まず結論から
- 日直の号令は、国の資料が学校で困りやすい場面の筆頭に挙げている場面です。音読・発表・かけ算の九九・学習発表会・卒業式と並び、場面の名前を挙げて具体的に聞くことが、困り感の早期発見につながるとされています。
- 号令が言えないのは、練習不足でも気持ちの弱さでもありません。学会は、吃音は緊張やストレスや家庭環境のみから生じるものではなく、本人がわざとやっているわけではないことを、学校などの集団の場に伝えるよう勧めています。気をつけて話すときほど吃音は出にくく、相談の場では出ないことも多いとされています。
- 頼める形は「免除」だけではありません。伴奏に合わせて歌うときや、2人で同じ言葉を言うとき(外から拍子が与えられているとき)には吃音が消えるという性質が知られており、一緒に言う・声を揃えて読む形は、この性質に乗っています。制度の上では、発表の免除などを合理的配慮(本人の求めに応じて学校や職場が行う調整)として求めることもできます。
- どの形にするかは本人が決めます。学齢期の子どもについて研究班の解説は、本人の意向を聴取しつつ、クラスや学校の環境調整(周りの人の対応を変えること)に当たるとしています。
- 伝えなければ、学校は知らないままです。英国の教室の研究では、研究者が連絡するまで、その子が吃音の相談や治療を受けていることを学校が知らなかった例が16人中3人にありました。日本の資料も、毎年クラス替えがある以上、年度ごとに伝え直す前提を勧めています。
ただし、どの形が合うかは一人ひとり違い、免除してもらうのがいちばん楽な子もいれば、「一人で言いたい」と言う子もいます。この記事に並ぶのは実際にあった選択肢であって、正解ではありません。学齢期の経過は先生の対応や周りの友達関係に大きく影響され、周囲の受け入れが良好で伸び伸びとおしゃべりして生活できている子どももいて、個人差が大きいとされています。
「起立」の「き」が出ない——号令の数秒で起きていること
号令はたった三語です。「起立、気をつけ、礼」。ふつうに言えば3秒もかかりません。その三語が、吃音のある子にとってどういう時間になるのか。いまは吃音のある人を診る側に立っている医師が、小学生のころの日直をこう書き残しています。
吃音のある医師の手記(九州大学病院・耳鼻咽喉科。著書『吃音の世界』の抜粋が、光文社の書籍紹介サイトに掲載されたもの)
「授業終わり」
と先生が言い、私が「起立」の「き」を言おうとしながら言えずにいると、すぐ周囲から、
「日直、号令」
「菊池君」
「早く終わろうよ」
などと声をかけられてしまいます。こっちだって必死です。でも、どうしても言えないのです。みな席を立ちたくてそわそわしている雰囲気の中で、いつも焦りや申し訳なさでいっぱいになっていました。そして何とか、
「起立」
と声を絞り出すことができたとしても、「気をつけ」の「き」がまた出ない。そして、その後は「礼」の「れ」です。それがやっと言えたときには、いつも汗だくになっていました。日直になるたびに、私はその緊張感に襲われていました。
月に一、二度回ってくる日直の当番のとき、授業の開始と終了に「起立、気をつけ、礼」の号令をかける——引用の直前に、その決まりが書かれています。手記はさらにその前から始まっています。小学一年生の毎朝の健康観察で、「はい、元気です」の「は」が思ったタイミングで出ない。喉に力が入って顔が歪み、呼吸が止まる。それでも言うのを拒否したことはなかった、と書かれています。うまく言える日もあったのに、どうしても言えない日もある。それが本人には不思議だった、とも。学年が上がるにつれて、健康観察、日直、国語の本読み、各教科の発表、学芸会の劇と、みなの前で話す場面はどれも苦手になっていきます。手記の終わりで、この医師は、30年以上吃音がありながら、いまだにどんな状態で出るのか出ないのかはっきり分からない、だから当時の自分が他人に説明できるはずがなかった、と書いています。この手記を書いた医師は、国の資料の吃音のページの執筆者でもあります。
出典: 「起立、気をつけ、礼」が言えない――吃音者の悩み(1)(光文社「本がすき。」)(台帳: V0494)
その資料は、学校で困りやすい場面を名前で挙げています。日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式。吃音のある子どもは発話の場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されやすく、だからこそ、こうした特定の場面をより具体的に質問することが困り感の早期発見につながる、というのが資料の説明です。「学校はどう?」では出てきません。「日直の号令、どうだった?」まで下ろして初めて、上の手記のような時間が見えてきます。
そのあいだ、本人の中で何が起きているのか。治療法を整理した米国の総説は、話すことが難しいと「まるごとの自分」を示しにくくなると述べたうえで、学齢期の子どもはとくに、授業で指名されて音読したり答えを言ったりする場面で怒りや恥ずかしさを感じることがある、と書いています。手記の「焦りや申し訳なさ」は、その一つの形です。なお、「起立」の「き」や「礼」の「れ」のように、特定の音で止まりやすいと感じる理由は、出にくい音の記事で扱っています。
「練習すれば言える」が通じない——担任の善意が逆に働くとき
号令が出ないと聞いて、大人が最初に思いつくのは「練習」です。家で言えているなら、慣れれば言えるはずだ、と。その善意が、本人には別の形で届くことがあります。会社員として働きながら大学院で吃音の支援を研究している当事者が、高校1年のときの担任について語った取材記事です。
当事者への取材記事(27歳・会社員。金沢大学大学院で吃音の支援を研究。朝日新聞出版「AERA with Kids+」。地の文は記者、かぎ括弧の中が本人の発言)
高校1年のときにはくじ引きでクラス会長になりましたが、会長には授業の前後などに毎日20回も号令をかける役割があったそうです。「言葉が出てこないため『起立、気をつけ、礼、着席』を言うのに1分くらいかかってしまう」(松井さん)ことに苦しみました。
当時の担任は吃音への理解が十分ではなく「メンタルが弱いから言えない」と決めつけて、松井さんを休み時間のたびに教壇の前に立たせ、号令の練習をさせました。
この人が「学校の3大イヤなこと」として挙げているのは、朝の健康観察、音読、日直の号令です。理由は、言葉が決まっていて言い換えができないから。小学生のころは、言おうと思っても最初の音が出てこなかったといいます。自覚したのは小学2年生。「吃音」という名前を知らず、「ぼくだけがかかっている呪い」だと思っていた。保護者と担任が吃音の話をしていたことはあったが、本人と話す機会はなく、一人で抱えていた——と記事は書いています。中学生になって家族が寝静まった後にパソコンで調べ、見つけた改善法を全部試したが、一時的に効くだけで元に戻る繰り返しだった。そのうえでの高校1年、くじ引きのクラス会長、毎日20回の号令、1分。担任が原因を「メンタル」に置いた結果が、休み時間ごとの練習でした。学会の解説は、学校などの集団の場に、吃音は緊張やストレスのみから生じるものではないこと、本人がわざとやっているわけではないことを伝えるよう勧めています。
出典: 吃音当事者が言う「学校の3大イヤなこと」とは?(AERA with Kids+・朝日新聞出版)(台帳: V0220)
練習の場で言えて、本番で言えないのには、資料が説明している仕組みがあります。国の資料は、子どもが気をつけて話すときには吃音があまり出ず、家庭などで話したいことが思い浮かんだまま話すときに吃音が現れると想像することが大切だとしています。研究班の解説は、学童期になると発話をある程度コントロールできるようになる一方で、吃る不安があると話すという行為そのものが意識的になり、自動化して行うことが難しくなって非流暢になり、さらに意識的になる、という悪循環が起きると説明しています。休み時間に教壇に立たされて号令を繰り返す時間は、この「意識的になる」ほうへ押す力として働きます。
その先に何が続きやすいかも、資料に書かれています。学齢期は先生の対応や周囲の友達関係に大きく影響され、からかわれたり、発表や音読で思うように話せない経験をすることで、吃音を否定的にとらえるようになると、最初の音が出しにくくなる症状(難発)が強くなったり、言い換えの工夫が増えたりして、吃音の状態が進むことにつながる場合がある。日本耳鼻咽喉科学会の会報に載った総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば適切とは言えない対処のしかたを身につけると述べています。号令を「練習で乗り越える課題」にすることは、この経路に入りやすい形だ、というのがこれらの資料から言えることです。
一人で言う日と、一緒に言う日——担任と決めた「形」
「免除してもらうか、やらせるか」の二択で考えると、行き詰まります。その間にある形を、実際に担任と決めた家庭の記録があります。岐阜県各務原市の相談事業が開いた交流会で、15家族の保護者が持ち寄った話です。年長の子の親の問いに、小学生の子の親が答える形で残っています。
保護者たちの座談会の記録(岐阜県各務原市の相談事業「吃音のつどい」。15家族が参加。「・年長」「→小1」「→小3」は、それぞれ年長・小学1年生・小学3年生の子の保護者の発言)
・年長 就学して、もし音読や日直で吃音が出るから学校に行きたくないと言ってきた時に、親としてどう声をかけたらよいのか?
→小1 「吃音があるから言わなくていいよ。」というのは、吃音はダメなことなんだと自信がなくなってくると思うので、間違ってもいいから、親としては、「頑張れ」としか言わなかった。大人になっても吃音と付き合っていくことを考えたら、基盤を今作っておかないといけないと思うので、「わざとじゃないんでしょ、先生も知ってるし、大丈夫!」と言うようにしている。
→小3 低学年のうちは、調子がいい時は一人で言うが、そうでない時は、友だちと一緒に言う(斉読)ように配慮してもらっている。クラスの子には話してあるので、本人だけそういう配慮があっても理解してくれている。なので、本人は音読が嫌いにはなっていない。
年長の親の問いは、「日直で吃音が出るから学校に行きたくないと言ってきたら」。まだ起きていないことを、入学前に心配している問いです。小1の親は、言わなくていいとは言わなかった。小3の親は、言うか言わないかではなく、言う「形」を担任と決めていました。調子がいい日は一人で言い、そうでない日は友だちと一緒に声を揃える(斉読)。どちらにするかを決める余地が本人の側に残っていて、クラスの子には話してあるので、本人だけがそうしていても周りが理解している。同じ記録には、年長の子が最前列で「前へならえ」の声かけを任され、「ま」が言いにくくて連発が出て周りが笑い、担任から後ろの列にしようかと提案があったが本人が「やりたい」と言ってそのままにした話や、小4の子が給食当番で「いただきます」の「い」が出ず、みんなが「はい合せました」と言った直後に前のめりになって言うと出なかった、と自分で工夫した話も並びます。「一緒に言う」形には、資料の側に根拠があります。
出典: 第8回「吃音のつどい」を開催しました!(社会福祉法人各務原市社会福祉事業団)(台帳: V0083)
国の資料は、伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を言ったりするとき——外から拍子が与えられているとき——には吃音が消えて流暢に話せるため、吃音は「発話のタイミング障害」と言われる、と説明しています。学会の解説も、歌を歌うときや2人で声を合わせるときには、一時的に流暢になる人が多いと書いています。研究班の解説は、声を揃えて読む斉読やリズムに合わせた朗読は流暢さを引き出しやすいので、これによって発話に自信を持たせる訓練がよく行われる、としています。小3の家庭が担任と決めた「そうでない日は一緒に言う」は、この性質をそのまま教室に持ち込んだ形です。
もう一つ、この記録から拾えるのは、決めているのが本人だということです。「前へならえ」を続けるかどうかも、本人が「やりたい」と言ったから続いています。研究班の解説は、学童期の子どもについて、本人の意向を聴取しつつ、クラスや学校の環境調整に当たると書いています。環境調整とは、周囲の人の対応を変えることで、吃音のある子が話しやすくなる環境を作ることです。号令を一人で言うのか、二人で言うのか、その日の調子で選べるのか——これは本人が決める種類のことで、大人が先に「免除」と決めてしまうと、選ぶ余地ごとなくなります。
朝の会のスピーチ——家で決めた準備を、本人と
日直の仕事は号令だけではありません。学校によっては、朝の会でその日の日直が短いスピーチをします。号令と違って言葉は決まっていませんが、みなの前で一人で話す点は同じです。元小学校教員で、吃音のある小学4年生の息子を育てている母親が、新学期4日目に回ってきた日直のスピーチをこう記録しています。
小学4年生の息子の母(小学校教員を14年務め、現在は非常勤講師。個人ブログ)
練習中は「ぼ、ぼ、ぼくの好きな」
のように結構吃っていました。
なので、メモを書いてそれを手に持ち
たまにそれを見ながらやることにしました
それで安心したのか
当日は「緊張したけどできた」
とのことで安心しました
順番は早く来ました。月曜に始まった新学期、火曜から日直が始まり、出席番号が前のほうではない息子に木曜には日直が回ってきた、と書かれています。母親は面談のときに日直やスピーチのことを担任と話していて、その学校の決まりを先に知っていました。日直は2人ずつ、スピーチは朝、テーマは好きなもの、メモを見ても大丈夫。息子は鉄道の話に決め、「緊張する」と言うので家で作戦会議。家では楽しそうに話していたのに、本番が近づくにつれて緊張が増し、練習では「ぼ、ぼ、ぼくの好きな」と音を繰り返す連発が出る。そこで決めたのが、メモを手に持つという形です。母親はこのあと、どんな準備がよいかはお子さんと話しながら見つけてほしい、と読者に添えています。同じ記事には、この子は入学式の夜、参観日の発表のあと、遠足のあとなど、緊張する行事のあとに吃りが増える傾向がはっきりしていて、それを「波が来る」と呼ぶ、とも書かれています。この「波」は、学会の解説にも同じ言葉で出てきます。
出典: 早速ぶつかる日直のスピーチの壁(吃音・支援級・学習サポート個別オンライン継続相談 なべちゃん先生)(台帳: V0422)
学会の解説は、吃音の特徴として、状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりすること、調子が良い状態あるいは悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、この変動を(調子の)「波」と呼ぶ、と書いています。この母親が「波の傾向を知っておくと心構えができる」と書いているのは、その波を家庭の側で見ている、ということです。日直がいつ回ってくるか、そのとき波はどこにあるか。この二つが分かっていると、担任と話す材料になります。
この記録でもう一つ目を引くのは、「メモを見ても大丈夫」が、頼んで得た配慮ではなく、面談で先に聞いていた学校の決まりだったことです。国の資料は、日直の号令や発表のような特定の場面を挙げて具体的に質問することを勧めています。担任に「日直のスピーチはどういう形でやるのですか」と聞くだけで、頼む前に選択肢が見えてくることがあります。担任に渡す文書に何を書くかは、園や学校に渡す文の記事にまとめました。
周りが待つ号令になった——高校の部活で
号令は、小学校の日直で終わりません。中学・高校では、体育の号令や部活の挨拶が続きます。2歳のころから吃音があり、高校で部活の部長になった人が、部の終わりの号令をどう務めたかを書いた寄稿です。
当事者の寄稿(名義「arisa」。2歳のころに吃音を発症。高校時代に部活の部長を務めた。NPO法人日本吃音協会のメディア「HAPPY FOX」)
部員は最初は戸惑いながらも、私の話すペースに合わせてお辞儀をして待っていてくれましたが、ある日変化が起こりました。
その日はいつになく吃音の波が激しく、ブロックも強い日でした。
号令の際、普段より長い沈黙が続きました。多くの部員は真面目にお辞儀をし続けながら、口をパクパクしながらも黙っている私の顔をチラチラ見て様子を伺っていました。
お辞儀をしながら、顔だけ私のほうを向けている様子があまりにも可笑しいので、とうとう私は噴き出してしまいました。
すると、部員たちの緊張が一瞬ほぐれて、一斉に笑い出しました。
「部長のそういうところ好きです。」お腹を抱えて笑いながら、そう言ってくれる後輩もいました。
それからというもの、新入部員が入れば「この部活の号令は、いつもこんな感じだから」と説明する者さえ出ました。
この部では、部活の終わりに部員全員が集まって挨拶をし、部長が最初に一人で「部員一同、礼!ありがとうございました。」と言う決まりでした。本人が書いているのは、先代の部長のときは周りの部員と一緒に挨拶していて、そのときは言葉が出なくなる難発(本人の言葉では「ブロック」)が出ていなかった、おそらく周りの人と声を揃えることで話しやすくなっていたのだと思う、ということです。部長になった初日、「礼!」のあとの「ありがとうございました」が出ず、部員はお辞儀をしたまま顔だけこちらに向けて不思議そうにしていた。それからというもの、部活の号令ではお辞儀の後に毎回数秒の間があくことになった——そこから上の一節が始まります。卒業のとき後輩からもらった色紙には「部長の独特な号令スタイルが好きでした。」と書かれていて、号令さえろくにできない自分は部長失格だと思っていた本人は驚いた、と続きます。3年間、この症状について嫌なことを言われたことはなかった、とも。学会は中高生の困難を感じやすい場面として部活動を挙げています。
出典: ブロックが酷い吃音があっても、私が部長を務め上げられた話(HAPPY FOX・日本吃音協会)(台帳: V0148)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、思春期以降は連発や伸発よりも難発が中心になり、中高生では部活動や入学面接が、発話に困難を感じやすい場面として挙げられる、と書いています。そして、失敗の経験が重なると話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになるとも。この寄稿は、その経路をたどらなかった記録です。何が違ったのかを、本人は「部員が待った」ことと「自分が噴き出した」ことの二つで書いています。
周りの子が待つ、という形については、研究者の側からも指摘があります。英国の教室の研究は、子どもはいじめが起きても大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが、拒否されたりいじめられたりしている吃音のある子の助けになりうる、と結んでいます。同じ研究は、学校ぐるみのいじめ対策で学校全体のいじめは減っていると考えられる一方で、吃音のある子が学校で抱える特有の問題が十分に認識されている証拠は乏しい、とも述べています。「この部活の号令は、いつもこんな感じだから」と新入部員に説明する部員が出た——この一文は、認識が周りに引き継がれていく形の、いちばん小さな実例です。友達との関係全般は、友達ができないと感じるときの記事で扱っています。
担任に頼むとき——免除ではなく、形を選ぶ
ここまでの記録を、担任と話すときに使える形に並べ直します。前提が一つあります。伝えなければ、学校は知らない、ということです。英国で吃音のある子が1人ずついる16学級を調べた研究では、吃音のある子の全員が学校の特別な教育的支援の名簿に載っていたわけではなく、3人については、研究者が連絡するまで学校はその子が吃音の相談・治療を受けていることを知りませんでした。
頼む中身は、「配慮してください」ではなく場面の名前で言います。国の資料は、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式といった特定の場面で困ることがあるため、より具体的に質問することが困り感の早期発見につながるとしています。そのうえで、この記事の記録と資料に出てきた形を並べると、次のようになります。
- 言う形を、その日の調子で本人が選ぶ。調子がいい日は一人で言い、そうでない日は友だちと一緒に言う——3年生の家庭が担任と決めていた形です。決めているのは本人であることが要点で、研究班の解説も本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしています。
- 二人で言う・全員で言う。2人で同じ言葉を言うときには吃音が消えるという性質に乗った形です。朝の会の日直が2人ずつだった学校もありました。
- 言い終わるまで待ってもらう。急かさない、代わりに言わない。部活の号令で部員が待った記録が、上にあります。研究者は、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうると述べています。
- 順番や道具を変える。並ぶ位置を後ろにする提案(本人は断りました)、メモを手に持つ、といった形がありました。号令の言葉を変えるかどうかは、担任と本人が決めることになります。
- 免除を求める。制度の上では、発表の免除などを合理的配慮として求めることができ、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書が求められる場合があります。総説も、学齢期のいじめやからかいへの対策として診断書等で対応すると述べています。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、私立の学校にも合理的配慮の提供が義務化されました。
1〜4は「参加の形を変える」、5は「参加しない」です。どれも制度の上では求められる範囲にありますが、本人が何を望んでいるかで順番は変わります。「吃音があるから言わなくていいよ」と先に言わなかった小1の親の判断も、「後ろの列にしようか」を断った年長の子の判断も、この記事の中にあります。頼んだあとは、年度ごとに伝え直します。学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがそのたびに生まれるため、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」とオープンに聞くことが勧められています。通級(ことばの教室)の使い方と毎年の申し送りは吃音と学校の配慮、クラスの子どもたちへの伝え方は吃音かるたの記事、法律上の根拠は吃音と合理的配慮に譲ります。卒業式の呼びかけや、新学期の自己紹介、作文の発表については、それぞれ卒業式・新学期・作文の記事で扱う予定です。
相談先——ことばの教室・言語聴覚士・特別支援教育コーディネーター
担任と話す前に、相談できる先を一つ持っておくと、「言語聴覚士からこう言われた」と言えます。学会は、周りのコミュニケーション環境を整える環境調整や、年齢や状態に合わせた指導について、小児を扱う言語聴覚士(ことばや聞こえの専門職)や、ことばの教室の教員に相談するよう勧めています。幼児吃音臨床ガイドラインは、幼児の吃音の治療に対応できる機関が中心となって、小学校のことばの教室・養護教諭・特別支援教育コーディネーター(学校の中で支援の連携を担当する先生)・教育委員会などと連携し、発見と基本的な対応を分担する体制を必要としています。担任が動きにくいときは、学校の中に、ことばの教室の担当や特別支援教育コーディネーターという別の窓口があります。
急いだほうがよい状態も、資料は書いています。研究班の解説は、吃音のある子どもの過半数が笑われたりからかわれたりしており、これによって自尊感情の低下や不登校といった、あとから重なる困りごと(二次障害)が生じやすくなるので、本人の意向を聴取しつつクラスや学校の環境調整に当たる、としています。日本耳鼻咽喉科学会の会報の総説も、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要だと明記しています。次のようなときは、担任との話し合いを待たずに、ことばの教室や言語聴覚士につないでおくと安心です(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 日直や号令のある日に、朝から学校に行きたがらない、休みたいと言う日が出てきた
- 号令のことで、周りの子から真似・笑い・「なんでそんな話し方なの?」という質問が出ている
- 号令が出なかったあと、家でも話す量が減った、言いにくい言葉を別の言葉に変える様子が増えた
この3つは相談を考えるきっかけとして本記事が挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。真似・笑い・質問が起きやすいこと、言い換えの工夫が増えることが吃音の進展につながる場合があることは、それぞれの資料の記述です。相談先の全体像は吃音の相談先、いじめそのものへの対処は吃音症といじめにまとめています。
日直の号令で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「練習が足りない」「気持ちの問題」と受け取る
気をつけて話すときほど吃音は出にくく、吃る不安があると話す行為が意識的になって非流暢になる悪循環が起きる——練習の場で言えて本番で言えないのは、この仕組みのとおりです。学会は、緊張やストレスのみから生じるものではないこと、本人がわざとやっているわけではないことを学校に伝えるよう勧めています。休み時間に教壇で号令を繰り返させた担任の記録は、この記事の2つめのブロックにあります。
落とし穴2 − 本人に確かめずに、大人だけで「免除」と決める
免除は制度の上で求められる形の一つです。ただ、この記事の記録では、「後ろの列にしようか」という担任の提案を本人が断り、調子がいい日は一人で言う形を担任と決めた家庭がありました。研究班の解説は、本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしています。一人で言う・二人で言う・待ってもらう・免除——どれにするかを本人に聞く順番を、先に置いてください。
落とし穴3 − 一度頼んだら終わりだと思う
学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクはそのたびに新しく生まれます。担任も変わります。日直の順番が回ってくる時期と、そのときの調子の波を家庭で見ておくと、年度初めの面談で使えます。どの日に日直で、どの形で言って、どうだったか。それを書き留めておくと、担任にもことばの教室にもそのまま渡せます。日々の様子を「見える化」する手段の一つとしてアプリを使う方法もあります(アプリは記録・継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。
よくある質問
日直の号令が言えません。免除してもらったほうがいいですか?
免除は、発表の免除などと同じく合理的配慮として求めることができる形の一つで、診断書や言語聴覚士の報告書が求められる場合があります。ただし、それだけが選択肢ではありません。2人で同じ言葉を言うときには吃音が消えるという性質があり、調子がいい日は一人で、そうでない日は友だちと一緒に言う形を担任と決めていた家庭の記録がこの記事にあります。研究班の解説は、本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしているので、まず本人に聞くところから始めます。
家では言えるのに、学校の号令だけ言えないのはなぜですか?
国の資料は、気をつけて話すときには吃音があまり出ず、話したいことが思い浮かんだまま話すときに現れるとしています。研究班の解説は、吃る不安があると話す行為が意識的になり、自動化して行うことが難しくなって非流暢になる悪循環を説明しています。号令は言葉が決まっていて言い換えができない、と当事者が口を揃える場面で、家で言えることと教室で言えることは別です。特定の人の前だけで出るように見える理由は別の記事で扱っています。
担任には、どう伝えればいいですか?
「配慮してください」ではなく、場面の名前で伝えます。国の資料は、日直の号令、音読、発表などの特定の場面を挙げて具体的に質問することが困り感の早期発見につながるとしています。頼む形は、言う日を本人が選ぶ・二人で言う・待ってもらう・順番や道具を変える・免除、のどれか、または組み合わせです。担任に渡す文書に書く3点は、園や学校に渡す文の記事にまとめています。
練習させれば、言えるようになりますか?
家での練習を否定する資料はありませんが、練習で言えるようになるという根拠を示した資料もこの記事の材料にはありません。学会は、からかわれたり思うように話せない経験を重ねて吃音を否定的にとらえるようになると、難発が強くなったり言い換えが増えたりして状態が進む場合があると述べています。休み時間に号令の練習をさせられた当事者の記録が本文にあります。準備をするなら、メモを手に持つといった形を本人と一緒に決めた記録のほうが、実際の家庭の形に近いといえます。
中学・高校になっても、号令で困りますか?
学会の解説は、思春期以降は難発が中心になり、中高生では部活動や入学面接が発話に困難を感じやすい場面として挙げられるとしています。この記事には、高校の部活の号令で毎回数秒の間があき、部員が待つ形になった当事者の寄稿があります。学齢期の後半以降は吃音を隠そうとする対処のしかたを身につけやすいとされているので、中学・高校でも年度ごとに伝え直す前提で考えると安心です。
まとめ
- 日直の号令は、国の資料が学校で困りやすい場面の筆頭に挙げる場面。場面の名前を挙げて具体的に聞くことが、困り感の早期発見につながる。
- 「練習が足りない」「気持ちの問題」ではない。気をつけて話すときほど出にくく、吃る不安が話す行為を意識的にする悪循環がある。学会は、緊張やストレスのみから生じるものではなく、わざとではないことを学校に伝えるよう勧めている。
- 頼める形は免除だけではない。2人で同じ言葉を言うと吃音が消える性質に乗って、一緒に言う・言う日を本人が選ぶ・待ってもらう・順番や道具を変える、という形が実際の記録にある。免除も合理的配慮として求められる。
- どの形にするかは本人が決める。研究班の解説は本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしている。
- 伝えなければ学校は知らない。毎年クラス替えがあるので年度ごとに伝え直し、相談先としてことばの教室・言語聴覚士・特別支援教育コーディネーターを持っておく。学齢期は約半数がいじめやからかいを経験するとされ、休みたがる日が出てきたら早めに相談を。
