note・shouhei)(台帳: V0027)
電話や来客対応、朝礼のあいさつなど、「決まった言葉を言う場面」が続く職種はハードルが高くなりがちです。伝え方を工夫する、職場に配慮を相談する、環境を選ぶ——正解は一つではありませんが、「気合が足りない」といった精神論ではなく、環境の側を調整する発想が現実的です。
日常の工夫と吃音との付き合い方
大人の当事者は、日々の生活のなかでさまざまな工夫を積み重ねています。それは症状を消すためというより、困りごとを減らして暮らしやすくするための現実的な対処です。
当事者の声(吃音歴25年・主に難発/note)
マックで頼むときはマックフライポテトと言うようにしています
言いやすい言い方を選ぶ・言いにくい言葉を避ける——これは、S0017 が吃音の『困ること』の一つに挙げる「話すことを避けてしまう」に重なる、多くの大人の当事者に共通する工夫です(S0017)。ただし回避は便利な反面、選択肢を狭めることもあり、良し悪しの両面があります。
出典: 言いにくい音と言い換えの工夫(note・わをん)(台帳: V0031)
当事者の声(吃音当事者ブロガー/はてなブログ)
「まぁしょうがない」の境地に至ったのが22歳。
吃音問題の大きさは、話し方の症状そのものだけでなく、それに対する「本人の受けとめ方」にも左右されるとされます(立方体モデルのZ軸)(S0017)。「しょうがない」と思えるようになったという語りは、症状を消すこととは別に、付き合い方が少しずつ変わっていく過程を示しています(受けとめ方は人それぞれで、こうすべきというものではありません)。
出典: 吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ(はてなブログ・sadakiti)(台帳: V0028)
大人の吃音で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「自分の性格や努力不足のせい」と考える
吃音には、脳の白質など神経解剖学的な特徴が関わることが研究で示されています(P0024)。話し方がうまくいかないのは、性格の弱さや努力不足、気合の問題ではありません。自分を責める必要はありません。
落とし穴2 − 「どうせ治らない」と諦める/「必ず治る」と焦る
大人の吃音は完治を保証できるものではありませんが、発話再構成(流暢性形成)法のように根拠のある対処法もあります(P0010)。「ゼロか百か」で考えず、話しやすさを高めつつ困りごとを減らす、という現実的な目標のほうが続けやすい方法です。
落とし穴3 − 一人で抱え込む
吃音のある成人のうち、当事者コミュニティに関わっているのは1%未満と推定されています(P0025)。多くの人が一人で抱えていますが、記録をつけたり、専門機関や自助団体に相談したりして「外に出す」ことで、対処の選択肢は見えやすくなります。
まずは日々の発話の調子を記録することから小さく始めるのも一つの方法です。記録は、専門家に相談するときの手がかりにもなります。言語聴覚士など専門機関に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
大人の吃音とはどのようなものですか?
話しことばを発するときに、音を繰り返したり、引き伸ばしたり、つまって出てこなくなったりして、なめらかに話せない状態です(S0017)。吃音の問題は「ことばがどもること」と、それによって「困ること」の両面で考えられます(S0017)。成人の有病率はおよそ0.96%(約1%)と推定されています(P0025)。
大人になって急に吃音になることはありますか?
あります。大人になって初めて始まる成人発症(獲得性)の吃音は、脳の病気やけが、強い心理的なショックのあとに生じることがあるとされています(P0024)。ただし成人の吃音全体でみると、大人になって発症する人は少数派で、多くは子どものころから続いているものです(P0025)。急に始まった場合は早めに医療機関へ相談してください。
大人の吃音は治りますか?
「必ず治る」とは言い切れませんが、対処法の研究はあります。成人ではとくに発話再構成(流暢性形成)法のエビデンスが確立しているとされます(P0010)。完治をゴールにするより、話しやすさを高めつつ吃音と付き合っていく方法が現実的とされています(P0010)。
大人の吃音は何科を受診すればよいですか?
ことばと発話の専門職である言語聴覚士(ST)のいる医療機関や、ことばの相談ができる機関がまず相談先になります。とくに大人になって急に始まった場合は、背景に体の病気がないか確かめる意味でも、早めの受診が安心です(P0024)。
仕事で吃音が出てしまいます。どうすればよいですか?
吃音の困りごとは、就職など社会・職業の場面に及ぶことが知られています(S0017, P0010)。伝え方の工夫や職場への配慮の相談、配慮を受けられる働き方を選ぶなど、環境の側を調整する当事者もいます。正解は一つではないので、自分の状況に合う方法を、必要に応じて専門機関と相談しながら探すのがよいでしょう。
まとめ
- 大人の吃音とは、なめらかに話せない状態と、それによる「困ること」の両面を指す(S0017)。成人の有病率は約0.96%(約1%)(P0025)。
- その多くは子どものころから続くもので、大人になって急に始まる(獲得性)のは少数派。急な発症は脳の病気などが背景のこともあり、早めの受診を(P0024, P0025)。
- 完治は保証できないが、成人では発話再構成(流暢性形成)法のエビデンスが確立。「治す」より「話しやすさを高めつつ付き合う」が現実的(P0010)。
- 困りごとは仕事の場面に及びやすい(S0017, P0010)。一人で抱えず、記録・相談・配慮など環境を整える視点を。当事者コミュニティに関わる成人は1%未満(P0025)。
