まず結論から
- 2歳の吃音に、たった一つの原因はまだ特定されていません。その子が持っている素因(体質)と、環境の側の要因とが、一定の条件のもとで重なったときに生じるのだろう、と考えられています。
- 「弟が生まれた」「入園した」「あの日叱った」といった直前の出来事を、始まりの原因として名指しできる段階にはありません。吃音を研究している人たちのあいだでは、ひとつの要因だけでは説明できないという点でおおむね一致しています。
- 育て方が悪かった(愛情不足)とする説を、日本吃音・流暢性障害学会は「最も問題のある間違った原因論」として名指しで挙げています。
- いっぽうで、その場の気持ちの動きは、すでに出ている吃音の「回数」には関わっていました。就学前の子どもを対象にした実験で、最初に聞いた会話が感情を伴うものだったとき、そのあとの3回の語りすべてで吃音のある子の吃音の回数が多くなっていました(直前に聞いた会話の種類そのものの効果は認められませんでした)。これは「始まりの原因」ではなく「その日の出方」の話です。
- 吃音は、外からタイミングが与えられる場面——伴奏に合わせて歌う、二人で同じ言葉を言う——では消えてしまいます。そのため「発話のタイミングの障害」と言われています。
ただし、これは「なぜ、この子に、この時期に始まったのか」を言い当てられるという意味ではありません。話す運動・ことば・気持ちを支える脳のはたらきが急速に育っていく就学前の時期に、それらが単純な足し算ではない形で影響し合って起きる——という枠組みのもとで、研究がいまも続いている段階です。
「弟が生まれたから?」——思い当たる出来事に、手当てをした日々
原因を探すという作業は、頭の中だけで終わりません。多くの家庭では、思い当たった出来事に対して、そのまま行動で手当てを始めます。まず、そのようすを見てください。
小学2年生の男の子の父(愛知県。息子は2歳半で弟が生まれたあとに発症/自助団体の会報に寄せられた保護者5名の手記のうちの1本)
2歳半で弟が生まれて少ししてから、言葉がつまるようになった。親ばかとしては一大事である。愛情が足りないのかなと、家族の旅行を増やしたり、弟を両親に預けて付きっ切りで遊んでみたり、夫婦の活動は息子中心であった。強くなるために空手を習わせたらどうかなども。
下の子が生まれた時期と重なった——その一点から、この家庭の数年間が始まっています。旅行を増やす。弟を祖父母に預けて上の子と二人で過ごす。夫婦の予定を息子中心に組み替える。手記はこのあと、症状が良くなったり強くなったりを波のように行き来したこと、息子が声を出さずに話すような工夫を自然にし始めたこと、小学校の入学を「タイムリミット」として迎えたことへと続きます。思い当たる出来事があるからこそ、親は動けてしまう——動き出す前に置かれているのは、原因についての見立てです。そして「下の子が生まれて愛情不足が原因」「習い事のストレスが悪い」といった、環境の出来事を原因とする説は、実際に語られてきた歴史を持っています。
出典: 第18回吃音親子サマーキャンプに参加しての感想(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0212)
では、その見立てはどこまで確かなのでしょうか。吃音ポータルサイトは、保護者に向けてはっきりと否定しています——お子さんの吃音が、保護者の関わり方のまずさから生じることは決してありません。そのうえで、吃音の原因は完全には突き止められていないと断りながら、おそらくは、お子さんがもともと備えている素因の側の要因と、環境の側の要因とが、一定の条件のもとで重なったときに生じるのではないか、という捉え方を示しています。
研究の側の言い方も、これと重なります。吃音の発達を説明する代表的な枠組みのひとつに「多因子動的経路理論」があります。むずかしい名前ですが、言っていることは「話す運動・ことば・気持ちという複数の要因が、単純な足し算ではない形で影響し合っている」という一点です。この論文は、現在の研究者の多くが「吃音はひとつの要因では説明できない」という点で一致しているとも述べています。だから、犯人を一人に絞ろうとするほど、答えから遠ざかります。
ついでに、時期についても押さえておきます。吃音は思春期より前、多くは2歳から5歳のあいだに始まります。日本吃音・流暢性障害学会の解説でも、2〜4歳をピークとしてほとんどが幼児期に発症するとされています。2歳で出るのは、めずらしいことではありません。
「緊張やストレスのせい」と言われたとき
原因の見立ては、家庭の外からも入ってきます。園の先生から言われることもあれば、健診の場で言われることもある。そのとき、いちばん近くで我が子を見ている人が、違和感を持つことがあります。
年少の男の子の母(息子は記事の時点で4歳になったばかり/個人ブログ)
担任の先生は、「子どもがみんなの前に出て話すときに緊張やストレスから、どもりが起きる」と思っているようでした。
でも、私は家の中でリラックスしている時や、すごく言いたいことがあるときにも、どもっているのを知っていたので、それはちょっと違うんじゃないかなと思っていました。
「どもり=緊張しているとなるもの」という先入観があるから、そういう風に見えるのかな。
幼稚園の担任からの一言で、それまで気にしていなかった話し方が急に「見えて」しまった日のことを、この母親は書いています。指摘された当日、帰宅してから寝るまでのあいだも、話す言葉のすべてが文の頭で詰まっているように感じられたと。そのうえで、先生の見立てには乗りませんでした。理由は単純で、家でくつろいでいるときにも出ているのを、自分が見ていたからです。この観察は、専門家の説明とも食い違っていません。
出典: 3歳〜4歳 子供のひどいどもり(吃音)は治るのか?対応は?(うちの子、天才かもしれん。)(台帳: V0059)
専門医が国のポータルに書いている説明は、この母親の観察をそのまま裏づけます。伴奏に合わせて歌ったり、二人で同じ言葉を同時に言ったりすると——つまり外からタイミングが与えられると——吃音は消えて、なめらかに話せます。ここから、吃音は発話のタイミングの障害と言われています。そして同じ説明は、こうも続きます。子どもが気をつけて話すときには吃音があまり出ず、家庭などで話したいことが思い浮かんだまま、タイミングを合わせずに話すときに出やすくなると想像することが大切だ、と。
つまり、「緊張する場面だから出る」という一本の線では説明がつきません。場面によって出方が変わること自体は、何十年も一貫して報告されてきた吃音の性質です。吃音の場面差を整理した2026年の論文によれば、確実に軽くなる場面(誰もいないところでの独り言、歌、二人以上で声をそろえて読むこと、強く没頭しているとき)と、確実に重くなる場面(聞き手がいる前、目上の人に話すとき、大事な内容を伝えるとき、自己紹介や自分の名前を言うとき)があり、この向きの変化は多くの当事者に共通しているとされます。ただし変化の大きさには個人差があります。また、同じ場面が人によって逆向きに働くこともあるとされますが、これはいま挙げた確実に軽く/重くなる場面をのぞいた、旅行や友だちとの遊びのような場面についての話です。
並んでいる場面の多くは、もっと大きな子どもや大人のものです。2歳の子が自己紹介をすることはありません。それでも2歳の家庭に関係があるのは、出方が場面で変わるという性質そのもののほうです。「今日は多かった」「昨日は少なかった」という毎日の観察は、その子の状態だけでなく、その日どんな場面で話したかも一緒に映している——そう考えておくと、次の節の話が読みやすくなります。
増えたり減ったりを、自分の接し方に結びつけてしまう
始まりの原因が分からないまま日々が続くと、何が起きるか。多くの保護者が、毎日の増減を採点表のように読み始めます。今日は少なかった、昨日は多かった、私は何をした——という具合に。
中学2年生の娘の母・栃木県宇都宮市(娘は幼稚園入園まもなく吃音が始まった/自助団体の機関誌に載った実名の手記)
症状が軽いときは、私の接し方が、うまくいったと判断し、症状が強く出ているときは、娘にストレスや疲れを与えてしまった、私の注意が足りなかった、接し方が下手であったと、判断するようになっていました。もしかしたら、吃音が消えるかもしれないと考えていたから、自分を追いつめ、苦しい状況に陥ってしまっていたのかもしれません。
この母親は、娘の症状の日記をつけていました。手記には、日記をつけたことで吃音には波があると分かり、娘の吃音の特徴も理解できた、と書かれています。記録そのものは役に立っていた。それでも当時は、娘の症状が頭から離れることがなかったとも振り返っています。波を読み取れるようになったことと、その波の原因を自分に帰してしまうことは、同時に起きていたのです。この家庭は、幼稚園の卒園にともなって幼児ことばの教室を終え、小学校に入ってからは別のことばの教室に通うことになります。日々の増減が何に左右されるのかは、学会の解説にも、実験を組んだ研究にも書かれています。
出典: レジリエンスを育てる〜親の体験・親の気持ち〜(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0159)
まず、波そのものについて。学会の解説は、幼児期はことばの発達も話す運動も未熟で、疲労や環境の変化に敏感な子どももいるため、少しのことに影響されて症状が良くなったり悪くなったりすることがあると述べています。この変動は「波」と呼ばれ、まったく症状が出なくなる時期もあるかもしれない、とも書かれています。つまり、増えたり減ったりすること自体が、この時期の吃音のふつうの姿です。
では、気持ちの動きはまったく無関係なのでしょうか。ここは、実験で測られています。就学前の吃音のある子とない子に、中立・うれしい・怒りという3種類の会話を聞かせ、そのあとにお話をしてもらって吃音の回数を数えた研究です。結果はこうでした。直前に聞いた会話の種類そのものには、その後の吃音への効果は認められませんでした。ただし、最初に聞いた会話が感情を伴うものだった場合、吃音のある子は3回の語りすべてで吃音が多くなり(回数の推定平均で16.6回、中立だった場合は11.6回)、吃音のない子は逆に少なくなりました(同0.9回、中立では6.1回)。なお原典は、吃音のない子の回数は臨床的な水準には達しておらず、この操作でその子たちが吃音になったわけではないと断っています。著者らは、先立つ感情の影響はかなり長く尾を引きうると述べる一方で、聞かせた会話は期待したほどはっきりした効果を生まなかったとして、別のやり方で感情を引き起こした場合の再現が必要だとも書いています。
読み方を間違えないでください。これはすでに吃音のある子の「回数」の話であって、吃音が始まる原因の話ではありません。同じ研究は、その子が持っている感情の反応しやすさや切り替えのしかた、ことばの得意・不得意のばらつきといった素因と、その場の感情という負荷の、両方が関わっているという枠組みを支持するものだと結論しています。素因のほうは、その日その日の親の接し方で作られたものではありません。
「あなたの育て方のせいだ」と、周りから言われたとき
自分ひとりで抱えているうちは、まだ引き返せます。つらいのは、同じ見立てを周りの人から口に出して言われるときです。これは想像上の困りごとではありません。吃音ポータルサイトも、他の家族や親戚、近所の人から「お子さんの吃音の原因は保護者の育て方がまずいからだ」と指摘されて傷ついている保護者がいる、と書いています。
話し合いに参加した保護者(匿名。島根スタタリングフォーラムの親の話し合いの記録で、複数の保護者が順に発言している中の1人)
どもるのは、母親のせいだと言われ、姑からは「私は息子(夫)が小さいとき、吃音を治した」と言われました。フォーラムに参加してから、親のせいではないと伝えることができました。母親が怒るからではないかとも言われたけれど、この会に出てからは、そう言われても、大丈夫。平気で言い返したり、説明できるようになりました。
2日間で6時間におよんだという保護者どうしの話し合いの記録から、ひとりぶんの発言です。同じ場では、空手の先生から「両親が厳しいから、そうなったんではないですか?」と言われた別の保護者が、その場で違うと言い切れたことも語られています。共通しているのは、言い返せるようになった理由が「気持ちの強さ」ではなく「知ったこと」だったという点です。何を知ったのか——それは、原因についていま何が確かめられているか、でした。
出典: 第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 3(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0115)
そのまま使える言い方を、公的な資料から拾っておきます。日本吃音・流暢性障害学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説を、間違った原因論のうち最も問題のあるものとして名指しで挙げ、そのために母親が周囲から非難されたという体験談を聞く、と書いています。そして2000年ごろ以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究によって、環境的な要因よりも、生まれ持った体質的な要因が吃音の原因の多くを占めることが分かったとしています。話し方を真似すると吃音になる(うつる)という俗説も、同じ節に「俗説」として並べられています。
国のポータルの解説も、原因論の歴史をこう整理しています。「利き手を矯正したことが悪い」「吃音を親が意識させたことが悪い」「下の子が生まれて愛情不足が原因」「習い事のストレスが悪い」——環境、とりわけ養育者を原因とする説が語られてきた背景がある、と。そのうえで、祖父母から母親の育児態度が責められていることもあるため、祖父母も交えた情報共有が必要だと、支援者に向けて書いています。言い換えれば、この説明はあなたひとりが受け取ればよいものではなく、同席する人にも届けてよいということです。
研究の側からも、ひとつ付け加えておきます。性格の特徴や親子のかかわり方を調べても、吃音と一貫して結びつく心理的なパターンは見つかっていません。「子どものふつうの言いよどみに対する、周りの大人(多くは親)のまずい反応が吃音を学習させる」とする説も、吃音の中心にある症状を説明できませんでした。
そして、こう言われるのはあなただけではありません。国立障害者リハビリテーションセンターの記事は、社会には偏見や無理解があり、「親の育て方が悪いから吃音になる」という間違った考えを今でも信じている人が多いため、親子ともストレスが大きくなりがちだと書いています。個々の家庭の運の悪さではなく、まだ残っている社会の側の問題として書かれている、ということです。
原因の話が変われば、接し方の勧めも変わる
原因論が入れ替わったことは、家庭で勧められる接し方にも直結しています。学会の解説は、「吃音は意識させない方がよい」として気がつかないふりをしたり、子どもが話しにくさを相談してきても取り合わなかったりして、吃音のある子を孤立させるのではなく、「吃音とうまく付き合っていく」方法を支援者と一緒に考えることが大切だ、という考え方に変わってきたとしています。この転換は、親が吃音だと思って対応することが原因だとする説(吃音診断起因説)が退けられたことと一続きになっています。
2歳の段階では、本人がまだ自分の話し方を気にしていないことも多い時期です。自分と他の子の話し方の違いに気づき始めるのは4歳ごろ(早い子で2、3歳)とされています。ですから今できるのは、気づいたときに話せる相手でいる準備のほうです。あわせて、その日その場の場面によって出方が変わることを頭に置いておくと、増減を自分の採点表にしないですみます。
どこに相談する? — 受診科・相談先
幼児の吃音の相談が寄せられる先は、実際にはかなり広く分かれています。国立障害者リハビリテーションセンターの記事は、保健センター、幼稚園・保育園・認定こども園、小児科、耳鼻咽喉科、ことばの教室など多岐にわたると挙げたうえで、そのほとんどの施設に言語聴覚士がいないという実情も同時に書いています。だからこそ、一般の相談・診療機関が詳しい説明と経過観察を担い、必要を見極めて専門の施設へつなぐという連携が要る、というのが同記事の主張です。
- 市区町村の保健センター
- 通っている幼稚園・保育園・認定こども園
- 小児科・耳鼻咽喉科
- 地域の「ことばの教室」
- 子どもを診ている言語聴覚士。学会の解説も、小児を扱う言語聴覚士か、ことばの教室の教員に相談をと勧めています
相談のときは、いつ始まったか・どんな場面で出やすいか・家族に同じ話し方の人がいるか・これまでの経過を伝えられると、見立てがスムーズです。原因についてどう説明されるかも、あわせて聞いておくとよいでしょう。
動くタイミングについては、日本の幼児吃音臨床ガイドラインの方針が公表されています。できるだけ自然に治るのを待つ方針をとり、そのあいだは吃音を専門としない施設で経過を見てもらう。そのうえで、悪化した場合や、就学の1年前ごろまで待っても改善がない場合に、治療のできる施設へ紹介する——という戦略が推奨されています。ただし同じ記事は、これが吃音の治療ができる数少ない専門家を最大限に活かすための方針であること、治療開始が遅くなる欠点があること、そして先進国では幼児の吃音は早期治療が標準になっていることも、あわせて書いています。つまり2歳の段階で相談することは、すぐ治療を始めることを意味しません。日本のガイドラインの下では、まず経過を見てもらえる場所を確保しておくという意味あいのほうが近くなります。
見通しについても触れておきます。吃音ポータルサイトは、幼児期の吃音についていえば、少なくとも半数の子が、特段の指導や支援を受けなくても、小学校へ上がるころには吃音の困りごとが見当たらなくなるとしています。就学後も残る子についても、ことばの教室や、言語聴覚士の行き届いた指導・支援を受けられれば、多くの場合は日常生活で大きく困らずに暮らせるようになる、とも書かれています。
原因さがしで陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 直前の出来事を「犯人」に決めてしまう
下の子の誕生、入園、引っ越し、叱った日。時期が重なると、どうしてもそこに原因を置きたくなります。けれども原因は複数の要因の重なりで、単独犯はいません。犯人を決めると、その出来事を「なかったこと」にする方向へ生活が動き出してしまいます。
落とし穴2 − 日々の増減を、自分の接し方の採点にしてしまう
幼児期の吃音には波があり、疲労や環境の変化などの少しのことで良くなったり悪くなったりします。増減は、その日の場面や気持ちの動きに左右される「出方」の側の話で、始まりの原因の話ではありません。採点表にすると、自分を追いつめる材料が毎日供給されることになります。
落とし穴3 − 断片的な情報を、一人で抱え込む
ネット上には古い原因論と新しい情報が混在していて、そのなかには学会が名指しで退けたものも残っています。標準的な見解を軸に、公的な資料や専門家にあたるのが近道です。そして、その説明はあなたひとりが読むものではありません。祖父母を交えた情報共有が必要だと、専門医も書いています。
まずは日々の様子(いつ・どんな場面で・どのくらい出るか)を短く記録することから小さく始めるのが現実的です。相談のときに家庭での様子を伝える助けにもなります。言語聴覚士など専門機関に相談できる場合は、そちらが確実です。アプリ「toVoice」は、こうした毎日の記録と経過の見える化・継続を支えるための道具で、治療をうたうものではありません。
よくある質問
2歳の吃音の原因は何ですか?
たった一つの原因は特定されていません。お子さんが持っている素因(体質)と環境の側の要因とが、一定の条件のもとで重なったときに生じると考えられています。研究の側でも、話す運動・ことば・気持ちという複数の要因が単純な足し算ではない形で影響し合うという枠組みが提唱されており、ひとつの要因では説明できないという点で見方はおおむね一致しています。
下の子が生まれたことや入園のストレスが原因になりますか?
それらを始まりの原因として名指しできる段階にはありません。「下の子が生まれて愛情不足が原因」「習い事のストレスが悪い」といった説は、環境とりわけ養育者を原因としてきた歴史のなかで語られてきたものだと整理されています。ただし、その場の気持ちの動きが、すでに出ている吃音の回数に関わることは実験で示されています。始まりの原因と、その日の出方は別の問いです。
2歳で吃音になったのは、私の育て方のせいですか?
いいえ。お子さんの吃音が、保護者の関わり方のまずさから生じることは決してない、と公的な資料がはっきり否定しています。日本吃音・流暢性障害学会は、育て方が悪かった(愛情不足)とする説を、間違った原因論のうち最も問題のあるものとして名指しで挙げています。性格の特徴や親子のかかわり方を調べても、吃音と一貫して結びつく心理的なパターンは見つかっていません。
吃音は真似をするとうつりますか?
うつりません。話し方を真似すると吃音になる(伝染する)というのは俗説として整理されており、そのために吃音のある子とは遊んではいけないという差別があったことも、学会の解説に記されています。2000年ごろ以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究によって、環境的な要因よりも生まれ持った体質的な要因が原因の多くを占めることが分かっています。
姑や周りの人から「育て方のせい」と言われたときは、どう伝えればいいですか?
説明はあなたひとりが読むものではありません。祖父母から母親の育児態度が責められていることもあるため、祖父母も交えた情報共有が必要だと、専門医が支援者に向けて書いています。伝える中身としては、育て方を原因とする説が間違った原因論として名指しで退けられていること、体質的な要因が原因の多くを占めると分かってきたことが挙げられます。
まとめ
- 2歳の吃音に単一の原因はまだ特定されていません。素因(体質)と環境の側の要因とが、一定の条件のもとで重なったときに生じると考えられています。研究者の見方も、ひとつの要因では説明できないという点でおおむね一致しています。
- 「弟が生まれた」「入園した」「叱った」といった直前の出来事は、始まりの原因として名指しできません。育て方を原因とする説は、学会が間違った原因論のうち最も問題のあるものとして挙げています。
- いっぽうで、その日その場の場面や気持ちの動きは、すでに出ている吃音の出方には関わっています。だから日々の増減を、自分の接し方の採点表にしないでください。
- 吃音は外からタイミングが与えられる場面では消えることから、発話のタイミングの障害と言われています。場面で出方が変わるのは、この障害のよく知られた性質です。
- 相談先は保健センター・園・小児科・耳鼻咽喉科・ことばの教室と広い一方、言語聴覚士がいる施設は限られます。小児を扱う言語聴覚士か、ことばの教室の教員への相談が勧められています。
