まず結論から
- 吃音に遺伝的な要因が関わることは、家族をたどる研究と双子の研究が繰り返し支持してきました。
- ただし「母方から」という話ではありません。吃音のある人213人の家族を調べた英国の研究では、吃音があったのは母親6.8%・父親19.1%・姉妹8.4%・兄弟20.3%でした。
- 伝わり方は「父親からも母親からも受け継がれうるが、現れ方が性別によって変わる」という見方と整合する、と総説は整理しています。
- 「親の育て方が吃音を作る」という説は、いまの研究では支持されていません。日本の学会は、親の接し方や愛情不足を原因とする説を「最も問題のある間違った原因論」として名指しで否定しています。
- 見つかっている4つの遺伝子で説明がつくのは、大人まで続く吃音のうち多くても約20%です。
ただし、これは「遺伝は関係ない」という意味でも、「調べれば我が子の将来が分かる」という意味でもありません。見つかった遺伝子で説明がつくのは一部にとどまり、大半はいまも説明がついていません。それらの遺伝子がなぜ吃音につながるのかも、まだ分かっていません。100万人規模の解析も、遺伝リスクは多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なものだと結論づけています。
「どもりを作るのは母親の責任」——その言葉はどこから来たのか
「吃音 遺伝 母親」と検索する人の多くは、遺伝の仕組みが知りたいというより、「私のせいなのか」を確かめに来ています。それは思い過ごしではありません。日本吃音・流暢性障害学会も、誤った原因論のせいで「母親が周囲の人から非難されたという体験談を聞きます」と書いています。
次の声は、小学3年生の娘さんをもつ母親が、吃音の相談会に参加したあとに書いた手記です。
小学3年生の娘をもつ母の声(自助団体の相談会に参加した保護者の手記)
ある本には、どもりを作るのは母親の責任のように書いてあり、それを信じ込んで私の育て方に非があったのではないかとずっと考えていました。娘には「どもるのは、お母さんが悪いのよ。あなたのせいではない」と話していたことを伊藤伸二さんにお話しました。すると即座に、「誰のせいでもなく、母親の責任でも決してない」と断言され、心が軽くなりました。娘を救う以前に、私の心が救われました。
この母親が相談会を知ったのは、新聞の案内でした。申し込んだ時点では、その会に相談に行けば娘の吃音は100%治ると期待していた、と書いています。娘さんがどもり始めてからの約5年間、してきたのは図書館で本を借りて読むことくらいで、口では「大きくなったら治るからね」と言い続けていた——そう手記に書いています。彼女の自責をほどいたのは、論文の数字ではなく、会場にいた一人の当事者の断言でした。研究の側も、いまは同じ方向を向いています。保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと今も信じている治療者や研究者は、ほとんどいません。
出典: 保護者の体験(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0057)
では、その「母親の責任」という説明は、そもそもどこから来たのでしょうか。吃音の原因については、体のつくりの違いから、学習された話し方の癖まで、きわめて幅広い説が唱えられてきました。ところが、そのうち「吃音は家族に集まる」という事実と結びつけた説は、たった一つしかありませんでした。
その一つが、親が吃音だと思って対応することが原因だとする説(吃音診断起因説)です。家族に吃音の歴史があると強い感情が生まれ、それが幼い子の親を、子どものふつうの話し方を妨げるような行動に駆り立てる——という筋書きでした。この見方は世界的に受け入れられ、30年以上にわたって続きました。当時の教科書には、初期の段階の幼い吃音の子は放っておいて、親と教師のほうを治療するのがよい、とまで書かれていたほどです。
いま、この説は名指しで否定されています。日本吃音・流暢性障害学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説や吃音診断起因説を「最も問題のある間違った原因論」として挙げ、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究によって、環境的要因よりも生まれ持った体質的な要因が吃音の原因の多くを占めることが分かった、と説明しています。
ただし、と2025年の研究は付け加えます。現在の助言も、保護者の話し方が子どもの流暢さを左右しうると示唆することで、意図せず保護者に責めを負わせる形になりうる。実際にその研究が、助言を受ける前の親子の録音を分析したところ、保護者の話す速さや返事までの間が、子どものどもりの量を変えるという強い裏づけは得られませんでした。むしろ大きかったのは、親子の組ごとに固有の会話のリズムの違いのほうでした。
母方から?父方から?——吃音のある人の家族をたどると
ネットで検索すると、「母親が吃音なら息子は◯%」といった具体的な数字を見かけます。気になるところですが、実際の相談の場では、この問いはもっと素朴な形で出てきます。次は、岐阜県各務原市の相談事業として開かれた保護者の座談会で、「吃音は遺伝するの?」という見出しのもとに並んだ発言です。
保護者座談会での発言(相談事業「吃音のつどい」・15家族が参加。子の年齢のみ公開で氏名は非公開)
・3才 祖父や曾祖父が吃音だが、遺伝はあるのか?また、遺伝だと直らないのか?
・年長・小1 父親が実は吃音だったことが、本児が吃音とわかってから自覚した。
・年長 父親も吃音なので、言いにくいことばをどうしたら言いやすいか、例えば少し小さい声で言うと出やすいなどを子どもに伝えてくれている。
2023年3月、3年ぶりに対面で開かれたこの会には15家族が集まりました。参加した子どもは、いちばん小さい子で3歳、いちばん上で小学4年生。半数ほどは、その年度から相談を始めたばかりの家庭でした。「吃音は遺伝するの?」という見出しの下に並んだ3つの発言は、そろって祖父・曾祖父・父親を指しています。進行役の職員も、お父さんが吃音だという人が複数いて、しかも子どもの吃音が分かってから再認識したという点に触れています。家族の中の吃音は、調べて分かるものとはかぎらず、子どもの吃音をきっかけに「そういえば」と思い出される形で見つかることもあります。研究の側も、家族をたどると誰に吃音が見つかりやすいのかを、実際に数えてきました。
出典: 第8回「吃音のつどい」を開催しました!(社会福祉法人各務原市社会福祉事業団)(台帳: V0083)
英国で、吃音のある人213人とその家族を対象に行われた研究があります。そのデータを、遺伝研究の総説が表にまとめています。家族のうち吃音があったのは、母親6.8%・父親19.1%・姉妹8.4%・兄弟20.3%でした。
つまり、家族をたどって吃音が見つかりやすいのは、母方よりむしろ父親と兄弟のほうです。これは、吃音そのものが男性に多いことの反映でもあります。
では「母親が吃音だと子どもに出やすい」という話は、どこから来ているのでしょうか。同じ総説は、米国の家族研究が繰り返し報告してきた傾向として、女性に吃音がある場合のほうが、男性に吃音がある場合より、どの続柄の親族でもリスクが高いことを挙げています。先ほどの英国の研究でも、最もリスクが高かったのは「吃音のある女性の男性親族」、最も低かったのは「吃音のある男性の女性親族」でした。
この非対称を、研究者はこう説明しました。同じ遺伝的な条件でも男性のほうが吃音として現れやすく、女性が吃音として現れるには、その条件がより多く積み重なる必要がある——だから男女比に偏りが出る、という考え方です。そして、こうしたデータは「父親からも母親からも受け継がれうるが、その現れ方が性別によって変わる」という見方と整合する、と総説は述べています。
「母方だけから伝わる」という話ではない、ということです。そして「母親が吃音だと子に出やすい傾向がある」というのは、母親の育て方の話ではなく、吃音として表に出るまでの敷居が男女で違うらしい、という遺伝の側の話です。
男女比そのものも、いつ調べるかで変わります。発症したばかりの幼児を集めた21世紀の5つの研究では、男児対女児の比は1.34〜2.2倍にとどまりました。学齢期以降を含む年齢層の広い3つの調査(6〜20歳・3〜17歳・2〜99歳)では、この比は2.3〜4.6倍に広がります。幼い子どもを対象にするほど比は小さくなる、というのが総説のまとめです。
自分が吃音の母親だから、と思うとき
母親自身に吃音がある場合、遺伝の話は「知識」ではなく自分の身体の話になります。次の手記を書いたのは、ろう学校の教諭で、自身も吃音の当事者である母親です。息子さんは、バス停の名前を唱えていた途中、ある日突然つっかえ始めました。
当事者であり、息子にも吃音が出た母の声(ろう学校教諭・自助団体の会報に載った実名の手記)
私自身も“どもり”です。今も、自分の意志に反してことばが出ない状態に陥ります。その私が、自分の“どもり”は棚に上げて、息子の“つっかえ”は何とか治そうと、やっきになりました。つっかえようと思ってつっかえている訳ではなく、自分ではどうすることもできないのが“どもり”であることを知り尽くしているはずの私が、幼い息子につっかえる症状を自分でコントロールして流暢に話すことを要求し続けました。息子の気持ちを一番わかってやれるはずの母親である私が、息子の“つっかえ”にこだわり、息子の“つっかえ”を拒否し続けました。
最初のつっかえは、その1年半前でした。バスが大好きな子で、車の窓から見えるバス停の名前をいつものように唱えていた途中、あるバス停の前で「新ううううやがわ」とつっかえた——それが始まりだったと書いています。母親自身が、意志に反してことばが出ない状態を今も経験している当事者です。それでも、目の前でつっかえる息子を見ると心にさざ波が立ち、やがて「どもらないで!」と爆発した。夫からは、自分のどもりは認められるのに息子のつっかえは認められないのか、と不思議がられたといいます。「自分が吃音だから子どもも」という自責は、研究の言葉ではほどけません。ただ研究は、その自責が立っている前提のひとつを外しています。
出典: 今は“ぞうさん”の気持ち(伊藤伸二の吃音〈どもり〉相談室)(台帳: V0082)
外された前提とは、「親がどもるのを聞いて、子どもがどもるようになる」という見方です。これを調べたのが、養子を対象にした研究でした。吃音のある親に養子として育てられた子どもで吃音が出る割合が、一般の子どもより高いという証拠は、見つかりませんでした。研究の規模が小さく統計的な力は弱いという但し書きは付きますが、総説は、これらは「親がどもるのを聞いて子どもがどもるようになるという見方を否定する方向のデータだ」とまとめています。
同じ総説は、家族の中に吃音が集まる理由についても述べています。不安や、家庭の中の言葉づかいへの態度といった遺伝以外の要因が家族内の吃音に効いているという証拠は、見つかりませんでした。「家族に吃音の人がいること」と「家庭の空気や育て方が原因であること」は、別の話だということです。
日本の吃音ポータルサイトも、保護者の関わり方が至らなかったせいで子どもに吃音が起こる——そういうことは決してない、と強い言葉で打ち消しています。原因そのものについては、まだ全部が解き明かされたわけではないと断ったうえで、子どもが生まれつき持っている体質(素因)の側の要因と、まわりの環境の側の要因とが、一定の条件のもとで重なったときに現れるのではないか、という見立てを置いています。
「私がうつしてしまったのかも」——家族の中の、もうひとつの自責
自責を抱えるのは、母親だけではありません。きょうだいも同じ場所に立たされます。次の声は、自身にも弟にも吃音がある20代の女性が書いたものです。
弟にも吃音がある20代女性の当事者の声(個人ブログのエッセイ)
嘘でもいいから、母に「ちなは関係ないよ」と言ってもらいたかった。その言葉さえ聞ければ楽になれる気がした。でも、「弟に吃音があるのは私のせいなの?」なんて母に聞けっこなかった。
弟さんは、保育園の頃からことばの教室に通っていました。小学生の頃からずっと、彼女は弟の声を聞くたびに、自分の話し方がうつったのだと自分を責めていたと書いています。親や周囲に言われたわけではありません。小さいときから近くで毎日のように自分の話し方を聞いていたから、という理由を、彼女は自分の中で組み立てていました。大学を卒業してしばらくまで、自分の吃音は家族と一部の教員以外には徹底して隠していたといいます。母親に確かめられなかったのは、確かめれば、きょうだい2人とも吃音の子に産んだと母親自身に再確認させることになると分かっていたからでした。この「うつる」という考え方を、学会ははっきり否定しています。
出典: 吃音は兄弟でうつるのかな(note)(台帳: V0089)
日本吃音・流暢性障害学会は、「吃音のある人の話し方を真似すると吃音になる(伝染する)」という考えを俗説として挙げています。そして、そのために「吃音のある子とは遊んではいけない」という差別があった(今もあるかもしれない)とも書いています。
科学の側の答えは、先ほどの養子研究と同じです。聞いて真似ることでどもるようになる、という説明は支持されませんでした。学会も、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究によって、環境的要因よりも生まれ持った体質的な要因が原因の多くを占めることが分かった、としています。
もうひとつ、この声が示していることがあります。彼女が最も欲しかったのは、統計でも解説でもなく、母親の一言でした。そして学会は、いま勧められる対応として「吃音に気がつかない振りをする」ことを退けています。昔は「吃音に気がつかせない方がよい」という対応が主流だったが、今はその考え方は否定されている——学会はそう明記し、子どもが話しにくさを相談してきたときに無視して孤立させるのではなく、親子で吃音の話ができる関係をつくることを勧めています。「あなたのせいではない」と口に出せる関係は、その関係の一部です。
遺伝を調べつくした親が、最後に置いた順序
遺伝の情報を最初に調べ始めるのは、しばしば当事者である親自身です。次の声を書いたのは、30代の男性で、4歳と2歳の娘さんがいます。妊娠がわかった頃から吃音の遺伝について調べていて、生まれたときには喜びと同時に恐怖があった、と書いています。長女が2歳の後半に少し吃り始めたと妻に指摘された日の夜は、子どもへの罪悪感と悲しみでいっぱいだったといいます。次の一節は、そこからしばらくあとに書かれたものです。
当事者であり、4歳と2歳の娘の父の声(30代・自営業/個人ブログ)
まだ4歳なので自然に吃音が寛解されるかもしれない。
でもこのまま治らなかったとしても、自分が子供にしてあげることは変わらない。
むしろ当事者である私は苦しんだ時期も知ってるし、吃りながらも自立している今もある。
彼自身の学生時代は、音読が嫌で仕方なく、友達にどう思われているかが気になって仕方ない日々でした。大人に笑われたこと、本当は嫌なのに言いやすいという理由で「それでいいよ」を選んでしまったこと。その記憶があるから、この思いを子どもも味わうのかと今でも考えてしまう、と書いています。それでも、この一節で彼が置いたのは「治るかどうか」を先にする順序ではありませんでした。自然に軽くなるかもしれないし、ならないかもしれない。どちらでも、自分がすることは変わらない——順序が入れ替わっています。そして実際、幼児期に始まった吃音の見通しは、この二つのどちらか一方に決まっているわけではありません。
出典: 吃音の私と吃音の我が子(note)(台帳: V0085)
幼児期に吃音のある子どもは、その少なくとも半数が、特段の指導や支援がなくても、就学のころには吃音が表に現れなくなります。これは自然治癒と呼ばれ、以前から知られてきたことです。日本の学会も、吃音が始まってから2年後までに31%、3年後までに63%、4年後までに74%が自然に治ったと報告した研究を紹介しています。ただし吃音が始まって(発吃して)から4年以上経つ、あるいは8歳以上になると、自然に治る確率は下がるとも書かれています。
一方で、幼児・児童期に出始めるタイプ(発達性吃音)の大半は自然に症状が消えたり軽くなったりする一方、青年・成人期まで持続する人もいます。小学校に上がってからも吃音が残る子どもについても、ポータルサイトは見通しを書いています。言語聴覚士(ことばと聞こえの専門職)やことばの教室から適切な指導・支援が受けられれば、多くの子は、体がこわばるほど重い吃音が目立たなくなったり、吃音が出にくくなるよう体の緊張を自分で加減しながら話すやり方を覚えたりして、暮らしのうえでそれほど困らずに済むようになる——そう述べています。
遺伝はどこまで分かっているのか
双子の研究は、生まれつきの設計図がまったく同じ双子(一卵性)と、きょうだいと同じ程度しか共有しない双子(二卵性)で、二人ともに吃音が出る割合を比べます。総説がまとめた7つの研究では、この割合は一卵性で20〜83%、二卵性で5.4〜31%でした。
どの研究でも一卵性のほうが高い——それが、吃音に遺伝が関わるという見方の土台になっています。同時に、この表はもうひとつのことを言っています。一卵性でも一致率は100%になりません。総説自身が、この事実は吃音が遺伝子だけで決まるものではないことを示す、と述べています。
では「家族に吃音の人がいる」という事実だけで遺伝の証拠になるかというと、総説はそこも自分で否定しています。吃音の定義が研究ごとに違うこと、本人に会って確かめていないこと、そして家族の人数の問題です。4人家族に吃音の人が1人いるのと、16人の家族に1人いるのとでは、同じ「家族に1人」でも意味が違う。家族が小さければ、遺伝的な条件があっても表に出る機会そのものが減ります。
2010年前後からは、吃音に関連する具体的な遺伝子も見つかりました。GNPTAB・GNPTG・NAGPA・AP4E1 の4つで、いずれも細胞の中で物を正しい場所へ運ぶ仕組みに関わります。血縁のない当事者を調べた研究では、原因らしい設計図の違いが見つかったのは、GNPTAB が1013人中87人(8.6%)、GNPTG が45人(4.4%)、NAGPA が32人(3.2%)、AP4E1 が936人中34人(3.6%)でした。
総説は、この数字について自分で釘を刺しています。これまでに見つかった4つの遺伝子で説明できるのは、多くても大人まで続く吃音の20%で、大半はいまも説明がついていない。しかも双子研究からは、遺伝によらない原因で起きる吃音もあると分かるため、原因遺伝子を全部見つけたとしても、吃音の成り立ちの絵はまだ埋まらない、とも書いています。別の総説も、このうち3つ(GNPTAB・GNPTG・NAGPA)が作る酵素の働きが下がるとなぜ吃音になるのかは、いまも分かっていないと明記しています。
2025年には、100万人を超える規模の解析が発表されました。自己申告の吃音について、性別と祖先で分けた8つの解析と、メタ分析(複数の研究の結果を統合して調べる方法)を行い、吃音に関連する57の領域が見つかっています。その結論は、集団レベルで見たときの遺伝の関わりは複雑で、多くの遺伝子が少しずつ効く形であり、効果の大きさは小さいものから中くらいのものが大半を占める、というものでした。これは、集団全体で見たときに、たった一つの遺伝子の違いが吃音の主な原因になっているわけではない、という以前からの見方とも一致します。
「確率」は、あなたの家庭の予報ではない
ここまで挙げた数字は、すべて「たくさんの家族や双子を集めて数えたら、こうだった」という形をしています。母親6.8%も、一卵性20〜83%も、遺伝子で説明がつく約20%も、集団についての記述です。特定の一つの家庭で何が起こるかを言っているわけではありません。ネットで見かける「母親が吃音なら息子は◯%」という数字も、ある研究がある集団で数えた値の一つです。数字だけを取り出さず、誰を集めて何を数えたのかとセットで見ることをおすすめします。
そして、遺伝の解明が進んだからこそ、環境の役割は今後も重要な研究テーマであり続けるべきだ、と総説は締めくくっています。理由は単純で、環境のほうが変えやすく、回復を助け、症状を減らし、適応を支えるのに役立ちうるからです。総説はここで、別の研究者の言葉を引く形で心臓病を引き合いに出します。遺伝的にリスクが高い人はいるけれど、食事と運動という環境の修正が大きな利益をもたらしうるのと同じだ、と。DNAは受け継がれるものであると同時に、環境に応答するものでもある、とも書かれています。
「遺伝が関わる」は「もう何もできない」ではありません。むしろ、原因を自分の育て方に探し続ける時間を、目の前の子どもと過ごす時間に戻せる、という意味に近いといえます。
気になるときの相談先——どこへ、いつ
遺伝が気になったとき、いちばん役に立つのは確率を計算することではなく、いま目の前の子ども(または自分)にできることに目を向けることです。日本吃音・流暢性障害学会は、楽に話しやすくするために周囲の環境を整える方法や、話し方に直接働きかける方法、吃音のことを理解する方法など、年齢や状態に合わせた指導があるとしたうえで、小児を扱う言語聴覚士(ことばと聞こえの専門職)や、ことばの教室の教員に相談しましょう、と書いています。
- 言語聴覚士のいる医療機関:小児科・耳鼻咽喉科・リハビリテーション科など。評価や、家庭での接し方の助言を受けられます。
- ことばの教室(通級指導教室=ふだんの学級に在籍したまま、決まった時間だけ別の教室で指導を受ける仕組み):学校を通じて案内されることが多い相談先です。
- 吃音の自助団体:ほかの吃音のある人と出会うことが、心理的な変化のきっかけになることもあると学会は紹介しています。保護者どうしが話せる会もあります。
未就学のお子さんの場合は、市区町村の保健センターの乳幼児健診や、児童発達支援・療育センターが入り口になることもあります。
上の診療科の並び、通級指導教室の案内経路、未就学の入り口は、いずれも一般に知られている経路の紹介で、特定の資料が相談先として定めているものではありません。学会が挙げているのは、前の段落に引いた「小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談しましょう」までです。相談の時期についても、決まった基準があるわけではありません。話し方の詰まりが長く続いている、本人がつらそう・話すことを避ける、といったときは、様子見だけにせず相談を考えてみてください。
遺伝を調べるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「母親が吃音なら◯%」を、自分の家庭の予報として読む
その数字は、ある研究がある集団を数えた値です。吃音のある人の家族をたどると、実際に吃音が見つかりやすいのは母親(6.8%)より父親(19.1%)・兄弟(20.3%)のほうでした。伝わり方そのものも「父親からも母親からも受け継がれうるが、現れ方が性別で変わる」という見方と整合する、というところまでしか言えていません。確率を運命と読みかえないことが大切です。
落とし穴2 − 自分を責める時間を、子どもと過ごす時間から差し引く
研究は原因を親の育て方ではなく、生まれ持った体質・遺伝的な要因や発話の仕組みに求めています。しかも総説は、環境要因が重要なのは「原因だから」ではなく、変えやすく、回復を助け、適応を支えうるからだと述べています。自分を責めるためではなく、子どもが話しやすい環境をつくるために使えるのが、環境という言葉です。
落とし穴3 − 一人で抱え込み、記録も残さない
吃音には、症状が出やすい時期と落ち着く時期の波があり、調子の良い状態や悪い状態が数週間から数ヶ月続く人も多いことが知られています。だからこそ、ある一日の様子だけでは経過が見えません。日々の様子を書き留めておくと、相談のときに経過を正確に伝えられます。ネットの断片的な情報だけで判断せず、専門機関にあたるのが近道です。
まずは日々の話し方の様子を記録することから小さく始めるのも一つの方法です。記録は診断や治療に代わるものではありませんが、波のある経過を「見える化」して、専門家に相談するときの手がかりにできます。言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
吃音は母親から遺伝しますか?
「母方から」という単純な話ではありません。吃音のある人213人の家族を調べた研究では、吃音があったのは母親6.8%・父親19.1%・姉妹8.4%・兄弟20.3%で、父親と兄弟のほうが高い割合でした。一方で、女性に吃音がある場合のほうが親族のリスクは高いという傾向も繰り返し報告されており、総説は「父親からも母親からも受け継がれうるが、現れ方が性別によって変わる」という見方と整合すると述べています。
母親の育て方が原因で吃音になることはありますか?
いまの研究では支持されていません。日本吃音・流暢性障害学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説などを「最も問題のある間違った原因論」として名指しで否定しています。2025年の研究も、保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと今も信じている治療者や研究者はほとんどいない、と明言しています。吃音ポータルサイトも保護者向けのページで言い切っています——親の関わり方の未熟さが子どもに吃音をもたらすことは、決してない。
母方に吃音の人がいると、必ず子どもに遺伝しますか?
必ずとは言えません。家族に吃音が集まりやすいことを示すデータは蓄積されていますが、どう伝わるか(遺伝の形式)は研究ごとに一致しておらず、吃音は一つの単純な法則で伝わるのではなく、複雑な形で受け継がれる性質と考えるのが妥当だとされています。設計図がまったく同じ一卵性の双子でも、二人ともに吃音が出る割合は100%になりません。
きょうだいや友だちの吃音が「うつる」ことはありますか?
「吃音のある人の話し方を真似すると吃音になる(伝染する)」という考えは俗説として否定されています。吃音のある親に養子として育てられた子どもで吃音が出る割合が一般の子どもより高いという証拠も見つかっておらず、聞いて真似ることでどもるようになるという見方は支持されていません。
遺伝子検査で、吃音になるかどうか分かりますか?
現時点では、検査で発症を予測できる段階ではありません。見つかっている4つの遺伝子(GNPTAB・GNPTG・NAGPA・AP4E1)で説明がつくのは、大人まで続く吃音の多くても約20%にとどまります。そもそも、このうち3つ(GNPTAB・GNPTG・NAGPA)が作る酵素の働きが下がるとなぜ吃音になるのかも、まだ分かっていません。100万人規模の解析も、遺伝リスクは多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なもので、効果の大きさは小さいものから中くらいのものが大半を占める、と結論づけています。
まとめ
- 吃音に遺伝的な要因が関わることは、家族研究と双子研究が繰り返し支持している。
- 吃音のある人の家族をたどると、吃音があったのは母親6.8%・父親19.1%・姉妹8.4%・兄弟20.3%。「母方から」という話ではない。
- 「母親が吃音だと親族のリスクが高い」という傾向はあるが、それは育て方の話ではなく、吃音として表に出るまでの敷居が男女で違うらしいという遺伝の側の話。
- 親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説や、親が吃音だと思って対応することが原因だとする吃音診断起因説は、日本の学会が「最も問題のある間違った原因論」として名指しで否定している。「うつる」も俗説。
- 遺伝子で説明がつくのは大人まで続く吃音の約20%。幼児期の吃音は少なくとも半数が就学までに見られなくなり、続く場合も支援で日常生活の支障を減らせることが多い。気になれば言語聴覚士やことばの教室へ。
