まず結論から
- 吃音は厳密には病気そのものではなく症状で、音や音節の繰り返し・引き伸ばしが自分の意志と関わりなく起き、自分では止めにくく、恐れや恥ずかしさ、いらだちといった感情を伴うと整理されています。
- 歌うとき、声をそろえて読むとき、メトロノームに合わせて読むときには、吃音の頻度がその場ですぐ、はっきり下がることが知られています。
- その仕組みとして、外から来る信号——一緒に読む人の声、歌の音楽、メトロノームの音——が「外からのペースメーカー」として働くという説明が示されています。
- ただしこれらは、その場で流暢になる条件としての観察と説明です。総説がここで書いているのは頻度がすぐ下がるという事実と、その仕組みの候補までです。
- 著名人の一覧を公開している英国の団体は、裏づけとなる資料が見つからない名前には疑問符を付けています。米国の団体も、政治指導者・公職者という区分で名前を並べています。
ただし、この記事は田中角栄という個人を診断するものではありません。本サイトが書けるのは「誰が、どこで、そう書き残しているか」までで、故人の状態の程度を後から判定することはできません。話すことを職業にした当事者自身が、手記の冒頭で「吃音が治らない」「以来、50年間はずっとどもっている」と書き、紹介した会の代表も最後にみつけたのは「どもりは治らない」「どもりが治らなくても生きていける」だと述べています。一人の逸話を、そのまま自分や家族の見通しに読み替えることはできません。
本当に吃音があったのか——本人が自伝に書いている
名前と逸話だけが並ぶページを何枚めくっても、「誰がそう言っているのか」はなかなか出てきません。けれども、この人の場合は本人が書いたものが残っています。
自伝『わたくしの少年時代』(1973年・講談社)の一節を、日本吃音臨床研究会の代表が「著名人語録」として原文のまま紹介しています。
田中角栄(元内閣総理大臣・故人)。自伝『わたくしの少年時代』1973年・講談社からの引用(吃音の自助グループを立ち上げた当事者が、著名人の語録として原文のまま紹介したもの)
どもりとは、まったくきみょうなものだ。ねごとや、歌をうたうときや、妹や、目下の人と話すときにはどもらない。まして、かっているいぬやうまに話しかけるときは、ぜったいどもらない。が、目上の人と話すとき、ふしぎにどもる。緊張したり、せきこむと、ますますひどくなる。いくらどもりをなおす本を読んでもだめなもので、自分はどもりでないと、自分にいいきかせて自信をもつことがたいせつなのだ
並んでいるのは、どもらない場面の列挙です。寝言、歌、妹や目下の人との会話、飼っている犬や馬への語りかけ。そのあとに、どもる場面がひとつだけ置かれます——目上の人と話すとき。緊張したときやせき込んだときにひどくなる、という条件も添えられています。最後の一文は、どもりを直す本を読んでもだめだった、という経験と、そこから自分で引き出した結論です。診断書でも、あとから誰かが当てはめた見立てでもなく、本人が自分の言葉で場面を仕分けた記述がここに残っている、ということになります。吃音そのものは、厳密には病気ではなく症状として整理されており、音や音節の繰り返しや引き伸ばしが自分の意志と関わりなく起き、自分では止めにくいものだとされています。
出典: 吃音の著名人 その生き方から学ぶ(7)(伊藤伸二の吃音(どもり)相談室)(台帳: V0443)
吃音は、繰り返しや引き伸ばしが自分の意志と関わりなく、声に出る形でも声が出ないまま止まる形でも起きるものと定義されています。体の他の動きを伴ったり、恐れ・恥ずかしさ・いらだちといった感情を伴ったりすることも、同じ総説が書いています。
珍しいことでもありません。総説は、人口のおよそ1%にこの状態があるとし、米国で約300万人、世界で約5500万人と見積もっています。社会階層による偏りはないとも書かれています。一方で、多くの場合コミュニケーションが大きく損なわれ、暮らしや仕事の面で深刻な影響が出るとも述べられています。
言えなかった場面——習字の時間の「僕ではありません」
著名人の名前が挙がるとき、たいていは成功した場面が先に語られます。ところが、本人や家族や友人が吃音について触れている人だけを取り上げた、と冒頭で断っている自助グループの一覧は、この人について、まず言葉が出なかった場面から書き始めています。
田中角栄(元内閣総理大臣・故人)についての紹介文。自助グループの相談室サイトが「本人や家族や友人が吃音について触れている人だけに限った」と断ってまとめた、どもる著名人の一覧より
小学時代、習字の時間に墨をひっくり返したと疑われ、「僕ではありません」と言おうとしたが、顔が真っ赤になるだけで何も言えなかった。この悔しさから、その年の学芸会で、安宅の関の弁慶役をし、成功して自信を得た。後に小学校卒の総理大臣となり、豊臣秀吉をもじって「今太閤」と言われた。今も一部では人気の高い政治家。
疑われた小学生が、否定の一言を出せずにいる。書かれているのはそれだけで、そのあいだ何を思っていたかは書かれていません。この一覧は歴史上の人物については文献その他で記録として残っている人だけを取り上げた、とも断っており、名前を集めること自体に線を引いています。言おうとした「僕ではありません」の「ぼ」は、語の頭にあたります。発達性吃音は、語や句の始め、長い語や意味の重い語、組み立てが複雑な文のときに目立つと整理されています。
出典: どもる著名人(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0446)
同じ文章を繰り返し読むと、吃音の頻度は下がっていき、しかも前と同じ音節で起こりやすいことも知られています。前者は「適応」、後者は「一貫性」と呼ばれています。つまり、詰まる場所はでたらめではなく、読み返せば減るという性質があるということです。
もうひとつ、この場面と関わる指摘があります。気持ちの高ぶりは、吃音を必ず悪くするとは限らず、かえって良くなる場合がある、というものです。総説はその例として、俳優のブルース・ウィリスが8歳で吃音が始まり、高校で演劇部に入ったところ観客の前では吃音が消えた、という話を挙げています。ただしその書き出しは「逸話として」であり、人前に出ることで吃音に「対処した」という語も、かぎ括弧に入れて書かれています。
学芸会の弁慶役——「節をつけて歌うように」
その学芸会について、本人が日本経済新聞「私の履歴書」に書いています。1966年2月、自民党幹事長だったときの連載です。香川言友会の会員が、この連載をまとめた第28集を図書館で借りて読み、本人の文章を引きながら紹介しています。
田中角栄(元内閣総理大臣・故人)の記述を、自助団体・香川言友会の会員が『私の履歴書 第28集』(1967年)から引用して紹介した文章(かぎ括弧の中が本人の文章)
学芸会で「弁慶安宅の席」をやる際、先生から「舞台監督をやれ」と言われ、「絶対にドモらないから劇に出してくれ」と頼み込んだそうです。その結果、弁慶役をもらえました。
「当日、幕が開いた(略)ドモリの田中がどんな弁慶をやるのかと、満場水を打ったような静けさである(略)節をつけて歌うよう切り出すと、自分でも驚くほどスラスラと最初のせりふが出てきた」。二つ工夫をしたようです。「せりふに節をつけ、歌うようにしゃべった」「劇に伴奏音楽をつけて、進行がリズムに乗るようにした」。そしてこう続けます。「弁慶役の成功が、どれほど私にドモリ克服の自信を与えてくれたかわからない」
先生から割り当てられたのは舞台監督で、そこへ本人から頼み込んで弁慶役を取りにいった、という順序になっています。幕が開いたときの客席の静けさは、「ドモリの田中がどんな弁慶をやるのか」という視線として書かれています。そして本人が挙げている工夫は二つ——せりふに節をつけて歌うようにしゃべること、劇に伴奏音楽をつけて進行がリズムに乗るようにすること。どちらも、声の出し方そのものではなく、話す速さを外側から決めてしまう仕掛けです。話すリズムをそろえること、声をそろえて読むことが吃音の頻度をその場で下げることは、研究の側でも早くから知られてきました。
出典: 吃音の本棚(香川言友会)(台帳: V0444)
総説が挙げているのは、自分の声の聞こえ方を変えること(遅れて聞かせる、周波数を変えて聞かせる)、声をそろえて読むこと、そして音節の長さをそろえた話し方です。これらは吃音の頻度をすぐに、はっきり下げると報告されています。そこから、聞こえの処理や、話すリズムを刻む働きに問題があるのではないかという疑いが生まれた、と総説は整理しています。
では、なぜ下がるのか。声をそろえて読むこと、歌うこと、メトロノームに合わせて読むこと——この三つに共通しているのは、外から来る信号があることです。一緒に読む人の声、歌の音楽、メトロノームの音がそれにあたります。総説は、これらの信号が聞こえの経路を通って発話をつくる仕組みに入り、つながりが断たれた場所を迂回して届くことで、ずれてしまった活動を同期し直せるのではないか、と論じています。そして、こう言い換えています——これらの外からの合図は、外からのペースメーカーとみなすことができる。
本人が書いている二つの工夫は、どちらも「外から拍が来る状態」を作るものです。ただし、総説がこの二つを名指しで検討しているわけではありません。歌と吃音の関係については吃音と音楽の記事で、決まった演目を節で運ぶ話し方については吃音の落語家の記事で、それぞれ詳しく扱っています。
「わしは浪花節で治した」——その一言が記録された場面
この人物と吃音を結びつける話で、いちばんよく目にするのが浪花節(浪曲)です。ところが、その言葉がどこで発せられたのかまで書いているページは、ほとんどありません。出どころのひとつは、当事者の自助グループの記録の中にあります。
1965年10月、吃音のある人たちのセルフヘルプ・グループ「言友会」が結成されました。会の活動を支えてもらおうと、大学2年で参加していた会員が、自民党幹事長だった本人との面会を取り付けます。1997年の読売新聞の連載に、そのときの場面が書き残されています。
田中角栄(元内閣総理大臣・故人)の言葉。目白の田中邸を訪ねた言友会の二人のうちの一人による記録(読売新聞1997年5月15日「吃音者宣言5 矯正から受容へ」)
田中も吃音者で、子供のころ、かなり、悩んだようだ。伊藤と村上が、東京・目白の田中邸を訪ねると田中は、例によって扇子をぱたぱたとさせていた。「わしは浪花節で治した。君らも頑張れ」と励ましてくれた。二人は、支援の額の多さに驚き、結局、辞退することにしたのだが…。
面会の目的は活動の後ろ盾を頼むことで、吃音の相談ではありませんでした。扇子を鳴らしながら掛けられた一言が、そのまま記録されています。ここで押さえておきたいのは、この場面を書き留めた側のその後です。同じ連載の同じ回で、この記録を書いた本人は、当時すでに「もうどもりは治らない」という確信めいたものを感じていたと書いており、会の活動はやがて「治す努力の否定」という言葉に行き着きます。つまり、浪花節の一言を残したのと同じ記録が、すぐそのあとで別の結論へ進んでいるということです。研究の側が書いているのも、歌や斉唱で吃音の頻度がその場ですぐ下がるという観察と、その仕組みの候補までです。
出典: 吃音者宣言5 矯正から受容へ 読売新聞 1997.5.15(伊藤伸二の吃音(どもり)相談室)(台帳: V0445)
総説が挙げている条件——声をそろえて読む、歌う、メトロノームに合わせる——は、いずれも「その場で頻度が下がる」ものとして並べられています。外からの合図が外からのペースメーカーとして働くという説明も、その場で何が起きているかについての説明です。日常の会話にその流暢さがどれだけ持ち越されるのかは、この総説が扱っている範囲の外にあります。
そして、人前で話すことを長く仕事にしてきた日本の当事者は、手記の冒頭にこう書いています。吃音が治らない。「ども金」と馬鹿にされた小学生時代。以来、50年間はずっとどもっている。その文章を紹介した会の代表も、自分たちが最後にみつけたのは「どもりは治らない」「どもりが治らなくても生きていける」だ、と述べています。この人の歩みは吃音の有名人の記事でも扱っています。
著名人の逸話は、どこまで確かめられているのか
名前と逸話が並ぶページは、たいてい出どころを示しません。これは日本語のページに限った話ではなく、だからこそ、一覧を出している団体の側が自分で線を引いています。
英国の STAMMA は、吃音のある著名人の一覧を分野ごとに公開しています。そのうえで、ネット上で吃音があると言われていても裏づけとなる資料が見つからない人物には、名前の横に疑問符を付けていると明記しています。ある音楽家について「父親の扱いのせいで兄弟が吃音になった」という伝記の記述に触れた箇所では、それを裏づける引用元が見つからないと断ったうえで、「親が吃音の原因になることはない」とはっきり書き添えています。
同じページの歴史上の人物の区分には、古代ギリシャの弁論家デモステネスが載っています。浜辺へ行き、口に小石を含んで波の音に負けじと叫んだ、という有名な話です。ただしその書き方は「そう言われている(supposedly)」で、事実として断定してはいません。同じ区分には、英国王ジョージ6世、暗号解読で知られるアラン・チューリング、進化論のチャールズ・ダーウィンらも並びます。ダーウィンについては、父も叔父も祖父も、そして3歳の息子も吃音があったと書かれています。
米国の Stuttering Foundation も、俳優・歌手・エンターテイナー・スポーツ選手といった分野別の一覧を公開しており、政治指導者・公職者という区分も設けています。
研究の側の総説にも、著名人の話は出てきます。ウィンストン・チャーチルは、すべての演説を完璧になるまで練習し、想定される質問や批判への答えまで用意して吃音を避けた、という記述です。ただし先ほどの英国の一覧では、そのチャーチルの名前にも疑問符が付いています。同じ人物について、書いているものが食い違うということが実際に起きます。この食い違いそのものはチャーチルは吃音だったのかの記事で詳しく扱っています。
もうひとつ、逸話を読むときに知っておくと役立つのが、原因の説明がどれだけ入れ替わってきたかです。古代ギリシャでは舌の乾きが原因とされました。19世紀には発声器官の異常が原因と考えられ、大がかりな外科手術による治療が行われて、傷や別の障害を残すこともありました。舌に重りを付ける器具や、口に入れる装具も使われています。20世紀に入ると、今度は主に心の問題と考えられ、精神分析的な方法や行動療法が用いられました。しかし、性格の特徴や親子のやりとりを調べた研究では、吃音と一貫して結びつく心理的なパターンは見つかりませんでした。
つまり「当時いちばんもっともらしかった説明」は、そのつど入れ替わってきました。ある時代の人が自分の吃音をどう説明したかは、その人が本当に書いたことである一方で、その時代の説明の枠組みの中での言い方でもあります。
話す仕事と吃音について、いま研究が測っていること
人前で話す仕事に就いた人の話は、「治ったから就けた」という筋書きで語られがちです。けれども、いま研究が正面から測っているのは、治ったかどうかではなく、伝えるかどうかのほうです。
自分に吃音があることを相手に自分から伝えることを、研究では自己開示と呼びます。その効果は30年ほど調べられてきました。2023年10月までに発表された研究を集めた系統的レビュー(同じ問いを扱った研究を決まった手順で集めて要約したもの)は、条件を満たした量的研究18件を取り上げ、全体として好意的な影響が示されたのは18件中15件(83.3%)だったと報告しています。伝え方を条件として比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない伝え方は、謝る言い方や、まったく伝えない場合よりも好意的に受け取られており、これは13件中12件(92.3%)でした。
ただしこのレビューは、限界もはっきり書いています。性別による効果は研究によってまちまちで、どの場面で伝えるか、話し手や聞き手の年齢、吃音の頻度や重さ、聞き手が吃音のある人と知り合いかどうかについては、そもそも調べた研究が少ない、というものです。
就職の面接を模した実験もあります。参加者は、吃音のある応募者とない応募者の面接動画を見て評価しました。結果は、あらかじめ伝えなかったときには吃音のある応募者のほうが低く評価されたのに対し、面接の冒頭でそのことを伝えたときには、吃音のある応募者とない応募者の評価に差がなかった、というものです。論文は、面接のように評価される場面を控えた人へ専門家がどんな助言をできるかに関わる結果だと述べています。
なぜ効くのかについては、直接調べた研究がほとんどありません。挙げられている説は二つで、ひとつは、自分の障害や制約を率直に認める人はよく適応していて心理的に健康だと見られる、というもの。もうひとつは、障害のある人と接するときに相手の頭を占めてしまう「何を言えばいいのか分からない」という堂々巡りから、先に伝えることが相手を解放する(場をほぐす)のではないか、というものです。
相談先として名前が挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けの「ことばの教室」と言語聴覚士です。次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話しにくさを気にして、話す場面そのものを避け始めている
- 声が出ないまま言葉が止まる状態が増え、体の緊張を伴うようになってきた
- 就職・進学の面接など、期限のある場面が近づいて不安が強い
この3つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
この話を読むときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 「浪花節で治した」を方法として受け取る
本人が自助グループの二人に掛けた励ましの言葉は、そのまま記録に残っています。ただし、それは面会の場での一言であって、経過を測ったものではありません。研究の側が示しているのは、歌うこと・声をそろえて読むこと・メトロノームに合わせることで吃音の頻度がその場ですぐ下がるという観察と、外からの合図が外からのペースメーカーとして働くという仕組みの候補までです。日常の会話にどれだけ持ち越されるかは、そこには書かれていません。
落とし穴2 − 名前が挙がっている=裏が取れている、と考える
一覧を出している側のほうが慎重です。英国の団体は、裏づけとなる資料が見つからない名前には疑問符を付けると明記しており、古代の逸話も「そう言われている」という書き方で載せています。逆に言えば、疑問符も但し書きもないページは、確かめたから付けていないのか、確かめていないから付けていないのかが読者には分かりません。
落とし穴3 − 一人の逸話を、自分や家族の見通しに読み替える
原因の説明も治療の考え方も、時代ごとに大きく入れ替わってきました。ある人が自分の経験をどう語ったかは、その人の記録としては貴重ですが、他の人に同じことが起きる根拠にはなりません。人前で話す仕事を長く続けた当事者自身が、「どもりは治らない」「どもりが治らなくても生きていける」という結論を書き残しています。
まずは、どんな場面で言葉が出にくいか、そのとき何が起きたかを書き留めておくところから始めると、相談するときの手がかりになります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
田中角栄に吃音があったというのは本当ですか?
本サイトは故人を診断できないので、書けるのは「誰が、どこで、そう書き残しているか」までです。自伝『わたくしの少年時代』(1973年・講談社)には、寝言や歌や妹との会話ではどもらないが目上の人と話すときにどもる、という本人の記述が残っています。日本経済新聞「私の履歴書」(1966年2月連載・第28集所収)にも、ほぼ同じ趣旨の記述と、学芸会の場面が本人の文章として載っています。いずれも吃音の自助団体のサイトが引用して紹介しているものです。
「浪花節で吃音を治した」というのは本当ですか?
本人がそう語った場面は記録に残っています。1965年に結成された吃音の自助グループの二人が目白の私邸を訪ねた際の言葉として、読売新聞1997年5月15日の連載に書かれています。ただし、それは面会の場での励ましの一言であり、経過を測ったものではありません。その言葉を書き留めた当事者自身が、同じ回で「もうどもりは治らない」という確信めいたものを感じていたと書き、会の活動はやがて「治す努力の否定」という考え方に進んでいます。
歌ったり節をつけたりすると、どうして言葉が出るのですか?
声をそろえて読むこと、歌うこと、メトロノームに合わせて読むことは、吃音の頻度をその場ですぐ、はっきり下げると報告されています。共通しているのは外から来る信号があることで、一緒に読む人の声・歌の音楽・メトロノームの音がそれにあたります。これらが聞こえの経路を通って発話をつくる仕組みに入り、ずれた活動を同期し直すのではないか、つまり外からのペースメーカーとみなせる、という説明が示されています。
その場で話せたのなら、日常でも話せるようになりますか?
そう読み替えることはできません。総説がこれらの条件について書いているのは、頻度がその場ですぐ下がるという観察と、その仕組みの候補までです。日常の会話にどれだけ持ち越されるかは、そこでは扱われていません。人前で話す仕事を長く続けた当事者が、手記で「以来、50年間はずっとどもっている」と書いている例もあります。
ほかに吃音のある著名人はいますか?
米国の Stuttering Foundation が俳優・歌手・エンターテイナー・スポーツ選手などの分野別一覧を公開しており、政治指導者・公職者の区分もあります。英国の STAMMA も分野別の一覧を公開し、歴史上の人物としてジョージ6世、アラン・チューリング、チャールズ・ダーウィン、デモステネスらを挙げています。ただし同じページは、裏づけとなる資料が見つからない名前には疑問符を付けると明記しています。
まとめ
- 田中角栄本人の記述は、自伝『わたくしの少年時代』(1973年)と日本経済新聞「私の履歴書」(1966年連載)に残っており、どちらも吃音の自助団体のサイトが引用して紹介している。本サイトが書けるのは、その所在までである。
- 「わしは浪花節で治した」という言葉は、1965年に結成された自助グループの二人が私邸を訪ねた場面の記録として残っている。ただし同じ記録は、その直後に「治す努力の否定」という別の結論へ進んでいる。
- 歌うこと・声をそろえて読むこと・メトロノームに合わせることは、吃音の頻度をその場ですぐ下げると報告されており、外からの合図が外からのペースメーカーとして働くという説明が示されている。
- ただしそれは、その場で何が起きるかの観察と仕組みの候補までで、日常会話への持ち越しは扱われていない。人前で話す仕事を続けた当事者は「どもりは治らない」「治らなくても生きていける」と書き残している。
- 著名人の一覧を出している団体は、裏づけの取れない名前に疑問符を付け、古代の逸話も「そう言われている」と書いている。米国の団体も分野別の一覧を公開している。いま研究が測っているのは、治ったかどうかではなく、自分から伝えるかどうかの効果である。