まず結論から
- 吃音の9割は発達性吃音で、その多くは2〜5歳のあいだに始まります。学会の解説も9割以上が発達性だとしています。
- 残りは獲得性吃音と呼ばれ、脳の病気やけがのあとに出るものと、強いストレスやつらい出来事のあとに生じるものに分けられます。どちらも始まるのは10代後半以降です。
- 「親の接し方が悪かった」「親がどもりだと思って接したせいだ」という原因の説明は、学会が間違った原因論として名指しで否定しています。
- 大人になってから始まった話しにくさは、聞こえ方だけで見分けることが難しく、専門家でも鑑別は簡単ではないとされています。
- 吃音とつらい記憶の関係については、「吃音の経験を重ねたあとにトラウマに関連した症状が報告される」という向きの研究が出ています。
ただし、ここに挙げたのはあくまで集団を調べて分かってきたことで、一人ひとりの経緯を説明するものではありません。獲得性の吃音がどのくらいの人に起きているのかは、報告が症例単位のものに偏っているため、いまも十分なデータが無いとされています。
ストレスのあとに話しにくくなる、ということはあるのか
吃音は子どものものだと思われがちですが、大人になってから話しにくさが始まった、と語る人はいます。物語に描かれる「ある出来事のあとから」という筋書きが、現実にもありうるのか——まずはその話から始めます。
当事者の声(20代後半・男性・公務員事務職/自助団体が集めた就労体験記アンケートの回答。同じページに4名の回答が並ぶ形式)
元々、ADHDとASDの症状があり、ストレスから就職後3年目に吃音になりました。
吃音になった後は、電話対応と窓口対応で苦労することが多いです。すごくどもって汗をびっしょりかきながらやっていた時期はありますが、それに関するストレスなどから鬱になり、人事部局に相談し、電話取りと窓口対応が少ない部門に異動させていただきました。
自助団体が集めた就労体験記に、東北で働く20代後半の公務員が寄せた回答です。就職して3年目に話しにくさが始まったこと、電話と窓口でとくに苦労したこと、そのストレスから鬱になり、人事部局に相談して部署を移ったことが、順を追って書かれています。ここで語られているのは本人の受け止めであって、何が原因だったかの判定ではありません。ただ、大人になってから始まる吃音が分類として存在することは、公的な解説にも書かれています。
出典: 就労体験記 No.21(うぃーすたプロジェクト)(台帳: V0456)
国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説では、吃音はまず発達性吃音と獲得性吃音に分けられ、9割は発達性吃音だとされています。発達性吃音は、幼児が二語文以上の複雑な話し方を始める時期に起きやすく、ほとんどが2〜5歳に発症します(小学校以降に始まることもあります)。学会の解説も、分類を発達性とそれ以外の獲得性に分け、9割以上が発達性だとしています。就学前の子どもを追った各国の研究をまとめた疫学レビューでも、始まる時期の平均はおよそ33か月(2歳台後半)で、4歳を過ぎてから始まった子はごく少数だったと報告されています。
いっぽう獲得性吃音は、さらに二つに分かれます。神経の病気や脳の損傷によって起きる獲得性神経原性吃音と、心的なストレスや外傷体験に続いて生じる獲得性心因性吃音です。同じ解説は、どちらも発症時期は青年以降(10代後半〜)だと述べています。つまり「大人になってから話しにくさが始まる」こと自体は、想定外の出来事ではありません。
ただし、そこから「だから原因はあの出来事だ」と進むことはできません。この分類はあくまで「いつ、どういう文脈で始まったか」で束ねた呼び名で、個々の人にどれが当てはまるかは、話し方の印象だけでは決められないからです。この見分けの難しさについては、後半の「大人になってから始まった話しにくさを、どう見分けるのか」で詳しく取り上げます。
つらさが積み重なると、何が起きるのか
物語のなかで話しにくさが「心の状態のあらわれ」として描かれると、読むほうも、吃音と気持ちの落ち込みを一続きのものとして受け取ります。実際に両方を経験した人の記録は、その順番について別のことを教えてくれます。
当事者の声(難発性吃音・看護師・1児の母/自身が運営する個人ブログ)
授業の音読は週に何度もあり、その緊張感を何年も続いて心に負担がかかっていたのだと思います。一時的に不登校になり学校を休んだりするも、「学校には行かなきゃいけない」という思いが強くて無理をする日々。
そしてなんとか高校は卒業するも、20歳前後でうつ病と診断されました。
難発性の吃音があり、最初の一文字を声に出すのにも時間がかかった——そう書く女性が、学生時代をふり返った一節です。書かれているのは、週に何度もある音読と、そのたびの緊張が何年も続いたこと、休んでも「行かなきゃいけない」と思って無理を重ねたこと、そして20歳前後で診断が付いたこと。順番は、話しにくさが先にあり、それをめぐる経験が積み重なった先に診断がある、という向きです。話す前の不安や恐怖が、うまく話せない経験が増えるほど強くなることは、公的な解説にも書かれています。
出典: 吃音で学校に行きたくない時に親にしてもらいたかった4つのこと(misalog)(台帳: V0034)
幼い子どもは、うまく話せないこと自体にびっくりしたり、不満を感じたりしますが、その感情はその場限りのものだとされています。ところが成長とともに症状が固定化し、周囲から指摘される場面が増えると、子どもは自分の言葉の出づらさをはっきり意識するようになります。その結果、話す前に不安を感じたり、話す場面に恐怖を感じたり、うまく話せないことを恥ずかしく思うようになる——そして、この心理は「うまく話せない」という経験が増えるほど強くなる、というのが解説の説明です。
学会の解説も、思春期以降は連発や伸発よりも難発(最初の音が出しにくくなる症状)が中心になり、失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じて会話や社交を避けるようになると述べています。中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対が、困難を感じやすい場面として挙げられています。言い換えると、落ち込みは「心が弱いから」起きるのではなく、話す場面をくり返し通過するなかで積み上がっていくものとして説明されています。
吃音とうつは、どちらが先なのか
「気持ちが沈んでいるから、どもるのではないか」。当事者も、周りの人も、この順序で考えてしまいがちです。長く両方を抱えてきた人の言葉は、その問いの立て方そのものを少しずらしてくれます。
当事者の声(44歳/note での一次発信)
僕だってかなりのうつ病を経験してきましたが、「うつ病だから変なことを言っても許してほしい」とか、「吃音だから許してほしい」とは思いません。
だからこそ、「なんで理解し合えないんだろう?」と首をかしげてしまいます。
44歳の当事者が、人との距離の取り方について書いた文章の一節です。吃音があり、うつ病も経験してきた——その両方を並べたうえで、どちらも他人への言い訳にはしないと書き、それでも理解し合えないことに戸惑っています。ここで語られているのは、二つの状態が同じ一人の人生のなかで重なっている、という事実そのものです。この重なりを「どちらが先か」という向きで調べた研究が、2026年に2本出ています。
出典: 言葉と毒と、人間関係(note)(台帳: V0308)
1本目は、吃音のある成人55人と吃音のない成人41人に、トラウマ関連の症状を尋ねる質問紙に答えてもらった研究です。トラウマ関連の症状は、吃音のある人のほうが有意に多く報告されました。不安の影響を取り除いたうえでも、症状の合計点は、吃音にまつわる思いや感情、吃音による回避や不利益と関連していました。この研究は自らを、吃音の経験の結果としてトラウマ関連の症状が現れることを量的に示した最初の研究だと位置づけています。
2本目は、吃音のある成人20人に、子ども時代から大人になるまでを、家庭・学校・言語訓練・職場・社交の場面にわたって聞き取った質的研究です。多くの人が、吃音によって圧倒されるような場面を、しかも身近な関係のなかで、くり返し経験していました。そのなかで身を守る反応や自分への否定的な思い込みが育ち、時間をかけて何重もの防衛が積み上がっていった、と整理されています。参加者の半数以上が、吃音や周囲の否定的な反応にともなって、自分が自分から切り離されるような感覚を語ったといいます。
2本とも、向きは同じです。つらい出来事が吃音を起こした、という研究ではありません。吃音をめぐって圧倒されるような経験がくり返されることが、トラウマに関連した症状につながりうる、という向きで語られています。なお学会の解説も、吃音のある子どもや成人の社交不安症の合併率は吃音のない人より高いとしており、自助団体に参加していたり治療を求めたりする成人では約20%から半数近くにのぼると報告されています。
「家庭のせい」と考えてしまう前に
過酷な家庭が描かれる物語を読んだあと、いちばん残りやすいのは「親の関わり方が子どもをそうさせた」という筋書きです。ここは、当事者の言葉と学会の解説がはっきり重なるところです。
当事者の声(24歳・女性・イラストレーター/DTPデザイナー。宗教専門紙が運営するメディアの取材記事)
大人になっても、周囲にできるだけ吃音がばれないように生きてきました。周りからは『いつか治る』と言われ続けてきましたが、今でも完璧には治りません。今、小さいお子さんで吃音を持つ子がいたとしても、安易に治るという期待をかけないでほしい。たとえ治らなくても話を聞いてくれるんだ、と思えれば、安心して過ごせるのですから
取材に応じた24歳のイラストレーターが、吃音のある子どもの親に向けて語った言葉です。周囲からかけられ続けた「いつか治る」という言葉と、今も完璧には治らないという現在を並べたうえで、期待をかけることではなく話を聞いてもらえることのほうに意味を置いています。原因を探して誰かに帰することと、いま目の前の話を聞くことは、別の行為だという指摘だと読めます。そして「誰のせいか」については、学会が明確な見解を出しています。
出典: 「いつか治る」と信じた末に知った、治らない現実(福祉仏教 for believe)(台帳: V0110)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、最も問題のある間違った原因論として、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説と、親が吃音だと思って対応することが原因だとする吃音診断起因説を挙げています。そのために母親が周囲から非難されたという体験談が聞かれる、とも書かれています。話し方を真似すると吃音がうつるという俗説にも触れ、そうした説のために吃音のある子とは遊んではいけないという差別があったと述べています。
では何が関わっているのか。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は、詳しい原因はまだ分かっていないとしたうえで、体質的要因(子ども自身が持つ吃音になりやすい何らかの特徴)、発達的要因(身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)、環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)が互いに影響し合って発症すると言われている、と説明しています。環境は挙げられていますが、三つのうちの一つであって、単独の原因として置かれてはいません。
大人になってから始まった話しにくさを、どう見分けるのか
ここからは、前半で先送りにした見分けの話です。脳の損傷のあとに始まる吃音についての総説は、話し方の聞こえ方だけを手がかりにした神経原性と心因性の鑑別は、信頼できないことが示されていると述べています。同じ総説は、症例報告に書かれた病変の場所を集めても、獲得性の吃音が神経系のどこか一か所の損傷と対応づけられているわけではない、とも述べています。左右の大脳のすべての葉、小脳、深部白質などに広がっていたからです。
神経原性吃音を扱った別の総説も、心因性のものと症状が似たり重なったりするため、鑑別は臨床家にとって難題だとしています。心因性の発話・言語の異常についての記述が乏しく、区別するための指針そのものが足りない、というのがその理由です。そして、神経原性・発達性・心因性の区別がつかないままだと、評価が的を外し、結果として適切でない対応につながりうるとも指摘しています。
手がかりが無いわけではありません。同じ総説は、神経原性吃音では詰まりが語の頭に偏らず語や発話のどこにでも現れること、同じ文章を読み返しても楽にならないこと、会話・説明・復唱・音読のどの課題でも一貫して現れることを、発達性吃音との違いとして挙げています。脳回路の総説も、獲得性のものでは音や音節の繰り返しが目立ち、力の入る難発は発達性より少ないようだと述べています。ただしこれらは傾向であって、当てはめて自己診断できるものではありません。
なお、薬の副作用として吃音のような話しにくさが現れることもあり、これは薬剤性吃音と呼ばれます。電子カルテから吃音の症例を集めた研究でも、発達性吃音と区別するために、脳卒中や頭部外傷にともなうもの、薬の副作用によるもの、精神症状にともなう原因不明のものの三つが除外されています。大人になってから始まり、一過性であることが多い点で、発達性吃音とは別の成り立ちだと考えられています。
どこに相談すればいいのか
話しにくさが気になるとき、相談先の中心になるのは言語聴覚士と、子どもの場合はことばの教室です。神経原性吃音の総説も、治療の主軸は言語聴覚療法であり、発達性吃音で使われてきた方法が用いられること、そして薬による治療は第一選択ではないと述べています。原因が多様なため、言語聴覚士と医師(多くは神経内科医)が協働することが必要だともされています。
本人が不安や気がかりを示している場合には、その状態についての説明や心理教育が治療に含まれうるとされ、支援の対象は本人だけでなく家族にも及ぶと書かれています。ただし、いろいろな方法のうちどれが最も有効かについては合意が無く、単独でも、順番にでも、組み合わせても用いうるとされています。「これをやれば良い」という一本道は、まだ示されていません。
次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 大人になってから、急に言葉が出にくくなった(頭を打った、病気をした、薬が変わったなどの心当たりがあるときは、まず医師に伝える)
- 話しにくさに加えて、頭痛や体の動かしにくさなど、ほかの体の変化がある
- 話す場面を避けるようになり、仕事や学校の生活に支障が出ている
- 気分の落ち込みが続き、眠れない・食べられないなどの状態がある
この4つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めたものではありません。頭痛や片麻痺といった神経の症状が診断の手がかりになりうることは、神経原性吃音の総説に記されています。
物語から吃音を考えるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 作中の人物に、診断名を当てはめてしまう
物語のなかの話しにくさは、作者が物語のために選んだ描写です。それを発達性・神経原性・心因性のどれかに分類することは、作品の読み方としても、吃音の理解としても実りがありません。専門家でさえ、実際の人を前にして聞こえ方だけで見分けることは信頼できないとされているからです。
落とし穴2 − 「家庭環境が原因」で説明を終える
親の接し方や、親が吃音だと思って対応することを原因とする説は、学会が間違った原因論として名指しで否定しています。実際にそのせいで母親が周囲から非難された、という体験談も報告されています。原因を一つに決めたくなる気持ちは自然ですが、そこで止まると、いま必要な相談や配慮の話に進めなくなります。
落とし穴3 − 「気持ちが沈んでいるからどもる」と順序を決めつける
2026年に出た2本の研究は、どちらも逆の向きを扱っています。吃音をめぐる圧倒されるような経験がくり返されたあとに、トラウマに関連した症状が報告されるという向きです。順序を取り違えると、話しにくさそのものへの支援が後回しになります。日々どんな場面で出やすいか、どのくらい続いているかを書き留めておくと、相談のときに役立ちます。まずは気づいたことを書き留めることから小さく始め、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
強いショックやストレスで、吃音になることはありますか?
獲得性吃音のうち、心的なストレスや外傷体験に続いて生じるものは「獲得性心因性吃音」と呼ばれ、分類として存在します。ただし吃音の9割は幼児期に始まる発達性吃音で、獲得性のものがどのくらいの頻度で起きているかは、報告が症例単位のものに偏っているため、いまも十分なデータがありません。
親の育て方や家庭環境が原因で、子どもが吃音になるのですか?
日本吃音・流暢性障害学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説や、親が吃音だと思って対応することが原因だとする説を、最も問題のある間違った原因論として挙げています。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説では、体質的要因・発達的要因・環境要因が互いに影響し合って発症すると言われており、環境は三つのうちの一つとされています。
吃音とうつは、どちらが先に起きるのですか?
2026年の研究では、吃音のある成人のほうがトラウマ関連の症状を有意に多く報告し、それが吃音の経験の結果として現れることを量的に示した最初の研究だと位置づけられています。20人への聞き取り研究も、吃音をめぐる圧倒されるような経験のくり返しがトラウマ関連の症状につながりうるという向きで整理しています。学会の解説は、社交不安症の合併率が吃音のない人より高いことも報告しています。
大人になってから言葉が出にくくなりました。自分で見分けられますか?
難しいとされています。話し方の聞こえ方だけを手がかりにした神経原性と心因性の鑑別は信頼できないことが示されており、症状が似たり重なったりするため鑑別は臨床家にとっても難題だとされています。脳卒中や頭部外傷、薬の影響など別の成り立ちのものもあるため、自己判断せず、言語聴覚士や医師に相談してください。
相談するとしたら、どこに行けばよいですか?
治療の主軸は言語聴覚療法だとされ、原因が多様なため言語聴覚士と医師(多くは神経内科医)の協働が必要だとされています。本人が不安を示している場合は、状態についての説明や心理教育が含まれることもあり、支援は家族にも及ぶとされています。ただし、どの方法が最も有効かについては合意が無いとされています。
まとめ
- 吃音の9割は幼児期に始まる発達性吃音で、獲得性吃音は神経の病気やけがによるものと、心的なストレスや外傷体験に続くものに分かれ、どちらも始まるのは10代後半以降とされている。
- 「親の接し方が原因」「親が吃音だと思って対応したせい」という説は、学会が間違った原因論として名指しで否定している。関わっているとされるのは体質的要因・発達的要因・環境要因の三つで、環境はそのうちの一つ。
- 大人になってから始まった話しにくさは、聞こえ方だけでは見分けられないとされ、薬や脳の病気が関わることもある。
- 2026年の2本の研究は、吃音をめぐる経験のくり返しのあとにトラウマ関連の症状が報告される、という向きで結果を整理している。順序を逆に読まない。
- 相談先の中心は言語聴覚士と、子どもの場合はことばの教室。方法の優劣には合意が無いため、まず状態を伝えて一緒に決めるのが現実的。