まず結論から
- 吃音に強い遺伝の関与があることは、家系研究・双生児研究が繰り返し支持しています。
- それでも、幼児期に吃音が出た子の多くは自然に回復します。就学前に追跡を始めた研究について、原典は自然回復率を68〜96%という幅で報告しています。
- 家族に吃音のある人がいる子は、いない子より吃音が持続しやすく、その比は1.89倍(95%信頼区間 1.27〜2.82)と報告されています。
- ただし家族歴は、持続と関わることが確かめられた7つの手がかりの一つです。
- 「遺伝率」は、集団の中のばらつきのうち遺伝要因で説明される割合です。したがって、特定の一人が発症する確率でも、治る確率でもありません。
ただし、これは「必ず治る」という意味でも「絶対に治らない」という意味でもありません。続く子どももいますし、続いた場合も、ことばの教室や言語聴覚士の適切な指導・支援を受けることで、日常生活にそれほど大きな支障なく過ごせるようになることが多いとされています。
「遺伝率7割」を見て、自分のせいだと思ってしまう
吃音の遺伝を調べていくと、必ず「遺伝率」という数字に行き当たります。そして多くの人が、その数字を自分の責任の大きさとして受け取ってしまいます。
当事者で、娘にも吃音がある母の声(ライター・こくみん共済 coop の当事者エッセイ)
私の娘(次女)も、少し吃音があります。
国語の本読みができません。人前で発表すると声が出せなくなります。
吃音は7割が遺伝子要因だと言われているので、おそらく私の遺伝だと思います。
吃音のある本人であり、娘にも吃音がある母親が、自分のエッセイの終わりにこう書き添えています。「7割が遺伝子要因」という数字を目にして、それを「おそらく私の遺伝」という自分への帰属に結び直す——この読み替えは、遺伝の情報に触れた保護者が最も踏みやすい段差です。ただ、研究が出している「遺伝率」は、集団全体のばらつきを説明するための数字です。
出典: うまく言葉が出ない『吃音(吃音症)』とは〜"知ること"で救われる「たすけあい」(こくみん共済 coop「ENJOY たすけあい JOURNAL」)(台帳: V0026)
ここで、「遺伝率」がそもそもどういう数字なのかを、身近な例で確かめておきます。
クラスの身長でいえば、遺伝率は「みんなの身長がバラバラなのは、どれくらい生まれつきの差のせいか」を表す数字です。「この子が何cmになるか」も「背が高いのは親のどちらのせいか」も、この数字は答えていません。吃音の遺伝率も、これと同じ種類の数字です。
そのうえで、資料によって遺伝率の数字が大きく違って見えるのはなぜでしょうか。理由は単純で、同じ「遺伝率」という言葉が、違う集団の・違う測り方の数字に使われているからです。
双生児を集めた研究、症例を臨床で確認したうえで対照群と比べた研究、そして自己申告をもとにした大規模なゲノム研究——この3つは、同じ「遺伝率」という言葉を使いながら、大きく違う数字を出します。下の図は、その3つを並べたものです。
一番上と一番下では、10倍近く違って見えます。しかしこれは、どちらの数字も正しく、測ったものが違うというだけです。どんな人を集めたのか、遺伝の影響すべてを数えたのかよくある変異だけを数えたのか、そして有病率をいくつと仮定したのかが違うのです。いちばん下の研究は、有病率を10%と仮定した推定であること、欧州系に限った値であること、吃音の有無が自己申告であることを自ら明記しています。なお2行目の研究は、自らの観測尺度での遺伝率(0.791)は双生児研究の値と近いとも述べています。
だからこそ、「遺伝率7割」を「うちの子が7割の確率で吃音になる」「7割は治らない」と読むのは、指標の取り違えになります。
「子どもに遺伝したらどうしよう」——家族歴があると治りにくいのか
当事者が親になるとき、あるいはこれから親になろうとするとき、この不安は繰り返し立ち上がります。当事者の集まりでも、よく出る話題だといいます。
当事者の声(都内の会社員/自助グループを運営し、吃音などのある親の交流会を主催。聞き手も吃音当事者のインタビュー記事)
——お子さんにはどんな姿を、と思いますか?
hiroさん:どうだろう。参加された方の中には小原さんと同じように「子どもにうつるんじゃないか、遺伝したらどうしよう」っていうのは結構ありましたけど。
――子どもが自分の喋り方をどう思うだろうか、とかも?
hiroさん:ありましたね。「子どもの前ではあんまりどもりたくない」っていう方も…。
――hiroさんはどうですか?
hiroさん:僕もできるなら、あんまりどもりたくないですね。
吃音などのある親の交流会を開いている当事者が、聞き手(この記事を書いた人自身も吃音当事者です)の質問に答えています。「子どもにうつるんじゃないか」という言い方には、遺伝という言葉が持つ独特の重さがそのまま出ています。では、実際に家族歴があると吃音は治りにくいのか。研究参加時に6歳未満だった子どもを24か月以上追いかけた前向きコホート研究を統合したメタ分析が、この問いに正面から答えています。
出典: 「吃音をなくすことより、"吃音だからこそ"の出会いや経験を大切にしたい」吃音当事者として情報発信するhiroさんの歩み(soar)(台帳: V0032)
まず、家族歴は確かに関係します。吃音の家族歴がある子どもは、ない子どもに比べて吃音が持続しやすく、その比は1.89倍(95%信頼区間 1.27〜2.82)です。
ただし、このメタ分析が最も丁寧にやっているのは、持続と関連する特徴を「根拠が確立したもの」と「根拠が不十分なもの」に仕分けたことです。確立した側に入ったのは7つで、家族歴はそのうちの1つに過ぎません。
もう一つ、押さえておきたい結果があります。家族歴を「持続した人がいる家族歴」「回復した人がいる家族歴」に分けて調べたモデルでは、どちらも統計的な差は検出されず、研究間のばらつきも大きいものでした。ただしこれは「差がない」ことが確かめられた、という意味ではありません。原典の一覧表で「根拠が不十分」に挙げられているのは「持続した人がいる家族歴」のほうだけで、「回復した人がいる家族歴」はどちらの区分にも入っていません。つまり、親が長く吃音と付き合ってきたからその子も同じ経過をたどる、と言えるだけの材料も、言えないと言い切れるだけの材料も、いまのところ揃っていません。
当事者が親になるとき、迷いをどう置くか
数字が出そろっても、決めるのは一人ひとりです。その迷いをそのまま書き残している人がいます。
当事者の声(49歳・デザインスクール代表/個人ブログ)
そんな私も無事結婚できたわけですが、
「子どもができた時に吃音が遺伝しないのか?」
が不安でした。
自分と同じく余計な苦労をするかもしれない子を生んでいいのか。
「自分は親に生んでもらって育ててもらったことを後悔しているか?」
と考えたときには感謝しかない。
そんな気持ちが背中を押してくれますが、それはたまたまそうなのかもしれない。
幼少期から吃音があり、電話や自己紹介を避けてきた男性が、結婚と出産を前に抱えた迷いをこう書いています。最後の一行で、自分の納得を一般化せずに留保しているところに、この人自身の慎重さが出ています。数字の側から言えるのは、家族歴が持続の確率を動かすことと、それでも多くの子どもが回復していくことの両方です。
出典: 私の吃音克服法(note)(台帳: V0015)
「吃音は男性に多い」という話も、この文脈で意味が変わります。成人で男女比に大きな偏りがあることは古くから言われてきましたが、これは原典が背景として先行研究を引いた数字なので、ここでは触れるにとどめます。原典自身が示しているのは、発症したばかりの幼い子どもでは男女の比がもっと小さく、年齢が低いほど小さくなることです。原典は、回復のしやすさに男女差があることを示唆するとしたうえで、さらなる研究が必要だと述べています。実際メタ分析でも、男児のほうが持続しやすく、その比は1.48倍(95%信頼区間 1.10〜2.00)と報告されています。
脳の側からも、回復にともなう変化が報告されています。3〜12歳の子どもを最長4年・年1回のMRIで追った縦断研究では、のちに回復した子どもで白質の体積が対照群より速く増える経過が見られ、早い時期の構造の違いが正常化したか、あるいは代償されたことを示唆すると解釈されています。ただし原典自身が、正常化なのか代償なのかは判定できていないこと、代償は完全ではないことを断っています。さらに、回復した子どもは23人と少なく、この結果は慎重に解釈する必要があり、今後より大きな研究で確かめられる必要があるとも明記しています。
いつごろ、どのくらい回復するのか
回復の割合は、研究によって数字に大きな幅があります。原典のレビューは、就学前に参加を始めた研究について自然回復率は68%から96%の範囲だと述べています。個々の研究を見ると、低いほうは68%、高いほうは94%までばらついています。吃音の専門機関の資料も、吃音のある幼児の少なくとも半数は、特別な指導や支援がなくても小学校に入るころまでに吃音の問題が見られなくなるとしています。
裏を返せば、続く子どもは研究によって数%から3割ほどになります。原典自身は、発症率と有病率から逆算した持続率を11.7%としています。だからこそ、就学が近づいても続いている、体の緊張を伴う重い吃音があるといったときは、様子見だけにせず相談する方が安心です。持続しやすさの手がかりとしては、家族歴・男児であること・発症した年齢が遅いこと(この3つは保護者への聞き取りで分かります)と、音を正しく出す力・吃音らしい非流暢性の頻度・聞いて理解する力・話して伝える力(こちらは検査と発話サンプルの分析で調べます)が挙げられています。
なお同じメタ分析は、評価の場面では重症度の評定だけよりも、どんな非流暢性がどのくらい出ているかを分析するほうが予後の手がかりになりうる、としています。「重く見えるかどうか」と「続くかどうか」は、同じではないということです。
自然に治らなかった場合も、支援で楽になる
「うちの子は続いているかもしれない」というときも、道が閉ざされるわけではありません。小学校に入っても吃音が引き続き見られる子どもでも、ことばの教室や言語聴覚士の適切な指導・支援を受けることで、多くの場合、身体の緊張を伴う重い吃音があまり見られなくなったり、緊張をうまくコントロールしながら話す方法を身につけたりして、日常生活の中でそれほど大きな支障なく過ごせるようになるとされています。
思春期の中学・高校の時期や、就職活動の時期に、あらためて話しにくさで悩んだり不安を感じたりする場合もあります。しかし多くは、こうした時期を乗り越えるなかで、吃音への不安や悩みが再び軽減し、言語症状も徐々に軽快していくと考えられています。「治る」を白か黒かで考えるより、「今より楽に過ごせる状態を、支援と一緒につくっていく」と捉える方が現実に近いといえます。
相談先として名前が挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けの「ことばの教室」と言語聴覚士です。次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 就学が近づいても吃音が続いている
- 身体の緊張を伴う重い吃音(言葉が出ずに間があく難発など)が目立ってきた
- 本人が話しにくさを気にして、話すことを避け始めている
この3つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお家族歴・男児であること・発症年齢が遅いことは、持続しやすさの手がかりとして挙げられているものであって、相談時期の基準ではありません。
「遺伝だから」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 遺伝率の数字を「発症する確率」「治る確率」と読む
遺伝率は集団のばらつきの説明指標で、個人の発症や回復の確率ではありません。しかも推定値そのものが、集めた人と測り方によって大きく動きます。冒頭の図1で見たとおり、これは「クラスのばらつきの説明」であって、一人の見通しではありません。一つの数字を取り出して将来を決めつける読み方は、成り立ちません。
落とし穴2 − 「親が治らなかったから、この子も治らない」と考える
家族歴は持続の確率を上げますが、家族が持続型か回復型かで分けたモデルでは、どちらも統計的な差は検出されませんでした。原典の一覧表で「根拠が不十分」に挙げられているのは「持続した人がいる家族歴」のほうだけで、「回復した人がいる家族歴」はどちらの区分にも入っていません。「だから同じ経過をたどる」とも「だから関係ない」とも、いまのデータからは言えません。親の経過をそのまま子どもの見通しに読み替える根拠は無い、というところまでが確かなことです。
落とし穴3 − 情報も記録もないまま一人で抱え込む
ネットの断片的な数値だけで判断せず、公的資料や専門家に当たるのが近道です。特に評価では、重症度の印象より、どんな非流暢性がどのくらい出ているかの記録が役に立つとされています。経過を見返せるように、日々の様子(どんな場面で出やすいか、どのくらい続いているか)を書き留めておくと、相談のときにも役立ちます。
まずは気づいたことを書き留めておくことから小さく始め、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
吃音は遺伝しますか?
家系研究・双生児研究は、吃音に強い遺伝の関与があることを支持しています。ただし100万人規模の解析は、遺伝リスクは多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なもので、一つ一つの効果は小さいか中程度だと結論づけています。多くの遺伝子が少しずつ関わる、という描像です。
「遺伝率が高い」と聞きました。うちの子は必ず発症し、治らないのですか?
そうは読めません。遺伝率は集団のばらつきを遺伝の違いがどれだけ説明するかを示す指標であって、特定の個人が発症する確率や治る確率ではありません(指標の定義です)。推定値そのものも、どんな人を集めてどこまでを数えるか、有病率をいくつと仮定するかによって10倍近く動きます。
親に吃音があると、子どもの吃音は治りにくいのですか?
家族歴のある子は、ない子より持続しやすいと報告されています(1.89倍)。ただし家族歴は、持続との関連が確かめられた7つの手がかりのうちの1つです。家族が持続型か回復型かで分けた分析では差は検出されず、原典の一覧表が「根拠が不十分」に挙げているのは「持続した人がいる家族歴」のほうだけです(「回復した人がいる家族歴」はどちらの区分にも入っていません)。
遺伝性の吃音でも、自然に治ることはありますか?
就学前に追跡を始めた研究について、原典は自然回復率を68%から96%の範囲だと述べています。吃音の専門機関の資料も、幼児の少なくとも半数は小学校に入るころまでに吃音の問題が見られなくなるとしています。回復した子どもで脳の白質が対照群より速く増えるという報告もありますが、回復した子どもは23人と少なく、原典自身が慎重な解釈と追試の必要を求めています。
もし自然に治らなかったら、どうすればいいですか?
ことばの教室や言語聴覚士の指導・支援を受けることで、多くの場合、重い吃音が和らいだり、緊張をコントロールしながら話す方法を身につけたりして、日常生活にそれほど大きな支障なく過ごせるようになるとされています。思春期や就職活動の時期に悩みが戻ることもありますが、多くはその時期を越えるなかで軽快していくと考えられています。
まとめ
- 吃音に強い遺伝の関与があることは家系・双生児研究が支持しているが、100万人規模の解析は「多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なもの」と結論づけている。
- 「遺伝率」の数字が資料で食い違うのは、集めた人・測り方・仮定した有病率が違うから。同じ言葉で10倍近く違う値が並ぶ。いずれも個人の発症・回復の確率ではない。
- 家族歴は持続の確率を上げる(1.89倍)が、持続と関連する確立した手がかりは7つあり、家族歴はその1つ。
- 就学前に追跡を始めた研究について、原典は自然回復率を68〜96%の幅で報告している。回復にともなう脳の変化も示唆されているが、回復群は23人と少なく原典自身が追試を求めている。
- 自然に治らない場合も、ことばの教室や言語聴覚士の支援で日常生活の支障を減らせることが多い。心配なら様子見だけにせず相談を。
