まず結論から
- 吃音のある成人200人と、吃音のない成人200人を年齢と男女比をそろえて比べた研究では、調べた時点で社交不安障害がある人の割合は、吃音のある側で少なくとも40%と推定されました。
- 同じ研究で、吃音のある人は吃音のない人より、もともとの不安の高さも人前での不安も明らかに高く、社交不安障害のリスクも高いという結果でした。
- 国内では、病院に来る成人の吃音のある人の半分程度が社交不安障害を伴っているとするデータもある、と大学病院の解説が述べています。
- 合併するのは社交不安障害だけではありません。成人の吃音外来の初診患者195人を調べた報告では、52.3%に何らかの精神疾患の併存があり、最も多い診断は自閉スペクトラム症(26.4%)でした。
- 学齢期の子どもを調べた研究では、吃音の重さは、感情の立て直しや相手の気持ちの読み取りといった面のどの指標とも関係していませんでした。
ただし、ここに並ぶ割合はいずれも、研究に参加した人や病院に来た人たちの集団で測られたものであって、いま読んでいるあなたがそうなると言っているわけではありません。診断は症状の数え上げではなく、生活への支障まで含めて医師が判断するものです。
「話すのが怖い」のは、自分の性格が弱いせいなのか
吃音と不安の関係を調べはじめる人の多くが、まず自分を疑います。話せないのは準備が足りないからだ、怖がりだからだ、と。けれど当事者の記録を読むと、順番はしばしば逆に見えます。特定の場面でうまくいかない経験が積み重なったあとで、その場面そのものが怖くなっていく。
営業職として働くなかで、電話の取次ぎで言葉が出なくなった当事者の声(個人ブログ・note)
そうすると電話恐怖症になりました。
誰かが先に出てくれればいいのですが、誰も出ずに電話が鳴りっぱなしの時は生きた心地がしませんでした。
万を持して受話器を取るとガッツリ吃ってしまいます。
「俺は、何か変な病気になったんじゃないか?」
私が電話で吃ってしまい、電話の相手の方がけげんに「どうしたんですか?」と聞かれるのは、情けないやら恥ずかしいやらです。
入社から半年、取次ぎの「少々お待ちください」で詰まったところから始まった記録です。最初は気にならず、苦手な行が一つずつ増えていき、やがて会社名で詰まるようになった。恐れの対象が「その言葉」から「電話という場面」へ移っていく順番が、本人の書いた時間の流れのなかにそのまま残っています。鳴っている電話を前に動けない、という状態は、意志の強さの話ではありません。人前や社会的な場面で、恥をかくこと・みじめに思われること・悪く評価されることを強く恐れる状態は、社交不安障害という一つの状態としてまとめられており、よくある慢性の不安症だと総説は説明しています。
出典: 私の吃音の症状を書きます。(note)(台帳: V0442)
では、その状態はどのくらいの人に起きているのでしょうか。よく引かれる「4割」という数字の出どころの一つが、2010年に発表された横断研究です。吃音のある成人200人と、年齢と男女比をそろえた吃音のない成人200人を集め、吃音の重さ・健康状態・人前での不安の自己記入式の尺度を調べ、そのうえで各群から無作為に選んだ50人ずつに、社交不安障害を判定するための構造化された診断面接を行っています。
結果として、吃音のある人は、吃音のない人に比べて、もともとの不安の高さも人前での不安も明らかに高く、社交不安障害のリスクも明らかに高いという結果でした。調べた時点で社交不安障害がある人の割合は、吃音のある側で少なくとも40%と推定され、しかも場面を限らない広がりを持つ型である見込みが高いとされています。「4割」という数字は、対照群を置いて比べたうえで出てきた数字だ、というのがこの研究の位置づけです。
研究が一つだけなら偶然かもしれません。しかし2014年の総説は、人前での不安を測る質問紙と精神科の診断的な評価を、より大きな集団に対して使った近年の研究が、そろって吃音のある成人に社交不安障害が高い割合で見られることを示していると整理しています。
不安を育てるのは「話し方」ではなく、返ってくる反応
もう一つ、記録を読んでいて気づくことがあります。本人が自分の話し方を問題だと思う前に、まわりの反応のほうが先に届いている、という順番です。
自助団体の体験談ページに寄稿した当事者の声(鈴木織江さん・吃音のつどい)
国語の朗読の時にはじめの言葉を何度も連発したらしく、それをみんなに真似されました。
自分では、全く意識していなかったので、最初は自分のことを言われていることに気付きませんでした。ようやく自分のことだとわかった時もなぜ、みんなそんな事にこだわって幾度も言うのだろうかと不思議に思いました。
話し方が変だったせいか、おとなしかったせいか、それとも服装がみんなと一寸違っていたせいか、だんだんといじめられるようになりました。
小学校に入ってしばらくしてからの場面です。朗読で言葉の頭を繰り返した——本人はそれを意識していなかった。教室で真似が起き、自分のことだと分かるまでに時間がかかり、分かったあとも理由が分からなかった。この記録では、自分の話し方に名前がつくより先に、周囲からの扱いのほうが到着しています。のちに本人は、しゃべり方がおかしいらしいこと、それを指す言葉があることを、いじめを通して知ったと書いています。人前での場面で悪く評価されることへの恐れ——社交不安障害として説明されるものの中身は、こうした経験の積み重なりと地続きの場所にあります。
出典: いじめを通して「どもり」という言葉を知った(吃音のつどい)(台帳: V0302)
社交不安障害は、社会的な場面や、人に見られながら何かをする場面で、恥をかくこと・みじめに思われること・悪く評価されることを強く恐れる状態を指します。恐れているのは「うまく話せないこと」そのものというより、それが人からどう受け取られるかのほうだ、という点が、この説明の要になります。
だからこそ、先ほどの200人ずつを比べた研究で、吃音のある人のほうが人前での不安が明らかに高かったという結果は、話し方の重さだけでは説明しきれません。総説も、社交不安障害がよくある慢性の不安症であり、生活を確かに損なう性質を持つことを踏まえて、吃音のある人の不安に対しては言語聴覚士と心理士が一緒に評価と支援の計画を組み立てる必要がある、と述べています。
言い換えて、避けて、隠す——そのあいだに起きていること
不安が強くなると、人は先回りをはじめます。言いにくい言葉を別の言葉に置きかえる、発表の順番を避ける、そもそもその場に行かない。うまくいっているように見える時期ほど、内側では大きな労力が使われています。
小学1年から言いやすい言葉を選んで話してきた大学生の声(個人ブログ・note)
参観日当日の発表では、言いやすい単語への言い換えや接続詞、言葉の間(ま)、話すスピード等を意識して、吃りを最小限に抑え、ほとんど吃らずに発表できた。
この頃から、頭を使って様々な工夫をして吃音を隠していた。言葉の言い換えや接続詞の工夫なんかは、発表原稿を作る段階で試行錯誤できる。
発表前からかなり精神をすり減らしながら、吃音がバレないような原稿を作るために何度も推敲を重ねた。
小学4年の授業参観の場面です。前日に同級生から話し方を笑われ、当日は言い換えと間と速度を組み合わせて、ほとんど詰まらずに発表を終えた。外から見れば成功した発表であり、教室の誰も苦労には気づいていません。本人が書き残しているのは、その裏側で原稿を何度も練り直していた時間のほうです。大学病院の解説は、思春期以降に、吃音が出そうだと感じた言葉をとっさに別の言葉に言い換えること、話す場面そのものを避けることが加わっていく経過を、吃音の進展として説明しています。
出典: 「か行」と「た行」が苦手な大学生の記録(note)(台帳: V0207)
その解説によれば、進展の順番はおおよそこうです。まず、この場面では詰まりそうだという不安が、話す前から起きるようになる(予期不安)。次に、詰まりそうな言葉を別の言葉に置きかえる(言い換え)。そして、人前や電話など話す場面そのものを避けるようになる(回避行動)。こうした状態が強くなってくると、社交不安障害を伴っていると判断される場合がある、と書かれています。同じ解説は、病院に来る成人の吃音のある人の半分程度は社交不安障害を伴っているとするデータもある、とも述べています。
ここで押さえておきたいのは、避けることも言い換えることも、その場では確かに役に立っている、という点です。うまくいくからこそ続き、続くほど「避けずに済ませる」機会が減っていきます。言葉が出ずに詰まる症状そのものについては難発(無声型)を扱った記事と出にくい音を扱った記事で、話す直前の緊張への向き合い方については緊張を扱った記事で、それぞれ別に整理しています。
あがり症と何が違うのか、どう重なるのか
「これは吃音なのか、それともただのあがり症なのか」という問いは、合併を調べる人がほぼ必ず通る場所です。手がかりになるのは、症状の名前ではなく、場面ごとの出方の違いです。
障害者手帳を取らず一般枠で就職活動をした当事者の声(21卒の大学生・個人ブログ・note)
幸い僕が参加したインターンでは、グループ内での和やかな自己紹介が多かったです。初日は緊張で強張った表情で向かい、グループ内の自己紹介だとわかった途端にホッとして気が緩む、だいたいこの繰り返しでした笑
ただ、参加したインターンの中には、30名ほどの社員さんの前で自己紹介しなければならない場面もありました。当然のことながら、うまくいきませんでした。今でも苦い思い出ですね。
同じ自己紹介でも、少人数の輪の中と、30人ほどの社員が並ぶ前とでは、結果がまるで違った。本人は後半の場面について、形式ばった場ほど症状が出やすいと書いています。発表の場では言葉を言い換え、手元に紙を用意して切り抜けた——その工夫が思いがけず評価されていたことを、後になって知ったとも記しています。どの場面が怖いのか、その場面をどう切り抜けているのかという視点は、社交不安障害の評価が見ているところと重なります。
出典: 「選考:一般(障がい者手帳無し)」で内定するまで(note)(台帳: V0105)
「あがり症」は日常の言葉で、人前で強く緊張しやすいことをひとまとめに指します。これに対して社交不安障害は診断名で、社会的な場面や人に見られる場面で、恥をかくこと・悪く評価されることを強く恐れる状態が続き、生活に支障が出ているかどうかまで含めて判断されます。つまり、この2つは「同じことの言い換え」ではなく、日常語と診断名という別の階層の言葉です。
一方で吃音のほうには、話し方そのものに現れる特徴があります。大学病院の解説は、中核となる症状を、音を繰り返す連発・音を引き伸ばす伸発・声が出ずに詰まる難発の3つとしたうえで、次の性質を挙げています。
- 苦手な単語や音、行(カ行・タ行など)が決まっている(一貫性)
- 症状が出やすい時期と出づらい時期がある(波現象)
- 一度言えてしまった単語は、その後は言いやすくなる(適応効果)
- 話すときに首や手足が動いてしまう(随伴症状)
- 誰かと一緒に読むとき・歌うとき・ひとりごとでは詰まりにくい
人前だけで起きるのか、誰も見ていない場面でも同じ音で詰まるのか。ここが、自分で確かめられる数少ない手がかりです。
さらに、どちらでもない第三の可能性もあります。同じ解説は、クラタリング(早口言語症)という別の話しことばの状態を挙げ、早口であること、単語の途中の音を省いてしまうこと(「ホッチキス」が「ホキ」になるなど)、「えーと」などの挿入や言い直しが多いこと、文の中の語順や話す順序が乱れてまとまりなく話してしまうことを特徴としています。そして、これらには本人の自覚が少ないことが多く、自分の症状を吃音だと受け取ってしまう場合があると書いています。
この見分けは、不安の話とも関わります。クラタリングを併せ持つ人と、吃音だけの人を比べた2026年の研究では、人前での不安を測る尺度をはじめ、用いたどの質問紙でも平均点に統計的な差は見られませんでした。人前での不安は、どちらのグループにも起こりうるということです。ただし、詰まりや乱れの出る頻度と、本人が自分の吃音をどう受け止めているかの得点が結びついていたのは、吃音だけのグループのほうだけでした。同じ「話すことへの後ろ向きさ」でも、何と結びついているかがグループによって違っていた、というのがこの研究の指摘です。発音そのものが作れない状態との違いは構音障害と吃音の違いを扱った記事にまとめています。
合併しているのは、社交不安障害だけとは限らない
ここからが、この話でいちばん見落とされやすいところです。国立障害者リハビリテーションセンターの機関誌は、吃音にも他の発達障害と同様に精神疾患が併存することが多く、なかでも社交不安障害は吃音のある人の40〜50%に併存すること、社交不安障害に対する認知行動療法(考え方と行動の両面に働きかける心理療法)などの治療が、吃音の再発予防や生活の質の向上に有効だと報告されていることを紹介しています。
そのうえで、同センターが自院の成人吃音外来の初診患者195人について5年間分を調べた結果を出しています。
- 初診患者の3分の1に精神科の通院歴があった
- それを含めると52.3%(102人)に精神疾患の併存があった
- 自閉スペクトラム症は26.4%(52人)に併存し、精神疾患のなかで最も多い診断だった
- 自閉スペクトラム症が併存した52人のうち、精神科の通院歴があったのは40.3%(21人)。そして、自閉スペクトラム症と診断されていたのは2人だけだった
52人のうち2人。この落差が、この語を調べている人にいちばん知っておいてほしい部分です。すでに分かっている病気や特性の影に、別のものが隠れてしまう現象は diagnostic overshadowing(診断の覆い隠し)と呼ばれます。同誌は、吃音がその起点になりやすい理由を両側から説明しています。本人の側では、自分の状態をつかみにくいことやこだわりといった特性から、困りごとの原因を吃音に絞り込んでしまう。周囲の側では、「質問内容と返答がずれる」「表情が硬い、視線が合わない」といった様子を、吃音があるからだと説明できてしまう。
だからこの記事は、「吃音があるなら社交不安障害を疑いましょう」とは書きません。書けるのはその手前までです——困りごとの原因を吃音ひとつに寄せきってしまうと、別の理由で説明できたはずの困りごとまで、吃音の看板の下に入ってしまうことがある。
子どもの場合、何が分かっていて、何が分かっていないのか
ここまでの割合は、いずれも大人を調べたものです。子どもや思春期の人で社交不安障害がどのくらいの割合で見られるのかを明らかにすることは、これから取り組むべき重要な研究課題だと、2014年の総説自身が述べています。つまり、子どもについて「◯%が合併する」と言える数字は、手元の資料にはありません。
分かりはじめているのは、その手前の部分です。学齢期の子ども80人(吃音のある子41人・吃音のない子39人)を比べた2026年の研究では、吃音のある子で、気持ちの立て直しの難しさが大きく、共感を測る指標が低く、目もとの表情から相手の気持ちを読み取る課題の成績も低いという結果でした。注意欠如・多動症のある子を除いて解析し直しても、主な結果は同じように出ています。
そして、この研究がいちばん丁寧に確かめているのが次の一点です。吃音の重さは、これらのどの指標とも関係していませんでした。関係していたのは、精神科的な併存があるかどうかのほうで、併存がある子では共感の指標が低く、気持ちの立て直しの難しさが大きいという結果でした。研究チームは、発話の流暢さと並べて、気持ちの立て直しと人づきあいの面にも手当てする、多面的な評価と支援が要ると結論しています。
この研究は吃音のある子とない子のグループを比べたもので、一人ひとりの子どもについて何かを判定するものではありません。また、社交不安障害の有無を調べた研究でもありません。
合併しているかもしれないとき、どこに相談し、何を目標にするか
吃音そのものについて、大学病院の解説は、治療は年齢に応じてさまざまで、確実な治療法はまだないと言われている、という前置きを置いています。そのうえで、どの年齢にも共通して言えることとして、吃音が生じたとしても安心して話せる環境をつくることを挙げています。
不安の側については、社交不安障害に対する認知行動療法などの治療が、吃音の再発予防や生活の質の向上に有効だと報告されている、と機関誌が紹介しています。ただし、吃音のある人の社交不安障害に対して認知行動療法がどれだけ効くのかは、さらに研究で確かめる必要があるとも書かれています。ここは「そういう選択肢があり、研究が続いている」というところまでで、手順を自分で組み立てる話ではありません。
誰に相談するかについては、総説がはっきり書いています。社交不安障害が生活を確かに損なう性質を持つこと、そして吃音が生活の質と日々の活動に影響することを踏まえると、言語聴覚士と心理士が協働して、包括的な評価と支援のプログラムを組み立てて実行することが必要だ、というのがその立場です。話し方の専門家だけでも、心の専門家だけでも足りない、という言い方になっています。
併存が見つかった場合の見通しについても、機関誌が具体的に書いています。生きづらさが吃音だけでなく自閉スペクトラム症の併存にも由来すると分かれば、それに適した対応ができる。実際に同センターでは、自閉スペクトラム症の就労支援によって就労できた例、環境の調整によって長引いていた精神障害が改善した例を経験したと報告しています。
実際の窓口としては、言語聴覚士のいる医療機関、子どもであればことばの教室、不安や気分の落ち込みが前に出ているときは精神科・心療内科が入口になります。どこから入ればよいかの整理は相談先を扱った記事に、薬が話題になったときの考え方は薬を扱った記事にまとめています。しんどさそのものの置きどころについてはつらさを扱った記事もあわせてどうぞ。
相談に行くときは、どの場面で・どのくらいの頻度で困っているかを書き留めたものがあると話が早くなります。人数が多いときだけなのか、相手が決まっているのか、誰も見ていない場面でも同じ音で詰まるのか。この3点は、話し方の側と不安の側のどちらが前に出ているかを、一緒に考えるための材料になります。
「合併」を調べるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「吃音があるのだから不安なのは当たり前」で片づける
いちばん多いのがこれです。そして、これは本人だけの思い込みではありません。200人ずつを比べた研究は、当時の診断基準の鑑別の指針では、人前での不安の症状はすべて吃音の結果だと想定されるため、吃音のある成人を社交不安障害として分類することが難しくなる、と冒頭で問題を立てています。そのうえで原典は、この指針が専門家のあいだに混乱を招き、精神面での不利益につながる可能性があると結論しています。「当たり前だから」で止めると、対処の道が一本まるごと視界から消えます。
落とし穴2 − 「4割」「5割」を、自分の見通しとして読む
40%は、研究に参加した吃音のある成人200人の中で、調べた時点で社交不安障害がある人の割合として推定された数字です。半分程度という数字は、病院に来る成人の吃音のある人についてのデータとして紹介されているものです。どちらも、研究や医療機関にたどり着いた人たちの集団で測った割合であって、吃音のある人全体の見通しでも、あなた一人の確率でもありません。
落とし穴3 − 吃音の重さだけで、支援が要るかどうかを決める
学齢期の子どもを調べた研究では、吃音の重さは、気持ちの立て直しにも共感にも相手の気持ちの読み取りにも関係していませんでした。外来の調査でも、自閉スペクトラム症が併存していた52人のうち、実際に診断されていたのは2人でした。「そんなに重くないから大丈夫」も「重いからそれだけで説明できる」も、どちらもこのデータとは噛み合いません。困っている場面を書き留めて持っていくほうが、重さの自己判定より確実です。
日々の様子を残しておきたいときは、記録を続ける道具を使う手もあります(記録と経過の見返しを支えるもので、治療をうたうものではありません)。相談できる先があるなら、そちらが確実です。
よくある質問
吃音がある人は、どのくらいの割合で社交不安障害を合併しますか?
吃音のある成人200人と吃音のない成人200人を比べた研究では、調べた時点で社交不安障害がある人の割合が、吃音のある側で少なくとも40%と推定されています。国内の資料では、病院に来る成人の吃音のある人の半分程度が社交不安障害を伴っているとするデータもあるとされ、公的機関の機関誌は40〜50%という幅で紹介しています。いずれも研究や医療機関にたどり着いた人たちの集団での割合です。
あがり症と社交不安障害は同じものですか?
同じではありません。「あがり症」は人前で強く緊張しやすいことを指す日常の言葉で、社交不安障害は、社会的な場面や人に見られる場面で恥をかくこと・悪く評価されることを強く恐れる状態が続くことを指す診断名です。吃音のほうには、苦手な音や行が決まっている、出やすい時期と出にくい時期がある、一度言えた単語は言いやすくなる、といった話し方そのものの特徴があります。
吃音があるから不安になるのですか。それとも不安だから吃るのですか?
どちらが先かを一方向に決められる材料は、この記事で使った資料の中にはありません。大学病院の解説は、吃音の進展として、予期不安・言い換え・回避行動が思春期以降に加わっていく経過を説明しています。一方で研究のほうは、「人前での不安は吃音の結果だ」と初めから想定する鑑別の指針が、かえって診断を難しくし、精神面での不利益につながりうると指摘しています。順番を決めつけないまま、両方を見ることが勧められている状況です。
合併しているかもしれないとき、何科に相談すればいいですか?
総説は、言語聴覚士と心理士が協働して、包括的な評価と支援のプログラムを組み立てる必要があると述べています。実際の入口は、言語聴覚士のいる医療機関、子どもであればことばの教室、不安や気分の落ち込みが前に出ているときは精神科・心療内科です。公的機関の報告では、併存が分かることで、それに適した対応につながった例も紹介されています。
子どもでも合併しますか?
子どもや思春期の人で社交不安障害がどのくらいの割合で見られるのかを明らかにすることは、これからの重要な研究課題だとされており、割合を示せる数字は手元にありません。ただし学齢期の子どもを比べた研究では、吃音のある子で気持ちの立て直しや共感、相手の気持ちの読み取りの指標が低いという結果が出ており、それらは吃音の重さとは関係していませんでした。
まとめ
- 「4割」という数字の出どころの一つは、吃音のある成人200人と吃音のない成人200人を比べた横断研究で、調べた時点で社交不安障害がある人の割合が少なくとも40%と推定された。
- 吃音のある成人に社交不安障害が高い割合で見られることは総説にまとめられており、国内の資料も病院に来る成人の半分程度という数字を紹介している。
- 予期不安から言い換え、そして話す場面の回避へ進む経過が吃音の進展として説明されており、強くなると社交不安障害を伴うと判断される場合がある。
- 合併するのは社交不安障害だけではない。成人吃音外来の初診患者195人では52.3%に精神疾患の併存があり、最多は自閉スペクトラム症(26.4%)。そのうち診断されていたのは52人中2人だけだった。
- 吃音の重さは、学齢期の子どもの気持ちの立て直しや相手の気持ちの読み取りとは関係していなかった。重さで支援の要不要を決めず、言語聴覚士と心理士の協働を勧めるのが総説の立場。