まず結論から
- 歌を歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言のときなどは、一時的に言葉がなめらかになる人が多いと学会の解説が述べています。
- 伴奏に合わせて歌う、2人で同じ言葉を言うといった、外からタイミングが与えられる場面では吃音が消えるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われています。
- それでも、なぜ話すときには出るのに歌うときには出ないのかは、研究の側でも答えが出ていない問いのひとつです。
- リズムに合わせて話す方法や呼吸の整え方を、それだけで主な治療にすることは勧められていません。ただし、そう判断した根拠自体は強いものではないとされています。
- KANTAさんは公開インタビューで、音楽を聴いているときやダンスをしているときは唯一自分を認めることができ、楽しい時間だったと書いています。
ただし、ここで紹介するのは一人ひとりが自分について書き残した工夫と、研究が大勢をまとめて述べたことまでです。同じやり方が別の人にも効くかどうかは分かりませんし、この記事は治療や練習法を勧めるものではありません。
KANTAさんが、音楽について書いたこと
まず、本人が公にした範囲だけを確認します。オーディション番組『THE LAST PIECE』のファイナリストとして2025年9月に公開されたインタビューで、KANTAさんは小学4年生のときに軽症の吃音症になり、そこからは授業の中での音読や、クラスの人に何かを発表することといった、人前で話すことが苦手で嫌いになったと書いています。ダンスの場面でも、先生に何かを伝えるときや初対面の人と話すときに症状が出ることがあった、とも述べています。
そのうえで、救いになったものとして挙げているのが音楽です。音楽を聴いているときやダンスをしているときは唯一自分を認めることができ、楽しい時間だったと書いています。これまでで一番悔しかった瞬間を問われた欄には、吃音症が理由でオーディションなどに受からなかったことを挙げ、それをどう乗り越えたかという問いには「ひたすら練習すること」とだけ答えています。
審査を通しての成長として本人が書いているのも、練習の中身にあたる話です。いただいた曲の歌詞の意味を読み取ったり、曲の意味と自分の経験を重ね合わせて曲の解像度を上げていく中で、いろいろな視点を持てるようになった——そう振り返っています。
ここに書いたのは、この公開インタビューに本人の言葉として載っている範囲だけです。症状の程度・現在の状態・治療や訓練の有無については本人が述べておらず、この記事でも書きません。以降は、音楽や舞台を続けている他の当事者が、自分の言葉で書き残した記録を並べます。
本番までにやることは、苦手な言葉に目星をつけること
ステージは一度きりで、途中でやり直しがききません。だからこそ、本番そのものではなく、その前の時間に何をしているかが実際の分かれ目になります。舞台の稽古を3つの段階に分けて説明した人がいます。
舞台役者の声(フリーの舞台役者・1995年生まれ・本人のnote)
ここで行わないといけない事は情緒性反応を探る事です。 情緒性反応とは、吃音の予期や不安、いわゆる、自分が拒否反応を示すセリフに目星を付けていきます。 私の場合は母音始まりの言葉に苦手意識があるので、そのセリフをなんとなく覚えておきます。 そのあと私が、苦手なセリフを何度も練習すると思っている方。それは間違いです。何度も練習すれば治る程度でしたら、そもそもこんなに困りません。
台本を初めて声に出して読む「本読み」の段階の話です。ここでこの人がしているのは、言いにくくなりそうな言葉に先に印を付けておくことだけで、その言葉を繰り返し練習することではありません。次の「立ち稽古」の段階では、頭を下げる、足踏みをするといった動作をセリフに添える工夫を試すと書いています。役柄と動作が噛み合えば、そのセリフへの不安は消えるといいます。それでも残ってしまうセリフがあるときは、脚本家や演出家に相談し、同じ意味の別の言い回しに変えてもらうこともある。作品には無駄なセリフが無いのでできればやりたくないが、不安を抱えたまま舞台に立つほうがよくないから恐れずに相談する、というのが本人の書き方です。歌でも芝居でも、本番が来る前にできることの多くは、この「どこが危ないかを知っておく」という作業に集まります。準備の効き方は年齢によっても違うことが、診療ガイドラインの評価から読み取れます。
出典: 吃音症でも舞台役者になれるのか(財前優一/note)(台帳: V0037)
ドイツの学会がまとめた診療ガイドラインは、年齢層ごとに吃音への対応の根拠の強さを評価しています。思春期以降の人については、話し方そのものを組み立て直していく方法——ゆっくりした話し方をまず集中的に練習し、日常の場面へ移していく手順を踏むもの——に、効果の大きい良好な根拠があるとされています。一方で、6歳から12歳の子どもについては、どの方法にも確かな根拠が無いと明記されています。
同じガイドラインは、避けたほうがよい進め方も挙げています。日常生活への持ち出しや、いろいろな話す場面への広げ方を含まない進め方、うまくいかなくなったときの対処を含まない進め方、短期の成功だけが示されていて長期の観察が無い進め方です。本番のための準備を考えるときに、ここは読み替えが効きます。稽古場やレッスン室の中だけで完結する工夫は、そこから外に出た瞬間に効かなくなることがある——そういう注意として受け取れます。
歌詞は、自分たちが言える言葉で決めてよかった
歌う側に回ったときに最初にぶつかるのが、歌詞です。曲はメロディが決まっている分、言葉のほうを動かせる余地があります。吃音のある同年代で音楽団を作った学生が、オリジナル曲の歌詞をどう決めたかを話しています。
学生の声(吃音のある同年代で結成した音楽団のメンバー・川崎市の公式コミュニティnoteの市民インタビュー)
全員で歌うコーラスの部分は、一般的な曲はラララなど決まっていると思うのですが、好きな言葉で歌うことにしました。吃音は症状やニーズが人によって違いがあることを表現したんです。
言葉にするのが難しいからこそ、歌で想いを表現しようと結成した音楽団です。ライブに向けてオリジナル曲を作るとき、歌詞にはとても悩み、メンバーと何度も話し合ったと本人は書いています。行き着いたのが、全員で声をそろえる部分を一つの決まった言葉にせず、各自の好きな言葉にするという形でした。理由として挙げているのは、症状もニーズも人によって違うということを、曲の作りそのもので表すためです。この人は、音楽団の仲間と出会うまでは吃音は自分だけの悩みだと思っていた、今は一人で悩むものではなく、みんなで支え合っていくものだと感じている、とも語っています。歌と話し声では、そもそも言葉の乗せ方の自由度が違います。
出典: 【ほっこりポスター】かわさきって人だよね。(File:058 喜多 龍之祐)(川崎市コミュニティnote)(台帳: V0547)
歌と話し声の違いを、総説がひとつの節にまとめています。歌の旋律は決まっていて、決まっていなければそもそも旋律として認識されません。一方で、話し声の高さの動きは、伝えたい内容によって毎回変わります。同じ歌詞でも、歌えばいつも同じ旋律をたどりますが、話すときには上げ調子で気持ちの高ぶりを、下げ調子で皮肉を示すというように、別の形を使い分けることになります。リズムや音量の時間の枠組みも、歌では固定されています。
学会の解説も、状況によって症状の出方が変わることを吃音の特徴として挙げ、歌を歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言のときなどには一時的に言葉がなめらかになる人が多いと書いています。曲という形式は、旋律・リズム・音量という枠をあらかじめ用意してくれる形式でもあります。その枠の中で、言葉のほうを自分たちで選び直したのがこの音楽団のやり方でした。
練習で使う道具を、練習の外へ持ち出した人がいる
拍を刻む道具は、音楽をやっている人にとっていちばん身近な道具です。それを話す場面に持ち出した記録があります。教える仕事をしている当事者の工夫です。
高校教諭の声(吃音のある現職の高校教諭・本人のnote連載)
私の場合は吃音の調子が悪いときだけ、片耳のみにこの耳開けタイプのイヤホンをつけてメトロノームアプリのリズムを聞きながら話すようにしています。結論から言うと、とても話しやすいです。
教育の現場は話す場面が多く、吃音のある自分にはしんどい、と書き出す連載の一本です。この人は、言い換えのきかない固有名詞が苦手で、自分の名前や人の名前、地名を言う場面でいちばん緊張すると書いています。試したことや気づきは「吃音ノート」に書き込んで読み返しているといいます。拍を意識すると話しやすい感覚があること、予期される不安がやわらぐのに気づいたことから、それを日常でも使えないかと考えたのが出発点でした。耳を塞がない形のイヤホンを片耳だけ、調子の悪い日だけ使う、という限定の付け方も本人が自分で書いています。外から拍が来ると言葉が出やすくなること自体は、公的な解説でも説明されている現象です。
出典: 吃音せんせいVol.5:吃音とテクノロジー(吃音せんせい/note)(台帳: V0356)
発達障害ナビポータルは、伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を言ったりする場合、つまり外からタイミングが与えられる場合には吃音は消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われている、と説明しています。音楽の練習で使う道具が話す場面でも働くことがあるのは、この筋道で理解できます。
ただし、道具の位置づけには線が引かれています。診療ガイドラインは、リズムに合わせて話す方法や呼吸の整え方を、それだけで、あるいは主な柱として治療に使うことは勧められないとしています。同時に、そう判断した根拠自体は強いものではないとも書かれています。つまり、手元を楽にする道具として使うことと、それを治すための方法として位置づけることは別だということです。大人の吃音の治療についても、話す力や生活の質の改善には役立つが、完全に治ることはまれか不可能で、なめらかに話せる時期のあとに戻ることはよくある、と総説が明記しています。
音楽が好きでも、笑われた記憶は残る
歌える場所があることと、それまでに起きたことが消えることは別です。歌うときはどもらないと書いている人が、同じ文章の中で学校時代のことに触れています。
大学生の声(吃音のある本人・個人ブログ)
大学生になってもどもりを笑う人が実際にいて、見ると悲しくなってしまいます。どもってしまってでも、自分の言葉を伝えたいという思いで必死に努力しているというのになんで笑うのでしょうか。
テレビ番組で流れた曲を聴いて、その曲が吃音のある人の歌だと気づいた日の記録です。書いているのは吃音歴18年の大学生で、いちばん嫌だったこととして小学校のクラス替えを挙げています。初めて会う友達に笑われたり、「なんで普通に言えないの?」「落ち着けよ」と言われたりするのが嫌で、学校に行くのが億劫だったといいます。今は自分なりの対処法を使っているのでひどくどもることは減ったが、どもりは波でくるので、ひどい時期もあり、会話やプレゼンには今も苦手意識がある、とも書いています。そのうえで、歌っているときはどもらないから歌うのが好きで、趣味でもずっと歌い続けるべきだと思った、と締めくくっています。学校で笑われる経験の多さは、研究の側でも把握されています。
出典: ぼくのお日さま ~吃音もちのきもち~(Days of Passion and Excitement〜情熱と興奮の日々〜)(台帳: V0299)
発達性吃音の研究プロジェクトの解説は、吃音のある子どもの過半数が笑われたりからかわれたりしており、これによって自尊感情の低下や不登校などの二次的な問題が生じやすくなると述べています。同じ解説は、どもる不安があると話す行為が意識的になり、自動的に行うことが難しくなって、そのために言葉がなめらかでなくなり、さらに話す行為が意識的になる、という悪循環が起きることも説明しています。
調子に波があることも、この人の書き方どおりです。学会の解説は、調子の良い状態や悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、こうした変動を「波」と呼ぶと書いています。中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動が、話すことに困難を感じやすい場面として挙げられています。ステージに立てているかどうかとは別に、こうした場面は同じように回ってきます。
なぜ歌だと言葉が出るのかは、まだ分かっていない
「歌えばどもらない」は、当事者にも周りにもよく知られた現象です。それでも、その理由は研究の側で決着していません。
2024年の総説は、この分野に残る未解決の謎を3つに絞って挙げています。話すときには吃音が出るのに歌うときには出ないのはなぜか、伝える相手がいる場面では出るのに独り言では出ないのはなぜか、女の子のほうが回復することが多いのはなぜか、の3つです。歌唱については、最も重い例でも吃音が劇的に消えると書いたうえで、歌うときには話すときと比べて、声を出す時間の区切り方や、のどと口の動きの合わせ方が変わることを挙げています。
もう一つの謎のほうも、音楽を続ける人には身に覚えがある話です。総説は、声に出した独り言には吃音が出ないのに、人や聴衆に向けられた発話、伝えることを目的とした発話では出ると述べ、症状の重さが伝える場面と時間の余裕のなさで変わるとしています。ステージでは歌えているのに、そのあとの挨拶や打ち合わせで言葉が出ない、という落差は、この線の上にあります。
音楽そのものが吃音に効くかどうかを確かめた研究も、まだありません。吃音のある子どもの物事を段取りする力について調べた研究は、その力が訓練で変えられるのか、変えられるとしてどんな訓練や活動が役に立つのかはまだ分かっていないと述べ、参照先のひとつとして音楽の訓練を挙げるにとどめています。「音楽をやると吃音が良くなる」と言える根拠は、この記事が使った出典の中にはありません。
相談できる場所と、仲間の見つけ方
音楽を続けるかどうかとは別に、話す場面の困りごとを相談できる先はあります。発達障害ナビポータルは、入学試験や大学入試での面接試験で、事前に吃音があることを伝えておくと、過重な負担となる範囲を除いて、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった合理的配慮を受けられると書いています。入学後の学びの困りごとについても、双方の建設的な対話のうえで合理的配慮が受けられるようになったとされています。
電話が苦手な場合については、2021年から総務省が主体となって公共のインフラのひとつになった「電話リレーサービス」を吃音のある人が使えること、それが困り感の軽減につながっていることが同じ解説に書かれています。吃音症は精神障害者保健福祉手帳または身体障害者手帳の対象となるため、就職面接で障害者枠という選択肢も増えているとも述べられています。
同じ立場の人と会いたい場合は、自助団体があります。学会の解説は、吃音のある人が「吃音があるのは自分だけではない」ということを認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことが、こうした団体の活動の中心だと説明しています。先ほどの音楽団も、同じ立場の人と出会ったことが出発点でした。
訓練を受けたい場合の窓口は、吃音を扱った経験のある言語聴覚士です。発達性吃音の研究プロジェクトの解説には、声をそろえて読む方法や、自分の声を遅らせて返す装置を使う方法まで、具体的な手立てが並んでいます。どれが自分に合うかは一人で決められる話ではないので、相談の場で一緒に決めることになります。
「音楽なら言葉が出る」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 歌えることを「治った」と読む
歌のあいだ言葉が出ることと、吃音が無くなることは別です。学会の解説も、歌うときや声を合わせるときになめらかになるのは一時的なことだと書いています。大人の治療についても、話す力や生活の質の改善には役立つが完全に治ることはまれか不可能で、なめらかに話せる時期のあとに戻ることはよくある、と総説が明記しています。歌えた日があったことは、次の場面の保証にはなりません。
落とし穴2 − 道具や練習法を、治すための方法として位置づける
拍を刻む道具も、息の使い方も、その場を楽にする助けにはなります。ただ、診療ガイドラインは、リズムに合わせて話す方法や呼吸の整え方だけを主な柱にすることは勧められないとしています。判断の根拠自体は強くないとも書かれています。同じガイドラインは、日常の場面への持ち出しや、うまくいかなくなったときの対処を含まない進め方も避けるべきものとして挙げています。
落とし穴3 − ステージに立てている人は困っていない、と見る
人前に立てることと、日々の場面が楽になることは別々に動きます。学会の解説は、中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対が、話すことに困難を感じやすい場面だと挙げています。さらに、失敗の経験が重なると話し始める前に不安や恐怖を感じ、会話や社交を避けるようになること、言いにくい言葉を言い換えて吃音を隠す工夫をすると目立たなくなるが、実際は日々警戒しながら生活することになる、とも書かれています。
まずは、どの場面で言葉が出にくいかを書き留めておくところから小さく始め、相談できる場合は吃音を扱った経験のある言語聴覚士に尋ねるのが確実です。
よくある質問
KANTAさんは吃音について何と言っていますか?
公開インタビューで、小学4年生のときに軽症の吃音症になり、授業の音読や発表など人前で話すことが苦手で嫌いになったと書いています。中学1年生からオーディションを受け始めるなかで自己紹介のときに症状が出ることがあり、それが理由で落ちることもあったこと、そのときに救いになったのが音楽で、音楽を聴いているときやダンスをしているときは唯一自分を認めることができた、とも述べています。それ以上の症状の程度や現在の状態については、本人が述べていないためこの記事では書きません。
歌っているときにどもらないのは、なぜですか?
はっきりした理由は、まだ分かっていません。2024年の総説は、話すときには出るのに歌うときには出ないのはなぜかを、この分野に残る3つの謎のひとつとして挙げています。分かっているのは、歌うときには話すときと比べて声を出す時間の区切り方やのどと口の動きの合わせ方が変わること、そして伴奏に合わせるなど外からタイミングが与えられる場面では症状が出にくくなることです。
音楽をやっていると、吃音は良くなりますか?
良くなると言える根拠は、この記事が使った出典の中にはありません。吃音のある子どもの物事を段取りする力を調べた研究は、その力が訓練で変えられるのか、どんな訓練や活動が役に立つのかはまだ分かっていないと述べ、音楽の訓練は今後調べるべきものとして挙げられているにとどまります。歌うときになめらかになるのは一時的なこととして説明されています。
ライブのMCや挨拶だけ言葉が出ません。おかしいのでしょうか?
珍しいことではありません。総説は、声に出した独り言には吃音が出ないのに、人や聴衆に向けられた発話や、伝えることを目的とした発話では出ると述べ、症状の重さが伝える場面と時間の余裕のなさで変わるとしています。学会の解説も、調子の良い時期と悪い時期が数週間から数か月続く「波」があると書いています。
メトロノームに合わせて話す練習をしてもいいですか?
その場で話しやすくなる人はいますが、それだけを主な治療の柱にすることは勧められていません。診療ガイドラインは、リズムに合わせて話す方法や呼吸の整え方を単独または主な柱として使うことは勧められないとし、同時にその判断の根拠は強くないとも書いています。取り入れるかどうかは、吃音を扱った経験のある言語聴覚士に相談して決めるのが確実です。
まとめ
- 歌うときや声を合わせるときに一時的になめらかになる人は多く、外からタイミングが与えられる場面で症状が消えることから、吃音は発話のタイミングの障害と言われている。
- それでも、なぜ話すときに出て歌うときに出ないのかは未解決の問いのひとつで、音楽が吃音を良くするかどうかを確かめた研究もまだ無い。
- 本番の前にできることの多くは、言いにくくなりそうな言葉に先に目星をつけ、動作を添えたり言い回しを相談したりする準備の作業だった(舞台役者の記録)。年齢層ごとの根拠の強さは診療ガイドラインが評価している。
- 歌詞は自分たちで決められる部分がある。全員で歌う部分を各自の好きな言葉にした音楽団の例がある(学生の音楽団メンバーの記録)。曲は旋律・リズム・音量の枠があらかじめ決まっている形式でもある。
- 拍を刻む道具を日常に持ち出した人もいるが、リズムに合わせて話す方法や呼吸の整え方だけを主な治療の柱にすることは勧められていない。ただしその判断の根拠自体は強くない。
- 面接での合理的配慮、電話リレーサービス、手帳による選択肢、自助団体といった相談先・つながり先がある。訓練を考えるときの窓口は吃音を扱った経験のある言語聴覚士。