まず結論から
- この人物の名前は、利き手と吃音の関係を調べた2023年の論文の導入部に出てきます。生まれつき左利きで、右手で書くことを強いられ、手を替えさせられたのと同じ頃に吃り始めたとされる例として紹介されています。
- 英国の吃音支援団体が公開している人物一覧にも、歴史上の人物として名前があります。同じ一覧は、裏づけとなる資料が見つからない人物には名前の横に疑問符を付けています。
- 「左利きを右手に直したから吃音になった」という説は1930年代の原因論で、吃音のある人とない人を集めて利き手を比べる研究によって否定されました。利き手の分け方を変えて計算し直すと結論が変わることも、2023年の論文が示しています。
- 誰かと声をそろえて読む、歌う、メトロノームに合わせる——こうした条件でその場だけ吃音が減ることは古くから知られており、外からの合図が「外部のペースメーカー」として働くという説明がされています。
- 当事者団体は、メディアに対して「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈で吃音を扱わないでほしいと明示的に求めています。
ただし、ここに書けるのは資料に残っている範囲だけです。実在の人物について、どんな症状がどの程度あったのか、どういう経過をたどったのかを、この記事が判定することはできません。作品の中の描写も、そのまま記録として扱うことはできません。
この人物について、資料に書かれていること
まず、呼び名から整理しておきます。この人は即位する前はヨーク公と呼ばれていて、のちに国王ジョージ6世(1895〜1952)になった人物です。名前の形がいくつもあるのは、同じ一人を人生の違う時点で呼んでいるからです。
手元の資料のうち、この人物に直接触れているものは2つあります。
1つは、利き手と吃音の関係を調べた2023年の論文です。この論文は導入部で、左利きであること自体が吃音の原因なのではなく、左利きの人に右手で書くことを強いることが、すでにある脳の左右の役割分担を混乱させて吃音を招くのだ、という提唱が過去にあったことを紹介しています。そして、その仮説のよく知られた例として、生まれつき左利きで右手で書くことを強いられ、手を替えさせられたのと同じ頃に吃り始めたとされる英国王ジョージ6世の名前を挙げています。つまりこの人物は、原因の説明のための実例として文献に残っている、ということです。
もう1つは、英国の吃音支援団体が公開している人物の一覧です。歴史上の人物の区分に、ローマ皇帝クラウディウス、古代ギリシャの弁論家デモステネス、進化論のチャールズ・ダーウィンらと並んで名前があり、2010年の映画がこの人と言語療法士とのやりとりを描いた作品であることが添えられています。
この一覧の作り方には、読むうえで大事な但し書きがあります。吃音があるとネット上で言われていても裏づけとなる資料が見つからない人物には、名前の横に疑問符が付けられているのです。つまり、同じ一覧の中でも、確かめられた名前と、そうでない名前が分けて示されています。
「左利きを直したから」という説は、どこから来て、どう否定されたのか
「原因は左利きの矯正だった」という説明は、この人物の話とセットでよく語られます。これには、はっきりした出どころがあります。
九州大学病院の医師が保護者からの質問に答える形で書いた解説によれば、これは1930年代の吃音の原因論です。できた経緯としては、1920年代に「吃音のある子には左利きの子や両手利きの子が多いのではないか」という話があったこと、そして左利きを右利きに矯正された子を左利きに戻したら吃音が治った、という事例があったことが関係しています。ただし、もともと右利きだった子でも吃音が始まることがあり、右利きに矯正された子を左利きに戻しても吃音が変わらないこともありました。
では、どうやって否定されたのか。同じ解説はその手続きまで書いています。ジョンソンらが、吃音のある人46名と吃音のない人46名を集めて利き手を比べ、左利き・両手利き・右利きに矯正された人のどれをとっても吃音のある人に特別多いわけではなかった、という結果を示したことで、この説は否定されました。一人や二人の特徴ではなく、大勢を集めて共通点を取り出す——それが「科学的に否定する」ということだ、という説明の仕方がされています。
2023年の論文は、同じテーマの研究をいくつも集めて統計的にまとめ直す方法で、この問いをもう一度調べています。集められたのは1937年から2022年までに発表された52の研究、のべ約2万人分のデータです。結果は、利き手の分け方を変えると結論が変わるというものでした。右か左かの二択で分類すると、吃音のある人に左利きが多いという結果になります。ところが、右・混合・左の三分類にして厳格に左利きとされた人だけを数えると、多いという証拠は得られません。どちらの手も使う混合利きでも、差の証拠は得られていません。最も多くの研究を集めた計算では差がある方向に出ましたが、影響の大きい研究を外して計算し直し、ばらつきの幅まで含めて見るとその結論は支持されない、と著者自身が書いています。
利き手矯正をめぐる話の詳しい経緯と、日本で実際に利き手を直された当事者の記録は、利き手矯正で吃音になる?|俗説の否定・波との混同・親の接し方にまとめています。
名前を知ったところから、自分のことに行き着く人がいる
この人物について調べている人の中には、吃音のある人自身が混ざっています。しかも、自分がそうだと知らないまま来る人がいます。
当事者本人の声(バンドの作詞とギターを担当・NPO法人日本吃音協会が運営するメディアの体験談)
それはキツオンというものが完全に私が長年抱いていた恐怖の正体そのものだったからだ。全ての症状が思い当たり、当事者全ての経験談に共感できる。そうか、私は「吃音」だったのか。自分が吃音者だと理解してからは少しだけ生きやすくなったものの、問題が解決したわけではなかった。バンドの作詞担当であり、ライブのMC担当である私は言葉を扱う仕事をしながら思うように言葉を発音できない吃音者である。そんな皮肉な事実に直面しただけに過ぎない。
就職活動の模擬面接で自分の名字が言えなかった、という経験から書き起こされた手記です。本人はそのとき「吃音」という言葉自体を知りませんでした。転機は、テレビから流れてきた映画のCMでした。特に映画好きでもない書き手にとってそれは音楽同然のCMだったのに、「英国史上、もっとも内気な王」という広告の文句が耳に入り、画面に目を向けた。そこで聞こえた三文字を打ち込み、最初に出てきたページを開いた——そこから上の場面につながります。名前を知ることは、入口であって答えではありませんでした。
出典: LEGO BIG MORLタナカヒロキが語る「なぜ吃音であるのに自分は今こうなっているのか」(HAPPY FOX)(台帳: V0251)
こういうことが起きるのは、吃音がそれほど珍しいものではないからです。2004年の総説は、吃音を非常にありふれた状態だとしたうえで、人口のおよそ1%にあたる、米国で推定300万人、世界で推定5,500万人が吃音のある人だと書いています。社会階層による偏りは見られない、ともあります。
呼び名のほうも動いています。米国の診断の手引きの最新版では、吃音(stuttering)は正式な診断名ではなくなり、小児期発症流暢症という名前に変わりました。名前を知らないまま長く過ごす人がいることと、名前そのものが変わっていくことは、別々の話ではありますが、どちらも「調べにくさ」の一部になっています。
作品を見ることが当事者にとって何になりうるのかは、研究の側からも試されています。吃音のある成人4人に、映画を用いた4週間の取り組み(シネマセラピー)を行った探索的な研究では、終わったあとの面接から5つのまとまり——弱さを見せられるようになったこと、力づけられたこと、自分を振り返るきっかけになったこと、所属している感覚が生まれたこと、自分に向けたスティグマ(引け目)が弱まったこと——が取り出されています。ただしこれは4人・比較対象なしの予備的な研究で、原典自身が「より大きな臨床試験のための予備的な支持」と書いています。効果が確かめられた、とは言えません。
作品の場面は、実際の吃音とどこまで重なるのか
「実話なのか」という問いは、たいてい「作られた話ではないか」という疑いとセットで来ます。人物の生涯の事実関係は資料の話ですが、描かれている症状が実際と合っているかは、吃音のある人自身が答えられる部分です。
当事者本人の声(ハンドル 353さん/個人ブログ「353log」・この映画の感想記事)
博覧会の閉会式でスピーチをしようとするも、第一声がなかなか発されず戸惑う観客。「掴み」とも言える冒頭の場面ですが、これはもうまさに代表的な症状です。わたしもこの症状がいちばん辛かったです。
あのシーン同様、沢山の人が自分に注視している。その状態で第一声を発する。…むり。出ない。わたしも結構経験のあるシチュエーションですが、悪夢です。無駄に咳払いをしてみたり、脳内でカウントを取ってみたり、身振りを付けてみたり、事前に小さく唸ってみたり、永遠に感じる「無音」時間のなかで必死にいろいろ試みて、どうにか一発目をひねり出せたとしても、音量の調整が効かなかったり、せっかく出たのに続かなかったり、まさに劇中のとおりです。
2018年の元日から「観た映画は必ず感想を書く」を続けているブログの書き手が、長らく手を出せずにいた1本を観たあとに書いた文章です。観られなかった理由を、本人は冒頭ではっきり書いています——吃音のある人間として、症状を再現した場面を見たら引きずられるのではないかと怖かった、と。その人が、実際に観たうえで「まさに劇中のとおり」と書いている。研究の側の記述と照らすと、ここで挙げられている一つ一つが名前のついた現象であることが分かります。
出典: 吃音症経験者から見た、映画「英国王のスピーチ」(353log)(台帳: V0256)
2024年の総説は、吃音を次のように定義しています。話し手は言いたいことを正確に分かっていて、発声器官も動かせるのに、制御が断続的に失われ、構音の動きが凍りついてしまう——そういう状態だ、と。表に出る主な症状として、言葉が出ないまま固まるブロック(難発)、音や音節の繰り返し(連発)、引き伸ばし(伸発)の3つが挙げられ、あわせて瞬きやしかめ顔といった話すときに出てしまう動き(随伴行動)にも触れています。面接や打ち合わせのような場面で悪化することも、同じ総説が書いています。
2004年の総説も、吃音を「自分の意志と関係なく起きる、音や音節の繰り返しや引き伸ばし」と定義し、声に出る形でも、声が出ないままの形でも起きるとしています。日本語で「難発」と呼ばれる、声が出ないまま止まる形はこの後者にあたります。自分では止めにくく、体の他の動きや、恐れ・恥ずかしさ・いらだちといった感情を伴うこともある、とも書かれています。同じ総説は、厳密に言えば吃音は病気そのものではなく症状である、とも整理しています。
この作品を題材にした日本語の文献もあります。東北大学大学院医学系研究科の生理学者が2022年に書いた解説で、史実にもとづく作品として、吃音があったとされる英国王と、その治療にあたったオーストラリア出身の言語療法士との交友を描いた2010年の映画を取り上げ、言語療法士の一見風変わりに見える治療や振る舞いの土台にある、発話と、障害としての吃音を、神経科学の視点から検討していると述べています。作品を入口に吃音を科学の側から論じた日本語の文献がある、ということです。作品全般における吃音の描かれ方については、映画のなかの吃音と漫画・アニメの吃音と実際でも扱っています。
「いつか必ず治る」と信じて過ごした時間
作品の中でこの人物は、いくつもの方法を試したうえで、変わった進め方をする言語療法士に出会います。ここで、当時の「治すための訓練」とはどういうものだったのか、そしてそれが今どう評価されているのかを見ておきます。日本にも、同じ時代の延長線上にある訓練の場がありました。
当事者本人の声(日本吃音臨床研究会の代表・自助団体サイトに公開されている手記)
私は小学2年生の秋から吃音に悩み、辛い学童期・思春期を生きた。その時、私を支えていたのは「いつか必ず治る」という思いだった。吃っている限り私の明るい未来はない。吃音が治ることだけを夢見た。吃っている間は「仮の人生」で吃音が治ってから私の人生が始まると思っていた。
21歳の夏休み、東京正生学院という吃音矯正所で、1か月は寮で生活し、一日中訓練に明け暮れた。その後3か月通院して、治す努力を続けた。
1965年の夏のことです。書き手はそこで4か月を過ごし、300人ほどの同じ状態にある人たちと訓練に取り組みました。同じ手記の後半で、そこに残ったのは「吃音が治らず、改善もされなかった」現実と、多くの吃る人に出会えたことだった、と書いています。「必ず治る」と教えられたために、治らなかったときに自分の努力不足を責める道へ落ちていった、という書き方もされています。この「治す努力」がいま何と対応するのかは、診療ガイドラインが年齢層ごとに整理しています。
出典: 吃音治療・吃音コントロールの難しさ(日本吃音臨床研究会「臨床の広場」)(台帳: V0293)
原因についての考え方は、何度も入れ替わってきました。2004年の総説によれば、古代ギリシャでは舌が乾くことが原因だとされ、19世紀には発声器官の形の異常が原因と考えられて、大がかりな外科手術による治療が行われました。傷や別の障害を残すこともあったと書かれています。舌に重りを付ける器具や、口に入れる装具も使われました。2020年の総説も、かつては喉頭や舌の形の異常が原因とされて手術や薬品の処置が行われたが症状は改善しなかった、と同じ流れをまとめています。
20世紀に入ると、今度は心の問題だという見方が主になりました。2004年の総説は、吃音が主に心因性の障害と考えられて精神分析的な方法や行動療法が用いられたこと、しかし性格の特徴や親子のやりとりを調べた研究では吃音と一貫して結びつく心理的なパターンは見つからなかったことを書いています。2020年の総説は、この精神分析的な説明が吃音への偏見を強めてしまったとはっきり書いています。現在は、発話の中枢の優位性が不完全なことによる神経の障害で、原因は多くの要因が関わるものと考えられています。
では、いま何に根拠があるのか。診療ガイドラインは、年齢層で分けて評価しています。就学前の子どもには、保護者が家庭で日常の会話に働きかける直接的な方法(リッカム・プログラム)に最も良い根拠があり、環境を整える間接的な方法にも強い根拠があるとされます。6歳から12歳については、どの治療についても確かな根拠が無い、と明記されています。青年・成人には、話し方を組み立て直す方法に良い根拠があり、効果の大きさも大きいとされています。小児と思春期を対象に、条件を決めて研究を集めてまとめて評価した2021年のレビューも、就学前の直接的な方法と間接的な方法はどちらも吃音を減らすのに有効だった一方、学齢期の子どもや思春期を対象とした質の高い根拠は無かったとしています。
逆に、勧められない側もはっきり書かれています。ガイドラインは、薬による治療は用いるべきでないとし(否定する側の根拠が強い)、リズムをつけた話し方や呼吸のコントロールを単独の、あるいは中心的な治療として用いること、催眠、はっきりした考え方のない訓練については、勧められない(ただし否定する側の根拠は弱い)としています。作品の中に出てくる練習を、そのまま「効く方法」として受け取らないほうがよい理由が、ここにあります。
なぜ、場面によって話しやすさが変わるのか
作品を見た人がいちばん不思議に思うのは、「さっきまで詰まっていた人が、ある条件では流れるように話せる」という場面だと思います。これは演出ではなく、古くから知られている現象です。
2014年のレビューは、一時的に流暢になる条件を並べています。誰かと声をそろえて読むこと(斉読)、メトロノームに合わせて話すこと、外国語のアクセントや役割演技・演技のように自動化されていない話し方、ホワイトノイズ、そして歌うこと。さらに、自分の声を少し遅らせて聞かせたり(遅延聴覚フィードバック)、高さを変えて聞かせたりする仕組みも、一時的な流暢さをもたらしうるとされています。
大事なのは、このレビューがそこから何を読み取っているかです。こうした条件で改善するということは、問題が声帯やのどの作りや末梢の神経にあるのではなく、話す動きを組み立てる段階で中枢神経系に及んでいることを示唆する、と解釈されています。2004年の総説も、聞こえ方を変えたり話すリズムをそろえたりすると吃音の頻度がすぐに、はっきり下がることを挙げ、そこから聞こえの処理やリズムを刻む働きへの疑いが生まれたと書いています。
仕組みの説明もあります。斉読・歌唱・メトロノームに合わせた音読に共通しているのは、外からの信号(一緒に読む人の声、歌の音楽、メトロノームの音)が伴うことです。これらは聴覚の経路から発話を作る系に入るので、つながりが断たれた場所を迂回して届き、ずれてしまった活動を同期し直せるのではないか——そう論じたうえで、外からの合図は「外部のペースメーカー」とみなせるとまとめられています。
ただし、その場で流暢になることと、続けて楽になることは別です。流暢性を促す治療のあとに脳の過活動が全体に減るという報告はありますが、治療後も活動は完全には正常化しないこと、活動のパターンから再発する人と流暢さを保てる人を見分けられるかどうかはまだ分かっていないことが、同じレビューに明記されています。
もう一つ、日によって違うということもあります。九州大学病院の医師は、とても吃音が多くなる日もあれば、もう治ったのではないかと錯覚するほど調子が良い日もあると書き、自身も40年ほど吃音とともにあるがいつ調子が良くなるのか悪くなるのかは分からない、としています。この「波」の部分は解明がほとんど進んでいない、とも書かれています。
「克服した」とは書かない、という求めと、相談できる場所
歴史上の人物の話は、たいてい「乗り越えた」で終わります。ただ、その締め方については、当事者団体からはっきりした要望が出ています。
英国の吃音支援団体は、メディアへの要望としてこう書いています。吃音のある声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえるようにしてほしい、ただし誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈でではなく、あらゆる内容を作っているアクセントと声の豊かな模様の一部として、と。あわせて、吃る・どもるという語を失敗や出来の悪さの代名詞として使うのをやめてほしいとも求めています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けたものだと、同じページに書かれています。
言葉の置き換えも具体的に示されています。吃音に「苦しんでいる」「冒されている」と言う代わりに「その人は吃る」と書くこと、誰かの吃音を「ひどい」「衰弱させる」と形容せず同じく「その人は吃る」と書くこと、吃音を「打ち負かす」「克服する」と言うのを避けること、物事が滞ったり失敗したりする様子を表すのに吃るという語を使わないこと。
人物の一覧を出している団体も、同じ方向の但し書きを置いています。裏づけの取れない名前に疑問符を付けているだけでなく、ある人物について「父親の扱いが原因で兄弟が吃音になった」という伝記の記述に触れたうえで、親が吃音の原因になることはないと明記して打ち消しています。100年前の誰かの逸話を読むときにも、この但し書きは効いてきます。
そして、いま話しにくさで困っているときの相談先ははっきりしています。日本吃音・流暢性障害学会の解説は、楽に話しやすくなるように周囲のコミュニケーション環境を整える方法や、直接発話に働きかける方法、吃音のことを理解する方法など、年齢や状態に合わせた指導を行うのは小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員だとして、そこへ相談するよう勧めています。次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 就学が近づいても話しにくさが続いている
- 体の緊張を伴う、言葉が出ずに間があく形が目立ってきた
- 本人が話しにくさを気にして、話すことを避け始めている
この3つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
同じ学会の解説は、吃音のある人が集まる自助団体についても触れています。同じ状態にあるのは自分だけではないと知り、共通の体験を語り合うことが活動の中心で、日本では1965年に発足した言友会がもっとも歴史が古いと紹介されています。手記の書き手が「治らなかった」現実とともに持ち帰ったのが「多くの吃る人に出会えたこと」だったのは、この話とつながっています。
この人物の話を読むときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 作品の中の練習を「効く方法」として真似する
作品には、いくつもの練習の場面が出てきます。ただ、診療ガイドラインは、リズムをつけた話し方や呼吸のコントロールを単独の、あるいは中心的な治療として用いることは勧められないとしています(否定する側の根拠は弱い、という但し書きつきです)。薬による治療については、用いるべきでないとされ、こちらは否定する側の根拠が強いとされています。作品の中の手続きは、その人物の物語の一部であって、いま試す方法の一覧ではありません。
落とし穴2 − 「原因は左利きの矯正だった」を事実として持ち帰る
この説は1930年代の原因論で、吃音のある人46名と吃音のない人46名を集めて利き手を比べる研究によって否定されました。2023年に研究をまとめ直した論文でも、利き手の分け方を変えると結論が変わり、最も多くの研究を集めた計算ですら、影響の大きい研究を外すと差の証拠は残りません。原因の説明として文献に名前が残っていることと、その説明が正しいこととは別の話です。
落とし穴3 − 「乗り越えた人」の一覧として読み、一人で抱え込む
当事者団体は、吃音を「克服した」「打ち負かされた」という枠組みで扱わないよう明示的に求めています。人物の一覧も、診断の記録ではなく、裏づけの有無を分けて示したものです。他人の物語を自分の見通しに読み替えるより、いま相談できる場所に当たるほうが確実です。年齢や状態に合わせた指導を行うのは小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員だとされています。
まずは、どんな場面で話しにくいか、どのくらい続いているかを書き留めておくことから小さく始め、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
ジョージ6世の吃音は実話ですか?
英国の吃音支援団体が公開している人物一覧には、歴史上の人物として名前が載っています。また、利き手と吃音の関係を調べた2023年の論文の導入部にも、手を替えさせられたのと同じ頃に吃り始めたとされる例として名前が出てきます。ただし、この記事が読めるのはそこまでで、症状の程度や経過を判定することはできません。なお同じ一覧は、裏づけの取れない人物には名前の横に疑問符を付けています。
吃音の原因は左利きの矯正なのですか?
そうは言えません。これは1930年代の原因論で、吃音のある人46名と吃音のない人46名を集めて利き手を比べた研究によって否定されています。2023年に研究をまとめ直した論文でも、右か左かの二択で分けたときは左利きが多いという結果になる一方、三分類で厳格に左利きとした場合や混合利きでは差の証拠が得られず、最も多くの研究を集めた計算も、影響の大きい研究を外すと差の証拠が残らないと著者自身が書いています。
なぜ、歌うときや誰かと声を合わせるときは話せるのですか?
斉読(声をそろえて読むこと)、メトロノームに合わせた発話、演技、ホワイトノイズ、歌唱などで一時的に流暢になることは知られています。これらに共通するのは外からの信号が伴うことで、その合図が聴覚の経路から発話を作る系に入り、ずれた活動を同期し直せるのではないか、外からの合図は「外部のペースメーカー」とみなせる、と説明されています。ただし、その場で流暢になることと、続けて楽になることは別です。
作品で描かれた練習をすれば、吃音は良くなりますか?
作品の中の手続きを治療法として受け取らないでください。診療ガイドラインは、リズムをつけた話し方や呼吸のコントロールを単独の、あるいは中心的な治療として用いることを勧められないとしています(否定する側の根拠は弱いという但し書きつきです)。根拠があるとされるのは、就学前では保護者が家庭で行う直接的な方法と環境を整える方法、青年・成人では話し方を組み立て直す方法です。6歳から12歳については、どの治療にも確かな根拠が無いとされています。
「エリザベス女王の父」で調べてここに来ました。吃音とはどういうものですか?
話し手は言いたいことを正確に分かっていて発声器官も動かせるのに、制御が断続的に失われて構音の動きが凍りついてしまう状態だとされています。主な症状は、言葉が出ないまま固まるブロック(難発)、音や音節の繰り返し(連発)、引き伸ばし(伸発)の3つです。人口のおよそ1%にあたり、世界で推定5,500万人とされています。米国の診断の手引きの最新版では、正式な診断名は小児期発症流暢症に変わりました。
まとめ
- この人物の名前は、利き手と吃音の関係を扱った2023年の論文の導入部に、矯正説のよく知られた例として残っている。英国の支援団体の人物一覧にも歴史上の人物として載っており、同じ一覧は裏づけの取れない名前に疑問符を付けている。
- 「左利きを直したから」という説は1930年代の原因論で、46名ずつを比べる研究によって否定された。2023年に研究をまとめ直した論文でも、利き手の分け方を変えると結論が変わる。
- 作品を題材にした日本語の解説があり、発話と吃音を神経科学の視点から検討している。作品に描かれた第一声の詰まりは、定義に照らしても実際にある症状で、当事者自身も「劇中のとおり」と書いている。
- 「必ず治る」を掲げた訓練の時代があった。いま根拠があるとされるのは就学前と青年・成人で、6歳から12歳についてはどの治療にも確かな根拠が無い。リズム発話や呼吸のコントロールを単独の主治療にすることは勧められていない。
- その場だけ流暢になる条件は複数知られており、外からの合図は「外部のペースメーカー」と説明される。ただし治療後も脳の活動は完全には正常化しない。
- 当事者団体は「克服した」という枠組みで扱わないよう求めている。相談先は、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員とされている。