まず結論から
- ブルース・ウィリスの名前は、米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA という吃音の支援団体が公開している著名人の一覧の、両方に載っています。米国の一覧は、GQ 誌のインタビューで本人が「演技が吃音を乗り越える助けになったと感じた」と述べたと書いています。
- 本人の言葉として英国の一覧が引いているのは、American Institute for Stuttering の式典で表彰されたときのスピーチです。「この部屋にいる人たちへの私の助言は、誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと。あなたがのけ者になることは決してないのだから」という趣旨のことを、会場に向けて語っています。
- 「高校で舞台に立ったら出なかった」という話は、本人の言葉・団体の要約・研究者の総説のどれにも出てきますが、語り手が変わるたびに細部が足されています。吃音の原因を扱った総説は、この話を「逸話として」と断ったうえで、気持ちの高ぶりが吃音を良くする場合もある例として挙げ、有名人が自分を人前に置くことで吃音を「治療」してきたという表現には引用符を付けています。
- 演じるときにどもらないのは、この人に固有の話ではありません。役割演技や演技のような、いつもの自分の話し方から離れた発話は、声をそろえて読むこと・歌うことと並んで、その場でなめらかに話せるようになる条件(研究の言葉では流暢性誘発条件)として整理されています。学会の解説も、状況によって症状が出やすくなったり出にくくなったりすること、そのときの流暢さ(なめらかさ)は一時的であることを、吃音の特徴として挙げています。
- 同じ英国の一覧には、演技で吃音が「治った」とよく報じられることを本人が否定している俳優や、今も特定の音で出ると語る俳優が載っています。舞台で出ていないことは、無くなったことの証拠にはなりません。
ただし、この記事は、本人が公開の場で語った言葉と、支援団体の一覧や日本語の記事に書かれた範囲だけを扱い、吃音の程度や、その後の経過を判定しません。舞台で出なかったという体験も、本人の側の実感として残っているものであって、方法として確かめられたものではありません。
「言葉を記憶すると、どもらないことに気付いた」——本人が語ったこと
日本語で読める本人の言葉は、米国版 GQ 誌のインタビューを日本の映画ニュースが伝えた、短い記事の中にあります。新作映画の公開に合わせた2013年の記事で、前半は記者の地の文、後半が本人の発言の日本語訳です。
俳優ブルース・ウィリス本人の発言(米国版 GQ 誌のインタビュー)を、日本の映画ニュースサイト MOVIE WALKER PRESS が2013年に日本語で紹介した記事から。前半は記者の地の文、後半は本人の発言の日本語訳(引用は発言の途中まで)
大物アクション俳優として活躍している現在の彼の姿からはあまり想像できないが、ブルース・ウィリスには吃音症で悩んだ過去があるという。あまりにもどもりが激しかったため、自分は障害を持っていると考えていたそうで、人前で話すことができなかったらしい。
「僕はひどい吃音症だった。だが、高校かどこかで舞台をやったんだ。そこで言葉を記憶すると、どもらないことに気付いた。奇跡のようだったよ。
本人が語っているのは、三つのことです。ひどい吃音があったこと。高校のころ舞台をやったこと。そして、言葉を記憶すると、どもらないことに気付いたこと。発言は記事の中でこのあとも続き、記事はそれを米国版 GQ 誌に語ったものだと記しています。続きの部分では「克服」という言葉が使われていますが、本人が舞台で確かめたこととして語っているのは、上に引いた「言葉を記憶すると、どもらない」という一点です。記者の地の文が「現在の彼の姿からはあまり想像できない」と書き起こしているのは、映画の中で見る姿と、本人が語る少年時代の姿が結びつかないからです。ここに、有名人の吃音の話がたどる道筋の出発点があります。米国と英国の支援団体は、この人の言葉をどう記録しているのでしょうか。
出典: ブルース・ウィリスが吃音症に悩んだ過去を語る(MOVIE WALKER PRESS)(台帳: V0410)
吃音のある著名人の一覧を公開しているのは、主に海外の支援団体です。米国の Stuttering Foundation の一覧は、俳優・歌手・エンターテイナーの区分にこの人を載せ、60本を超える映画に出演し、1980年代の終わりに『ダイ・ハード』のシリーズで人気を得た、と紹介したうえで、GQ 誌のインタビューで「演技が吃音を乗り越える助けになったと感じた」と述べた、と一行で書いています。日本語の記事にあった「言葉を記憶すると、どもらない」という具体的な気付きは、ここでは「演技が助けになったと感じた」という要約に変わっています。同じ発言をもとにしていても、要約する側の言葉が入ると、体験の中身は少しずつ動きます。
英国の STAMMA の一覧は、俳優の区分にこの人を置き、別の場面の言葉を引いています。『ダイ・ハード』の俳優は、American Institute for Stuttering の式典で表彰されたときに自分の吃音について話した、として、会場に向けた「この部屋にいる人たちへの私の助言は、誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと。あなたがのけ者になることは決してないのだから」という趣旨の言葉を載せています。舞台の話でも、演技の話でもありません。吃音のある人の集まりで、吃音のある人に向けて語った言葉です。この一覧は、ネット上で吃音があるとされていても裏づけになる情報源が見つからない人物には名前の横に疑問符を付け、その理由を書き添えています。この人の名前に疑問符は付いていません。名前の一覧の読み方そのものは、吃音の有名人の記事にまとめてあります。
「舞台では、普段と違って」——日本の紹介文で、足されていったもの
日本語で読める紹介文もあります。吃音のある人の自助団体である日本吃音臨床研究会の「どもる著名人」というページに、俳優・作家・政治家などとともに、この人の項があります。本人の言葉ではなく、第三者による紹介文です。
日本吃音臨床研究会「吃音と上手につきあうための吃音相談室」の「どもる著名人」ページにある紹介文(第三者による記述。本人の発言ではない)
吃音に悩み、克服するために高校時代、生徒会長に立候補したり、演劇で舞台に立つ。舞台では、普段と違ってあまりどもらなかったことに自信を得て、俳優になる。ダイハード・シリーズなど、アメリカで最も活躍する映画スターの一人。
このページは冒頭で、取り上げるのは本人や家族や友人が吃音について触れている人だけに限った、歴史上の人物については文献などに記録として残っている人だけを取り上げた、と断っています。裏づけのある名前だけを並べるという姿勢は、英国の一覧が疑問符を付けているのと同じ向きです。そのうえで紹介文を本人の言葉と並べると、足されているものが見えてきます。「生徒会長に立候補した」という出来事。「あまりどもらなかったことに自信を得て、俳優になる」という、舞台から職業への一本の線。本人が語っていた「言葉を記憶すると、どもらない」という気付きは、ここでは「普段と違ってあまりどもらなかった」という、舞台と普段の対比に置き換わっています。どれも不自然な話ではありません。ただ、本人の言葉として残っているのは、舞台で気付いたことまでです。研究者の文章にも、この人の逸話は載っています。
出典: どもる著名人(吃音と上手につきあうための吃音相談室・日本吃音臨床研究会)(台帳: V0446)
吃音の原因を扱った2004年の総説は、子どものころから始まる吃音(発達性吃音)の重さが、気持ちの高ぶりや緊張などの要因によってはっきりと変わることを、先行研究の一致した所見として挙げています。そして、気持ちの高ぶりが吃音を悪くするとは限らず、逆に良くする場合もあると述べたうえで、有名な当事者のなかには自分を人前に置くことで吃音を「治療」してきた人がいる、と引用符つきで書き、続けて、米国の俳優ブルース・ウィリスは8歳のときに吃音が始まり、高校で演劇部に入ると、観客の前では吃音が消えた、という話を「逸話として」と断って挙げています。
ここでも、細部が一つ足されています。「8歳のとき」という年齢は、日本語の記事にも、米国と英国の一覧にも、日本の紹介文にもありませんでした。本人の言葉・団体の要約・日本の紹介文・研究者の総説と、語り手が変わるたびに、少しずつ違う細部が付いていく——有名人の吃音の話は、こういう形で広まります。総説自身が「逸話として」と断り、「治療」に引用符を付けているのは、この話を方法として一般化しないためです。同じ一覧が、演技で吃音が「治った」という報道を本人が否定している俳優の例を載せているのも、同じ理由からです。マリリン・モンローの「息の多い声は吃音のせい」という説が伝聞の形で広まったことは、マリリン・モンローの吃音の記事で扱っています。
「ブルース・ウィリスもその一人」——名前を知って、劇団に入った当事者
この人の名前は、日本の当事者の文章にも出てきます。演劇で吃音が変わった俳優がいると知り、自分も劇団に入った大学生が、その6か月を振り返って書いた投稿です。書き出しに、名前が置かれています。
吃音当事者の佐藤じゅんきさん本人の声(個人ブログ note。名古屋の大学4年生と本人が書いている。演劇に6か月間参加したあとの投稿)
演劇で吃音を克服した、女優、俳優がいる。ブルース・ウィリスもその一人。
そのため、吃音を治すために演劇に挑戦した。
結果は6ヶ月間頑張ったが、治る気配がせず退団をした。
しかし学んだことは多くあります。
この人は、高校の国語の音読の時間に思い通りに言葉が出ず、クラスの人に笑われたりバカにされたりしてきた、と書いています。周りの人に吃音のことを伝える勇気が、それまでは無かった。劇団では違いました。初めてのレッスンのときに、勇気をもって吃音のことを劇団員たちに伝えた。すると、理解してくれ、頑張れと皆が応援してくれた。9歳年上の男性との二人芝居の稽古で、その日は症状がひどく、19時に始まって21時に終わる予定が、23時前になるほどセリフが出なかった。「セリフは飛ばしてください」と申し出ると、相手役は「いつまでも待つよ。言い終わるまで待つよ」と答え、もう一人の劇団員は23時まで二人の演技を見続けた。その視線は好奇心ではなく、頑張れと背中を押すものだった——家に帰ってベッドで涙を流した、とあります。6か月で退団し、投稿に残されたのは、舞台で出なくなったという話ではなく、「勇気をもって、自分の障害を伝えることができれば、周りの人たちの対応が変わる」というメッセージでした。自分から吃音を伝えることが相手の受け止めをどう変えるかは、研究の側でも調べられてきました。
出典: 吃音症の私が、演劇に6ヶ月間チャレンジして学んだこと(note)(台帳: V0487)
自分から「吃音がある」と相手に伝えることを、研究では自己開示と呼びます。2026年に出た系統的レビューは、自己開示を、吃音のある人が自分に吃音があることを自分から相手に伝えることと定義しています。条件を満たした量的研究は18件で、全体として好意的な影響が示されたのは18件のうち15件でした。伝え方を比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない伝え方のほうが、謝る言い方や伝えない場合よりも好意的に受け取られていて、13件のうち12件にのぼります。レビューの結論は、謝らない形の自己開示が、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担(研究の言葉ではステレオタイプ脅威)をやわらげるのを支持する、というものです。この人が劇団で最初にしたのは、まさにこの「伝える」でした。数字を図にしたものは吃音の有名人の記事に置いてあります。
ただし、レビューが集めたのは、話し手と、それを見聞きした相手の側の指標で測った研究で、伝える場面や年齢による違いは、そもそも調べた研究が少ないともレビューは書いています。劇団という場でこの人に起きたことが、どの職場や教室でも同じように起きるとまでは言えません。それでも、英国の一覧が引いた式典での言葉——誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと、あなたがのけ者になることは決してないのだから——と、この投稿の「伝えることができれば、周りの人たちの対応が変わる」は、舞台の話を介さずに、同じ方向を向いています。有名人の名前が当事者に与えるものは、舞台で出なくなるという話の外にもありました。
「舞台では出ない」を、研究は何と呼んでいるか——条件であって、治療ではない
この記事にたどり着いた方の多くが、いちばん確かめたいのはここだと思います。結論を先に書くと、演じるときにどもらないのはこの人に固有の話ではなく、研究が名前を付けて整理している現象です。ただし、その場で起きる条件であって、治療ではありません。
脳の回路を扱った2014年の総説は、その場でなめらかに話せるようになる条件(流暢性誘発条件)として、声をそろえて話したり読んだりすること、メトロノームに合わせて話すこと、外国語のなまり・役割演技・演技のような、いつもの自分の話し方から離れた発話(自動化されていない発話)、ホワイトノイズ、そして歌うことを挙げています。舞台の台詞は、このうち「演技」の条件に当たります。同じ総説は、話している自分の声の聞こえ方を遅らせたり変えたりする方法が、吃音のある人に一時的に流暢さをもたらしうるとも書き、こうした条件で改善することは、問題が声帯や末梢の神経ではなく、話す動きを組み立てる水準で脳の側にあることを示唆する、と解釈しています。
日本吃音・流暢性障害学会の解説も、同じ現象を吃音の特徴として挙げています。状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりし、歌を歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに、一時的ですが流暢になる人が多い、と。「一時的ですが」という一言が、この記事でいちばん大切なところです。同じ解説は、調子の良い状態や悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、この変動を「波」と呼ぶ、とも書いています。
実際に同じ人の中で場面を比べた研究もあります。吃音のある成人とパーキンソン病のある成人の発話を比べた2018年の研究では、どちらの群でも、吃音らしい詰まりは一人で話す独話と一人での音読で多く、検査者と声をそろえて読む条件(斉読)では大きく減っていました。吃音のない対照群では、課題による差はありませんでした。同じ論文は導入で、歌うこと・声をそろえて話すこと・ささやくこと・聞こえ方を変えること・同じ文章を繰り返し読むことといった条件で、子どものころから始まる吃音では詰まりがすぐ減るのに対し、後から起きた神経原性の吃音では同じ減り方は観察されていない、とこれまでの報告をまとめています。この一文は、その論文自身が測った結果ではなく先行研究の要約です。それでも、「その場ですぐ減る」という性質と「条件を外せば戻る」という性質が対になっていることは、この一覧から読み取れます。
なぜそうなるのかは、まだ推し量られている段階です。2004年の総説は、声をそろえて読むこと・歌うこと・メトロノームに合わせて読むことに共通するのは外からの合図があることだとし、その合図が聞こえの経路から発話を作る系に入って、ずれた活動を同期し直す「外部のペースメーカー」として働くのではないか、と論じています。2024年の総説は、話すときには出るのに歌うときには出ないのはなぜか、伝える相手がいる場面では出るのに独り言では出ないのはなぜか、という問いを、まだ解けていない三つの謎の中に数えています。仕組みそのものは、吃音のメカニズムと吃音と歌の記事が正面から扱っています。
ここで、この人の逸話に戻ります。総説が「治療」に引用符を付け、「逸話として」と断ったのは、舞台で出なかったという体験が、条件の話であって治療の話ではないからです。同じ一覧に載っている別の俳優は、自分以外の役を演じるときには吃音が消える、それが今の職業を選んだきっかけの一つかもしれない、という趣旨のことを語っています。演技で吃音が「治った」とよく報じられることについて、本人が「聞こえはいいけれど本当ではない。自分はこれからもずっと吃音のある人間だ」という趣旨で否定している俳優もいます。子どものころに吃音があり、今も「G」「B」「T」「P」「S」の日がある、自分は今も吃音のある人間だ、とスピーチで語った俳優も、同じ一覧に載っています。舞台で出ないことと、無くなったことは、同じではありません。人前で話す仕事をしている日本の当事者の言葉は、吃音症の芸人と吃音のアイドルの記事にまとめてあります。
名前を知ったあとに、相談できる場所
有名人の名前は入口にはなりますが、その先の困りごとには答えません。この記事に登場した当事者は、劇団に6か月通って退団しました。同じことを試すかどうかより先に、相談先を置いておきます。日本吃音・流暢性障害学会の解説は、本人が吃音の治療を希望する場合、言語聴覚士(ことばの専門職)による発話訓練を受けるという選択肢があり、発話訓練だけで症状が改善しない場合や吃音に対する不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともある、としています。子どもについては、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談することを勧めています。
同じ立場の人と会う場もあります。学会の解説は、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもあるとし、日本には当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、互いに援助し合うことを活動の中心とする自助団体がいくつもあると説明しています。この記事の紹介文を載せている日本吃音臨床研究会も、そうした団体の一つです。式典で「あなたがのけ者になることは決してない」と語られた場も、吃音のある人の集まりでした。
学校や職場での困りごとには、制度の側の手当てもあります。学会の解説は、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長といった配慮——法律の言葉では「合理的配慮」といいます——を求めることができるとし、その際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があると書いています。この記事の当事者が高校の音読で経験したようなからかいについて、同じ解説は、吃音の症状をからかわれるなどのいやな経験をすると、人と接する場面で強い不安が続く状態(社交不安症)やうつなどの心理的な問題を生じることもある、と書いています。
次のようなときは、様子を見るだけにせず、相談を考えてみてください(当てはまらなくても相談して構いません)。
- 有名人の話を読んで「あの人にできたのだから」と自分や子どもを追い込み、かえって話す場面がつらくなっている
- 舞台や発表では出ないのに、電話や自己紹介など普段の場面で出ることが続き、周りに「もう治った」と受け取られて説明できずにいる
- 音読や発表でからかわれる場面が続き、話すことを避け始めている
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。3つめの「からかいの経験」は、学会の解説が心理的な問題につながりうるとしている場面にもとづいています。
「ブルース・ウィリスも吃音だった」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「演技で治った」を、本人の言葉として広める
本人の言葉として残っているのは、「言葉を記憶すると、どもらないことに気付いた」という舞台での気付きと、式典での「誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと」という助言です。米国の一覧の「演技が助けになったと感じた」は団体の要約であり、「生徒会長に立候補した」「8歳で始まった」は、日本の紹介文と研究者の総説がそれぞれ足した細部です。語り手が変わるたびに細部が付いていく話を、本人の言葉として一つにまとめてしまうと、本人が言っていないことを本人に言わせることになります。
落とし穴2 − 一覧に名前があることを、「無くなった」証拠にする
舞台の台詞は、研究が整理している「その場でなめらかに話せる条件」の一つです。学会の解説も、状況によって出方が変わり、その流暢さは一時的だと書いています。同じ一覧には、演技で「治った」という報道を本人が否定している俳優や、今も特定の音の日があると語る俳優が載っています。画面や舞台の中で出ていないことは、無かったことの証拠にはなりません。症状の重さは同じ人の中でも日・週・月の単位で揺れ、見え方や聞こえ方は性格や社会的な場面によっても変わる、と2024年の総説は書いています。
落とし穴3 − 「同じ方法で」と、自分や子どもに当てはめる
この記事の当事者は、名前を知って劇団に入り、6か月で退団しました。投稿に残ったのは舞台で出なくなった話ではなく、伝えることで周りの対応が変わったという経験でした。総説が「治療」に引用符を付けたとおり、舞台で出ないことは条件の話であって、方法として確かめられたものではありません。自分から明かすことの研究も、伝える場面や年齢による違いはまだ調べた研究が少ないとしています。有名人の逸話は入口として受け取り、その先は本人の場面に合わせて考える——それが、この投稿から読める使い方です。
そのうえで、有名人の話を読んで自分や子どもの吃音が気になったなら、記録を残しておくと役に立ちます。どの場面で出やすかったか、どの場面では楽だったかを書き留めておくと、相談のときに状態を説明しやすくなります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
ブルース・ウィリスには、本当に吃音があったのですか?
米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA という吃音の支援団体が公開している著名人の一覧の両方に、名前が載っています。米国の一覧は GQ 誌のインタビューで本人が「演技が吃音を乗り越える助けになったと感じた」と述べたと書き、英国の一覧は American Institute for Stuttering の式典で表彰されたときのスピーチを引いています。この記事は、本人の言葉と一覧に書かれた範囲だけを扱い、吃音の程度やその後の経過は判定していません。
本人は、吃音について何と言っていますか?
GQ 誌のインタビューをもとにした日本語の記事では、高校のころ舞台をやり、言葉を記憶するとどもらないことに気付いた、という趣旨のことを語っています。米国の一覧は同じインタビューを「演技が吃音を乗り越える助けになったと感じた」と要約しています。英国の一覧が引いた式典でのスピーチでは、「この部屋にいる人たちへの私の助言は、誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと。あなたがのけ者になることは決してないのだから」という趣旨のことを、会場の吃音のある人たちに向けて語っています。
舞台や演技のときにどもらないのは、なぜですか?
役割演技や演技のような、いつもの自分の話し方から離れた発話は、声をそろえて読むこと・歌うことと並んで、その場でなめらかに話せるようになる条件として研究が整理しています。学会の解説も、状況によって症状が出やすくなったり出にくくなったりし、そのときの流暢さは一時的だと書いています。外からの合図が発話のリズムを整える「外部のペースメーカー」として働くという説明が提案されていますが、なぜ歌や独り言では出ないのかは、まだ解けていない謎として数えられています。
同じように演劇をすれば、吃音は治りますか?
舞台で出ないのは、その場で起きる条件であって、治療ではありません。吃音の原因を扱った総説は、この人の話を「逸話として」と断り、有名人が人前に出ることで吃音を「治療」したという表現に引用符を付けています。演技で「治った」という報道を本人が否定している俳優もいます。この記事に登場した日本の当事者は、名前を知って劇団に入り、6か月で退団しています。治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練という選択肢があります。
吃音のある有名人は、ほかにどんな人がいますか?
米国と英国の支援団体の一覧に、俳優・歌手・政治家などの区分で多くの名前が本人の言葉つきで並んでいます。英国の一覧は、裏づけになる情報源が見つからない人物には名前の横に疑問符を付けています。一覧の読み方は吃音の有名人、マリリン・モンローはマリリン・モンローの吃音、人前で話す仕事をしている当事者の言葉は吃音症の芸人と吃音のアイドル、音楽家は吃音と歌の記事にまとめてあります。
まとめ
- ブルース・ウィリスの名前は、米国と英国の吃音支援団体の一覧の両方に載っている。本人の言葉として残っているのは、高校の舞台で「言葉を記憶すると、どもらないことに気付いた」という気付きと、式典での「誰にも自分をのけ者だと感じさせないこと」という助言。
- 「演技が助けになったと感じた」は団体の要約、「生徒会長」「自信を得て俳優に」は日本の紹介文、「8歳で始まった」は研究者の総説が、それぞれ足した細部。語り手が変わるたびに細部が付いていくのが、有名人の吃音の話の広まり方。
- 演じるときに出ないのは、この人に固有の話ではなく、役割演技・演技・声をそろえて読むこと・歌うことと並ぶ、その場でなめらかに話せる条件として整理されている。学会の解説も、状況で出方が変わり、その流暢さは一時的だとしている。総説はこの逸話を「逸話として」と断り、「治療」に引用符を付けている。
- 同じ一覧には、演技で「治った」という報道を本人が否定している俳優や、今も特定の音の日があると語る俳優がいる。症状は同じ人の中でも日・週・月で揺れる。舞台で出ないことは、無くなったことの証拠ではない。
- 名前を知って劇団に入った日本の当事者が持ち帰ったのは、舞台で出なくなった話ではなく、伝えることで周りの対応が変わったという経験だった。自分から明かすことは18件中15件の研究で好意的な影響が示されている。相談先は言語聴覚士・ことばの教室・自助団体。
