まず結論から
- 学校で困りやすい場面は、ある程度決まっています。日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式です。
- 吃音は話す場面でしか症状が出ないため、困りごとが小さく見積もられやすく、相談を受けた側が「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と返すことは、保護者にとってプラスに働くことは少ないとされています。
- 学齢期には約半数がいじめやからかいを経験すると報告されており、対策が重要だとされています。
- 英国の通常学級で吃音のある小中学生16人と同級生403人を調べた研究では、吃音のある子は同級生より「嫌いな子」に挙げられることが有意に多く、人気のグループに分類されにくいという結果でした。障害のある子を通常学級で一緒に学ばせる方針が広がり、いじめ防止の取り組みが導入されても、教室での立場はほとんど変わっていないと結論づけています。
- 自分から吃音があると伝えること(自己開示)は、まとめられた18件の研究のうち15件(83.3%)で全体として好意的な影響があり、謝る形で伝えるより、謝らない形で伝えるほうが好意的に受け止められていました。
ただし、ここに並べたのはどれも大勢を平均した傾向であって、目の前の教室でこれから何が起きるかを決めるものではありません。何をどこまで伝えるか、どんな配慮を頼むかは本人と保護者と学校が話し合って決めるもので、2024年に施行された改正障害者差別解消法でも、入学後の困りごとに対しては双方の建設的な対話のうえで配慮が受けられる形になっています。
何と言って切り出すか——語尾に出てしまうもの
先生に伝える場面は、たいてい保護者の側から始まります。家庭訪問や個人面談の短い時間に、何と言って切り出すか。ここで多くの人が、自分でも気づかないまま「否定してほしい」という願いを言葉に混ぜてしまいます。
小学3年の娘をもつ母の手記(日本吃音臨床研究会の公式サイト「保護者の体験」)
過去に4回(保育園・幼稚園・小学1・2年)と、担任の先生に娘の吃音について私からお話しています。なぜか、先生の方から切り出されることは今回も含めて一度もありません。
「どもるんですけど…」と私は話していました。この語尾の「ですけど…」の部分に私の全ての気持ちが含まれているように今になって思います。
自然と、このように話していたのですが、「ですけど」と問いかけることによって、先生から「大丈夫ですよ」と返答されることを期待していたのです。心の奥で娘のどもりを認めたくない気持ちが働き、どもりを否定してほしかったのです。
保育園から小学2年まで、4回。そのつど自分から切り出してきた母親が、あとになって自分の語尾を点検しています。「ですけど…」という半端な終わり方は、相手に判断を預ける言い方でした。実際、4回とも返ってきたのは「大丈夫ですよ」「そのうち治りますよ」という言葉だったと書かれています。この母親はその後、相談会に参加したあとの家庭訪問で「どもりです」と言い切れたことを、自分にとって大きな成長だったと記しています。伝え方のかたちが、返ってくる言葉のかたちを決めていました。吃音を自分から伝えることについては、伝え方の違いまで踏み込んで調べた研究があります。
出典: 保護者の体験(吃音と上手につきあうための吃音相談室・日本吃音臨床研究会)(台帳: V0057)
吃音のある人が自分から「自分は吃音がある」と相手に伝えることを、研究では自己開示と呼びます。30年ぶんの研究を集めた系統的レビュー(同じ問いを扱った研究をもれなく集めて突き合わせる方法)は、量的に調べた18件のうち15件(83.3%)で、自己開示が全体として好意的な影響を持っていたと報告しています。
さらに重要なのは、伝え方の型を条件として比べた研究です。謝る形の開示や、開示しない場合よりも、謝らない形の開示のほうが好意的に受け止められていました。そう比べた13件のうち12件(92.3%)でこの向きだったと報告されています。レビューはこの結果をもとに、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担をやわらげるために、謝らない形の自己開示を使うことを支持しています。
「どもるんですけど…」と「どもりです」の違いは、この区別とちょうど重なります。すみません、ご迷惑をおかけしますが——と前置きするより、事実として置くほうが、受け取る側にとっても扱いやすい情報になります。
「学校では出ていません」と言われたら
入学や進級の前後に、先生へ伝えておく。その判断そのものは多くの保護者がしています。困るのはその次で、しばらくして様子を尋ねると「学校では出ていませんよ」と返ってくることがあります。
2歳で発吃した長男をもつ母の記録(元保育士・個人ブログ)
小学校に入ると、環境が大きく変わります。新しい友達、先生、集団生活。その影響を心配し、学校の個人面談では担任の先生に詳しく話して連携を取るようにしました。
特に、発表や音読など、「人前で話す場面」が増えることがありましたが、担任の先生は吃音は出ていないとのこと。
言葉もいろいろな言い回しが出来るようになったので、頭をフル回転してとても上手く話せるように神経を使っているんだろうなと思いました。
小学校から帰ってくると爆睡することも良くあったので周りのお子さんより疲れはあるのかなと。
保育士として10年以上働いた経験のある母親が、入学の年をこう書き残しています。個人面談で詳しく伝え、担任との連携も取れている。それでも返ってきたのは「出ていない」でした。この母親はそれを「治まった」とは受け取らず、言い回しを選び直しながら話している子どもの手間と、帰宅後に眠り込む様子のほうに目を向けています。学校で見えないことと、本人が困っていないことは別だ——という読み方です。同じ注意は、支援する側に向けた公的な資料にも書かれています。
出典: 【体験談】2歳から始まった吃音…8歳の今どうなった?親の本音と経過(KABろぐ)(台帳: V0063)
発達障害ナビポータルの吃音の解説は、相談に来た子が目の前では思ったほど症状を出さないことが多いと述べたうえで、その流暢に話す様子に対して「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と声をかけることは、保護者にとってプラスに働くことは少ないと明記しています。同じ資料は、吃音のある子どもは話す場面でしか症状が出ないため、困りごとが小さく見積もられることが多いとも書いています。
なぜ場面で差が出るのか。伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を声をそろえて言ったりするときには吃音が消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われています。気をつけて話すときには出にくく、家庭などで思い浮かんだことをそのまま話すときに出やすい、という見方です。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説も、8歳ごろ以降は独り言ではほとんどどもらなくなり、状況によって出方が変わる度合いが強くなると述べています。
ですから「学校では出ていません」は、それ自体としては正確な観察であることが多いはずです。そこで話を終わらせず、本人が家でどう話しているか、どの時間のあとに疲れているかを持ち寄ると、同じ子どもの姿が立体的になります。
伝わったのに、そこで止まることがある
先生のほうが先に気づいて、保護者に伝えることもあります。ところが、そこから先が続かないことがあります。
25歳の会社員男性への一次インタビュー(吃音の情報サイトの記事。文中の疑問文は聞き手の質問)
親や先生は吃音のことを知っていたのでしょうか?
小3の時の担任の先生が、懇談の時とかに母親に「息子さんは吃音を持ってると思う」って言ったらしいんです。
親は同級生に指摘された当初も「吃音」のことは知っていたらしくて、けど何も言ってなくて。
本人である僕も相談とかしてこなかったし。
小学3年の懇談で、担任は気づいていました。保護者にも伝わっていました。それでも本人がその言葉を知るのは中学3年の秋で、家のパソコンで自分の話しにくさを調べたときだったと語られています。名前を知ったあと母親が中学校を訪ねて伝えたものの、そのことに学校で触れられることは卒業まで一度もなかった、とも述べています。この人が振り返って挙げているのは、話せずにいることが「態度が悪い」と受け取られていたことでした。気づきが保護者の手前で止まると、教室の側の見方は何も変わりません。教室での立場を実際に測った研究があります。
出典: 「態度が悪い」の背景にある“吃音”という存在を知ってほしいー25歳当事者の学生時代と今(きつおんりんく)(台帳: V0193)
英国の通常学級に通う吃音のある小中学生16人と、その同級生を含む合計403人を対象にした研究があります。クラス全員に「好きな子」と「嫌いな子」を挙げてもらい、そこから一人ひとりの立ち位置を割り出す方法を使いました。
結果は次のとおりです。「嫌いな子」に多く挙げられて拒否のグループに入った割合は、吃音のある子が43.75%、吃音のない子が18.86%でした。人気のグループに入ったのは吃音のある子の6.25%で、吃音のない子は25.84%です。行動の枠では、いじめられている子に挙げられた割合が37.5%対10.6%、助けを求める子が25%対13.18%、クラスのリーダーが6.5%対12.92%でした。統計的にはっきり差が出たのはいじめられている子への指名だけだと、原典は但し書きを添えています。
この研究がいちばん強く言っているのは、結論の一文です。障害のある子を通常学級で一緒に学ばせる方針が広がり、多くの学校でいじめ防止の取り組みが導入されたにもかかわらず、吃音のある子の教室での立場にはほとんど変化が見られなかった。社会全体の受け止め方の変化は、同級生が吃音のある子を見る目には反映されていなかった、とも書かれています。日本の数字ではありませんし、2002年の報告でもありますが、「今は理解が進んでいるから大丈夫だろう」という見込みを、そのまま置いておけなくする結果ではあります。
もうひとつ、原典は行動の枠や教室での立場の割り振りは、吃音の程度では決まっていなかったと述べています。いじめられている子に挙げられた中にも、拒否のグループに入った子の中にも、話しにくさが重い子と軽い子の両方が含まれていました。軽いから平気だろう、という読み替えはできません。国内でも、学齢期には約半数がいじめやからかいを経験するとして、対策の重要性が述べられています。
だからこそ、伝わったあとに続きが要ります。発達障害ナビポータルは、担任・保護者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになるとしています。
本人が「言わないで」と言うとき
クラスに伝えたほうがよさそうだと親が思っても、本人が嫌がることがあります。ここは、伝える側がいちばん迷う場面です。
小学3年の息子をもつ母の記録(個人ブログ。父の転勤で10月に転校した年)
引っ越し前は連発多めの吃音だったのに、やや話しにくい感じになってきてるんだなぁ、ヤバいかもと気づきました。
そこで、息子にクラスメイトに吃音の説明してもらい手紙も読んでもらうのはどう?ってもう一度聞いてみたら、ヤダ❗️って拒否されちゃった。
恥ずかしいらしい。
転校先で、この母親はまず1か月ほど様子を見ています。担任に尋ねると「あまり出ていない」という返事でしたが、母親はそれを、音を繰り返す連発から、言葉が出るまで間があく難発へ変わったサインだと読みました。前の学校では、担任にクラスへ手紙を読んでもらっていた。同じことを提案したところ、息子は嫌だと答えた——という順序です。この家庭は最終的に、姉を介して聞いた一人の医師の助言を受けて、前年に書いた手紙を担任にもう一度読んでもらいました。息子は「先生がみんなに吃音のこと話してくれたよ。うまく言ってくれてた!」と教えてくれたと書かれています。クラスに向けて吃音を説明することは、臨床の方略としても記述があります。
出典: 2020年の締めくくりに(ゆうだのblog〜息子の吃音と向き合うママの日記〜)(台帳: V0068)
吃音のある学齢の子どもがいじめや仲間からの否定的な反応に直面している場面で、臨床家が使える方略をまとめた論文があります。具体的には、いじめへの受け答えを本人と一緒に組み立てていく問題解決の活動と、教室で同級生に吃音を説明する取り組みの2つです。この論文は9歳の男児1例の経過とともにそれらを示したもので、多人数で効果を確かめた研究ではありません。
自己開示の系統的レビューのほうも、全体としては好意的な影響が優勢だとしたうえで、どの場面で伝えるか、話し手や聞き手の年齢、吃音の頻度や重さ、聞き手が吃音のある人と知り合いかどうかについては、そもそも調べた研究が少ないと明記しています。つまり「小学3年の教室で、担任が代わりに読む手紙という形が最善か」までは、研究はまだ答えを持っていません。
研究が答えていない以上、決め手になるのは本人の受け止めです。手紙を読んでもらったあとに本人が何と言ったか、次の日に何が変わったかを、伝えた側が確かめられる形にしておくこと。伝えるかどうかを一度で決めきるより、そのほうが取り返しがつきます。学校に渡す文をどう書くかは別の記事にまとめました。
先生の側から——自分から先に伝えた担任
ここまでは、保護者から先生へ伝える話でした。順番が逆のこともあります。教える側が吃音のある人で、自分から先に伝えた例です。
3歳からどもり始め、小学校で学級担任を2年務めた当事者の発表(自助団体「九州・中高校生吃音者のつどい」体験談。1ページに4名の発表が並ぶうちの1本)
そして実際に小学校で学級担任として2年間働きました。働き始める前に、保護者への電話や、授業でみんなの前で話すことが不安だったので、最初にクラスの子ども達や保護者に自分の吃音のことを話しました。「緊張すると言葉がでにくくなる。みんなに伝えたくて一生懸命話しているから待って聞いてほしい」と、自分の症状と知ってほしいことを伝えました。実際に、みんなの前でどもることが多々ありましたが、一生懸命聞いてくれる子ども達や、職員、保護者の方々に支えられて過ごすことができました。
症状は人それぞれ違うから、自分の事をみんなに伝えると自分が楽になることもあるのかなと私は思います。
この人は小学校のころ、国語の音読が嫌で、人前で話すと顔が真っ赤になったと語っています。中学で体育委員長になり、月に1回ステージから全校に話す役が回ってきて、「おはようございます」の「お」が出なかった。前日に何度練習しても本番で言葉が出ない、その繰り返しでした。そこから、吃音のある子どもに同じ思いをしてほしくないと考えて教員になり、着任の前に自分から伝えたという順序です。伝えた中身は、症状の説明と、待って聞いてほしいという依頼の2つだけでした。この形は、研究が自己開示と呼んでいるものそのものです。
出典: つどいでは吃音に関わる色々な方の体験談を語って頂いています(九州・中高校生吃音者のつどい)(台帳: V0176)
「緊張すると言葉がでにくくなる」「待って聞いてほしい」という2文には、謝罪がありません。系統的レビューが、謝る形より謝らない形のほうが好意的に受け止められていたと報告している型と一致します。
先生の側が動く意味は、制度の面からも説明できます。英国の制度を前提にした研究の記述ですが、吃音は行政が定める特別な教育的支援の対象になる障害ではない一方、学校ごとの支援の名簿には載ることがあると整理されています。制度が自動で拾い上げてくれるわけではなく、学校の中の誰かが気づいて動くかどうかに左右される、ということです。その研究は同時に、社会全体の受け止め方の変化が同級生の見方には届いていなかったとも述べています。教室の中の空気を動かす役は、外から来ません。
何を頼めるのか——困る場面と、根拠になる制度
伝えるときにいちばん具体的なのは、場面を名指しすることです。発達障害ナビポータルは、困ることがある場面として日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式を挙げ、こうした場面を名指しで具体的に質問することが、困りごとの早期発見につながるとしています。同じ資料は、学校では毎年クラス替えがあり、真似されたり笑われたり「なんでそんな話し方なの?」と質問されたりするリスクがあるため、早期発見とその対応法をオープンに話すことが予防につながるとも書いています。
頼める中身には、制度の裏づけがあります。日本吃音・流暢性障害学会は、発達性吃音が発達障害者支援法の対象に含まれること、2016年に施行された障害者差別解消法により学校や職場での差別的な言動や扱いが禁止されていることを説明したうえで、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮(負担が重すぎない範囲で、困りごとを取り除くために行われる調整)を求めることができるとしています。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があるとも書かれています。
2024年には改正障害者差別解消法が施行され、国公立の学校だけでなく私立の学校にも合理的配慮の提供が義務化されました。高校入試や大学入試の面接試験でも、事前に吃音があることを伝えておくと、過重な負担となる範囲を除いて、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった配慮を受けられるとされています。入学後の困りごとについても、双方の建設的な対話のうえで配慮が受けられる形になりました。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説も、就学・就労の支援として診断書によって差別解消法に基づく合理的配慮を求められること、発達性吃音であれば発達障害者支援法にもとづき精神障害者保健福祉手帳の取得が可能であることを述べています。
場面ごとの頼み方は、それぞれ別の記事にまとめました。学校生活全体の配慮と毎年の申し送りは吃音と学校の配慮、日直の号令だけを掘ったものは吃音と日直の号令、制度としての合理的配慮は吃音と合理的配慮、校則や決まりごとと重なる場面はブラック校則と吃音、家庭での関わり方は小学生の吃音への対応です。
先生と保護者が手に取れる資料と、相談先
先生の側が「何から読めばいいか」で止まることがあります。無料ではありませんが、支援する側に向けた資料はまとまった形で存在します。全国言友会連絡協議会は、ことばの教室など学校の先生や言語聴覚士など支援者を主な対象とした指導教材と、吃音についての啓発資料を制作していると案内しています。
日本吃音臨床研究会の書籍・教材の案内には、保護者・ことばの教室の先生・通常の学級の先生に向けて、どもる子どもが幸せに生きるための具体的な提案をまとめた小冊子が挙げられています。同じ案内には、幼児期・学齢期の吃音についてよく出される24の質問への回答集があり、親や教師がどもる子どもに、どもる子どもがクラスの子どもに、吃音について説明するときに役に立つと紹介されています。クラスへの説明を先生が引き受けるとき、ゼロから原稿を書く必要はありません。
相談先として名前が挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けのことばの教室と言語聴覚士です。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、幼児期には楽に話せる環境を整えながら経過を追い、話すときに苦しそうな様子や努力する様子があるとき、あるいは就学1年前ごろになっても改善する傾向がない場合に言語の治療を開始するとしています。学齢期については、言語の訓練だけでは長期的な有効率が低く、心理面・社会面の支えも必要だと述べています。
次のようなときは、学校の中だけで抱えずに相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 本人が話すことを避け始めている(当てられそうな場面で下を向く、係や役を断る)
- 真似やからかいが起きている、あるいは本人がそれを気にしている
- 話し方のことで登校をしぶる日が出てきた
この3つは相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。学校の中の相談先としては、ことばの教室(通級指導教室)があります。指導の中身と通い方はことばの教室の吃音指導、制度としての通い方は吃音と通級にまとめています。学校の外の民間の相談室を検討する場合の確かめ方はつばさ吃音相談室の記事で扱いました。
なお、育て方が原因だという説明を受けることがあれば、それは現在では否定されています。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、発症する要因の7割以上が遺伝性であり、育て方が原因という「診断原因説」は否定されていると明記しています。保護者にも先生にも、責任を負わせる話ではありません。
伝えるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「学校では出ていないので大丈夫」で話を終える
吃音は話す場面でしか症状が出ないため、困りごとが小さく見積もられやすいと公的な資料は指摘しています。相談を受けた側が「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と返すことは、保護者にとってプラスに働くことは少ないとも書かれています。善意の一言が、次の相談を止めてしまうことがあります。学校で見えないことは、本人が困っていないことの証明にはなりません。
落とし穴2 − 一度伝えたら終わりにする
学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがそのたびに立ち上がります。だからこそ、本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことを、担任・保護者・支援者に向けて資料は勧めています。1年目にうまくいったことが、2年目にそのまま引き継がれるとは限りません。
落とし穴3 − 症状の軽さで困りごとの大きさを測る
教室での立場を測った研究は、行動の枠や立場の割り振りが吃音の程度では決まっていなかったと報告しています。いじめられている子に挙げられた中にも、拒否のグループに入った子の中にも、話しにくさが重い子と軽い子の両方が含まれていました。聞いたときの印象と、その子が教室で置かれている位置は、別のものさしです。
日々の様子(どの場面で出やすいか、どのくらい続いているか、そのあとどうだったか)を短く書き留めておくと、先生との面談でも、専門の相談先でも、話の出発点が具体的になります。相談できる先があるなら、言語聴覚士やことばの教室がまず確実です。
よくある質問
先生には、いつ伝えればいいですか?
時期を定めた資料はありませんが、学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがそのたびに生じるため、早期発見とその対応法をオープンに話すことが予防につながるとされています。入学・進級のタイミングと、その後も年に一度は確認する形が、この考え方には沿っています。困る場面として日直の号令・音読・発表・かけ算の九九・学習発表会・卒業式が挙げられているので、そこに差しかかる前が目安になります。
先生に伝えるとき、何と言えばいいですか?
伝え方そのものを日本語で定めた資料はありませんが、吃音のある人が自分から吃音を伝えること(自己開示)を調べた系統的レビューでは、謝る形の伝え方や伝えない場合よりも、謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められていました(13件中12件)。同じレビューは、18件中15件で自己開示が全体として好意的な影響を持っていたとも報告しています。「ご迷惑をおかけしますが」と前置きするより、症状と、してほしいことを事実として置くほうが、受け取る側にも扱いやすい情報になります。
先生にお願いできる配慮には、どんなものがありますか?
日本吃音・流暢性障害学会は、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮を求めることができるとしています。その際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出が求められる場合があるとも書かれています。2024年の改正障害者差別解消法により、国公立だけでなく私立の学校にも合理的配慮の提供が義務化され、入学後の困りごとについても双方の建設的な対話のうえで配慮が受けられる形になりました。
子どもが「先生に言わないで」と言います。どうすればいいですか?
この問いに直接答えた研究は見当たりません。自己開示の系統的レビューは、全体としては好意的な影響が優勢だとしたうえで、伝える場面・年齢・吃音の頻度や重さ・聞き手が吃音のある人と知り合いかどうかについては調べた研究が少ないと明記しています。教室で同級生に吃音を説明する取り組み自体は臨床の方略として記述がありますが、9歳男児1例の報告とともに示されたものです。伝えるかどうかを一度で決めきらず、本人の受け止めを確かめながら進めるのが現実的です。
クラスで理解が進んでいれば、吃音のある子は大丈夫ですか?
そう言い切れる根拠はありません。英国の通常学級で吃音のある小中学生16人と同級生403人を調べた研究は、障害のある子を通常学級で一緒に学ばせる方針が広がり、いじめ防止の取り組みが導入されても、吃音のある子の教室での立場はほとんど変わっていないと結論づけています。国内でも、学齢期には約半数がいじめやからかいを経験するとして対策の重要性が述べられています。理解が進んだ前提で様子を見るより、本人に直接確かめるほうが確実です。
まとめ
- 伝える言葉の形が、返ってくる言葉の形を決める。自己開示を調べた系統的レビューは、謝る形より謝らない形のほうが好意的に受け止められていたと報告している(13件中12件)。
- 「学校では出ていません」は正確な観察であることが多い。吃音は話す場面でしか出ないため困りごとが小さく見積もられやすく、「気にならないですね」と返すことは保護者にとってプラスに働くことは少ないとされている。
- 気づきが保護者の手前で止まると、教室の見方は変わらない。担任・保護者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」と直接聞くことが、話をオープンにするきっかけになる。
- 統合の方針やいじめ対策が進んでも、吃音のある子の教室での立場はほとんど変わっていなかった。立場の割り振りは吃音の程度では決まっていない。学齢期には約半数がいじめやからかいを経験すると報告されている。
- 頼める配慮には制度の裏づけがある。発表や電話応対の免除、試験での面接時間の延長などを求めることができ、2024年の改正で私立の学校にも合理的配慮の提供が義務化された。支援者向けの指導教材や、クラスへの説明に使える一問一答も公開されている。