エド・シーランの吃音|本人が語ったこと・歌とラップの研究

目次

エド・シーランさんの名前と「吃音」という言葉が並んでいるのを見かけて、ここまで来た方が多いと思います。本当に吃音があったのか、ラップを覚えたら言葉が出るようになったというのはどういうことなのか——気になるのは、たぶんその2つですよね。

この記事では、本人が公の場で語った言葉として残っている範囲を、英国の吃音支援団体STAMMAと米国吃音財団の一覧から確かめたうえで、歌うときだけ言葉が出るという現象について日本吃音・流暢性障害学会の解説と海外の総説が何を言っているのかを並べます。あわせて、名前が知られている人が吃音を公表することが当事者に何をもたらすのかを、テキサス大学オースティン校の研究グループがまとめた自己開示のレビューから整理します。

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吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • エド・シーランさんが子どものころの吃音について語ったことは、英国の吃音支援団体STAMMAが公開している一覧に、本人の言葉つきで記録されています。
  • 歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに、一時的に流暢になる人が多いことは、日本吃音・流暢性障害学会の解説にも書かれています。
  • こうした条件に共通しているのは、一緒に読む人の声・歌の音楽・メトロノームの音といった外から来る合図があることで、総説はこれを「外からのペースメーカー」と呼んでいます。
  • 子どものころに吃音が出た人の多くは回復しますが、その回復が自然に起きたものか、早い時期の訓練によるものかは区別できないと同じ総説は書いています。
  • 「自分には吃音がある」と自分から相手に伝えること(自己開示)には、相手の受け止めを変える効果が繰り返し報告されています。

ただし、ここに書けるのは本人が公の場で語ったことと、研究が大勢の人をまとめて測ったことまでです。特定の一人の吃音の重さや、いまの話し方がどうなっているのかは、この記事からは読み取れませんし、推測もしていません。

本人が語っているのは、どこまでか

日本語で読める記事はいくつもありますが、そのうちどこまでが本人の言葉なのかは、記事によってまちまちです。まずは、本人が公の場で話した一節から見ていきます。2015年、米国の吃音支援団体が開いた式典で賞を受け取ったときのスピーチです。

エド・シーラン本人(英国のシンガーソングライター/米国の吃音支援団体の式典での受賞スピーチ。TIME誌が伝えた英語原文と日本語訳を個人ブログが転載したもの。引用は同ブログの日本語訳)

で、父親がエミネムの『マーシャル・メイザース』というLPを買ってくれたってわけだ。僕が9歳の頃のことだ。何なのかもわからなかったはずだけど、僕にそれを聞かせてくれた。僕は10歳になるまでに、アルバムの始めから終わりまで一言一句すべて覚えてしまった。

本人が並べているのは、年齢と出来事です。9歳のときに父親が一枚のアルバムを買ってきたこと、10歳になるまでにその全部を覚えてしまったこと。このスピーチの続きで、本人は自分の吃音についても触れています。ただしそこから先は、本人が自分の経験として語っていることであって、ある方法を試した人と試さなかった人を比べて確かめた記録ではありません。一方で、歌う・声をそろえる・拍に合わせるといった条件で、その場の吃音が大きく減ることは古くから知られています。

出典: 変わっているを抱きとめる ―エド・シーランのスピーチから―(個人ブログ「100% inspiration」)(台帳: V0436)

公表の記録という意味でいちばん確かなのは、当事者団体そのものが残している一覧です。英国の吃音支援団体STAMMAは、吃音のある人を分野ごとに並べた一覧を公開しており、歌手・音楽家の区分にエド・シーランさんの名前があります。そこに添えられているのは、子ども向け番組の朗読コーナーで本人が自分の子どものころの吃音に触れた、という記録と、そのときの言葉です。訳すと、「それは自分を人と違うと感じさせた」「どもらずに話せる日は来ないだろうと心配していたけれど、いまは歌うし、いつも人と、ときには大勢の人と話している」という一節になります。米国吃音財団も、俳優・歌手・エンターテイナー、スポーツ選手、記者・写真家といった区分で同じような一覧を公開しています。

「歌ならどもらない」と言われる側にいる人

この話題でいちばんよく出てくるのが、「歌えばどもらない」という言い方です。ただ、その言葉を外から向けられる側には、別の景色があります。

当事者の声(20代・女性・医療従事者/個人ブログ。小学校時代を振り返った記事。かぎ括弧の中は本人が書き留めた教師の言葉)

ただ、先生方は理解がなく、

「貴女は歌が上手いのに、どうして台詞はうまく言えないの?」

と言われたことがあります。

そんなことは私が知りたい。

吃音を持っている方は、わかるわかる!と思うかもしれませんが、歌はびっくりするくらいどもらないのです。ラップも、どもらない。

なんでかな…?

学習発表会を、どもらずに言えるせりふを選んだりダンスの役に回ったりしてしのいでいた時期の記録です。歌はどもらない、ラップもどもらない、それなのにせりふは言えない——この落差を、本人は「なんでかな…?」と書いたまま置いています。同じ落差は、名前の知られた人の物語としてではなく、教室のなかの出来事として起きていました。そして落差そのものは、この人だけのものではありません。

出典: 吃音のはじまり その2(はてなブログ「話しづらいし生きづらいけど。」)(台帳: V0221)

日本吃音・流暢性障害学会の解説は、吃音の特徴として「状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりする」ことを挙げ、歌を歌うとき・2人で声を合わせるとき・独り言を言うときなどに一時的ですが流暢になる人が多いと書いています。海外の総説も同じ現象を扱っていて、聞こえ方を変えたり話すリズムを変えたりすると吃音の頻度がすぐに、はっきり下がると整理しています。そこで挙がっているのは、自分の声が遅れて聞こえる装置、みんなで声をそろえて読むこと(斉読)、音節の長さをそろえた話し方などです。

総説は、これらに共通するものを一つ挙げています。どれも外からの信号を伴うということです——斉読なら一緒に読む人の声、歌なら音楽、メトロノームならその音。そしてこれらの外からの合図は、簡単に言えば外部の「ペースメーカー」とみなせる、と結んでいます。この仕組みの話は、ラップを続けている当事者や歌手を扱った記事のほうで詳しく書いています。

その姿が、どう描かれるか

有名な人の吃音が話題になるとき、その画面を見ているのは、吃音のある本人や、その家族でもあります。どう描かれるかで、受け取るものは大きく変わります。

吃音のある小学1年生の息子をもつ母親の投稿(個人ブログ。吃音のある登場人物が出てくる作品について書いた部分)

前に海ちゃんが出てた映画の[ブラック校則]にも吃音の男の子が出てて、最初は笑われてたけどグラウンドの舞台でラップを披露して生徒から拍手をもらってて、それはいいと思った。

同じ投稿の前半で、この母親は、吃音そのものを笑いに変える扱いについて「地獄でしかない」と書いています。表舞台に出ること自体は「知ってもらえるいい機会になる」とも書いたうえでの区別です。挙げられているのはどちらも吃音のある登場人物が出てくる作品ですが、その人が拍手を受ける側で描かれるのか、笑われる側で描かれるのかで、画面の前に座っている子どもと親に届くものが変わる——そう書き分けています。この違いは好みの問題ではなく、吃音のある人が実際にどう見られやすいかと地続きです。

出典: 水曜日のダウンタウン(アメブロ「なっちゃんの育児日記トキドキKPとの日常」)(台帳: V0192)

吃音のある人に向けられる世間の見方が全体として否定的であることは、繰り返し調べられてきました。大学生を対象にした調査では、吃音のある弁護士は、吃音のない弁護士より有能さや知性の面で低く見られています。就職の場面ではもっと直接的で、ある調査では吃音のある人の7割以上が「吃音のせいで雇われる見込みが下がる」と考えていました。雇う側を対象にした調査でも、過半数が吃音のある応募者に否定的な態度を持ち、吃音が仕事の出来を妨げると考えていたと報告されています。だからこそ、数少ない「見える例」がどう見せられるかが効いてきます。

自分から言う、という選択

有名な人が公表することと、自分が目の前の相手に言うことは、別の出来事です。ただ、後者を決めるときの手がかりは、研究の側にもあります。まず、打ち明ける前に何を抱えていたのかを書いた文章を読んでみます。

当事者の声(アイドルとして活動する本人がnoteに公開した文章。幼少期に吃音と診断されている)

これまでそのことを家族(幼少の頃に吃音と診断されて以来)にも友人にもメンバーにも運営さんにもファンの方にも誰にも相談をすることや打ち明けることはできませんでした。それはみんなを信頼していないから、ということではなく自分の気持ちを上手く話せなかったり、奇異な目で見られてしまうのではないかと恐れて口に出せなかったわたし自身の問題です。

活動の節目と、声や言葉がより多くの人に届く仕事が決まったことを理由に挙げて、この文章は書かれました。誰にも言えなかった年月を振り返ったうえで、それを「わたし自身の問題です」と自分の側に置いています。文章そのものが、この人にとっての公表でした。打ち明けたあとに相手の受け止めがどう変わるのかは、研究の側でも三十年にわたって調べられてきました。

出典: 好きとアイドルとわたしと吃音のおはなし(note)(台帳: V0393)

その三十年分の研究を、条件を決めて集めたうえでまとめて評価した報告が、テキサス大学オースティン校の研究グループから出ています。数を数えられる形の研究18件のうち15件(83.3%)で、自分から打ち明けることは全体として好意的な影響を持っていました。さらに、伝え方を比べた研究では、謝る形の言い方や何も言わない場合よりも、謝らない形の伝え方のほうが好意的に受け止められていました(13件のうち12件=92.3%)。この報告は結論として、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担(ステレオタイプ脅威)をやわらげる方法として、謝らない形で自分から伝えることを支持しています。

場面を絞った実験もあります。模擬の就職面接を撮った動画を見せた研究では、吃音のある候補者は全体として低く評価されました。ところが、面接の冒頭で本人が吃音にひと言触れた条件では、吃音のある候補者とない候補者の評価に差がなくなりました伝えるタイミングを早くするほうが後から伝えるより効くことは、先行する研究でも報告されていて、あらかじめ知らされた相手は、その人の振る舞いをどう受け取るかを自分で調整できるからではないかと論じられています。

ただしこの実験には、論文自身が認めている限界があります。参加者を大学生だけから集めたので一般の人たちを代表しておらず、面接を受ける役と年齢が近いために評価が甘くなった可能性があること、そして面接を演じたのは実際には吃音のない俳優だったことです。

「治った」という言葉を、どう読むか

有名な人の話は、ほとんどの場合「治った」という形で伝わってきます。その言葉をどう受け取ればいいのかを、数字のほうから確かめておきます。

総説によると、子どものころに吃音が始まる人の割合は約5%で、そこから回復する割合は最大で約8割、結果として大人での割合は約1%になります。人数でいえば、米国で約300万人、世界で約5,500万人と見積もられています。つまり、子どものころに吃音が出た人の多くは、やがて回復します。

総説が示す推計を2本の棒で並べた図。子どものころに吃音が始まる人は人口の約5%、大人で吃音がある人は人口の約1%。どちらも分母は人口。回復率(最大で約80%)は分母が違う(吃音が始まった人のうちの割合)ので棒にしていない。総説は、この回復が自然に起きたものか早い時期の訓練によるものかは区別できないと書いている。
図1: 子どものころに始まる人と、大人で吃音がある人(人口に対する割合)。出典: Büchel & Sommer (2004) What Causes Stuttering? PLoS Biology 2(2).

問題はその先です。同じ総説は、この回復が自然に起きたものなのか、早い時期の言語の訓練によって起きたものなのかは、はっきりしないと書いています。さらに、ある子が回復するかどうかを前もって見分けるよい方法もない、とも書いています。回復した人が「あのときこれをしていた」と振り返るとき、その「これ」が回復させたのかどうかは、本人にも、いまの研究にも、後から切り分けられないということです。

もう一つ、別の層の話が混ざりやすい点にも触れておきます。歌うときや声を合わせるときに言葉が出やすくなるのは、学会の解説が書くとおり一時的な変化です。その場で流暢に話せることと、吃音そのものが無くなることは、同じではありません。学会の解説は、吃音には調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続く「波」があることも書いています。ある時期だけを切り取れば「良くなった」とも「戻った」とも見えるので、短い期間の変化だけで判断しないほうが安全です。

ほかに名前が挙がっている人と、相談できる場所

一人を知ると、次に気になるのは「他には誰がいるのか」だと思います。名前の一覧そのものは、当事者団体が出典を持つ形で公開しています。

STAMMAの一覧の歌手・音楽家の区分には、ラッパーのケンドリック・ラマーさんの言葉も引かれています。訳すと「子どものころ、自分はどもっていた。だからこそ音楽に力を注いだのだと思う」という一節です。ほかにカーリー・サイモン、エルヴィス・プレスリー、スキャットマン・ジョン、メル・B、ジョン・リー・フッカー、リチャード・トンプソンらが並びます。米国吃音財団の一覧は、俳優・歌手・エンターテイナーのほか、スポーツ選手、記者・写真家といった区分を持っています。

この2つの一覧が信頼できるのは、載せない判断もしているからです。STAMMAは、ネット上で吃音があると言われていても裏づけになる資料が見つからない人物には、名前の横に疑問符を付けていると明記しています。ある音楽家について「父親の扱いのせいで兄弟が吃音になった」と伝記に書かれている件も、その記述には裏づけが見つからないとしたうえで、「親が吃音の原因になることはない」とはっきり打ち消しています。名前を集めた記事を読むときは、この2つの一覧に載っているかどうかが一つの物差しになります。

そして、名前を知ったあとにできることのほうも書いておきます。学会の解説は、本人が治療を希望する場合には言語聴覚士による発話の訓練を受けるという選択肢があるとしています。発話の訓練だけでは変わらないときや、吃音への不安が強いときには、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとも書かれています。

人と会う場のほうも用意されています。国内には吃音の自助団体があり、「吃音があるのは自分だけではない」と知り、共通の体験を語り合うことが活動の中心です。1965年に発足した言友会は国内で最も歴史が古く、ほかに若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体もあります。世界では1995年に国際吃音連盟が設立され、10月22日を国際吃音啓発の日と定めています。

学校や職場については、制度の裏づけがあります。発達性吃音(子どものころに始まる吃音)は発達障害者支援法の対象に含まれ、医師の診断書または意見書によって精神障害者保健福祉手帳が交付されます。障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動・扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった合理的配慮を求めることができます。ただしその際に、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。

有名人の吃音の話を読むときの3つの落とし穴

落とし穴1 − 「同じことをすれば、同じようになる」と読む

ある人が何かをしていた時期に吃音が軽くなったとしても、それがその方法の効果だったのかは、後から切り分けられません。総説自身が、子どもの回復について、自然に起きたものか早い時期の訓練によるものかははっきりしないと書いており、誰が回復するかを前もって見分けるよい方法もないとしています。歌ったり声を合わせたりする条件でその場の吃音が減ることは知られていますが、学会の解説はそれを一時的なものと位置づけています。練習そのものを否定する話ではありませんが、「これをすれば無くなる」と読める形にはなっていません。

落とし穴2 − 名前が並んだ一覧を、そのまま事実として受け取る

ネット上には吃音のある有名人の一覧がたくさんありますが、出典を持っているものは多くありません。STAMMAは、裏づけになる資料が見つからない人物には名前の横に疑問符を付けると明記しています。同じ一覧は、吃音の原因を親の育て方に結びつける記述についても、裏づけが見つからないと断ったうえで「親が吃音の原因になることはない」と打ち消しています。名前が載っているかどうかより、誰が、どんな根拠で載せているかを見てください。

落とし穴3 − 「有名な人もいるのだから」で、相談を先延ばしにする

励まされること自体は悪いことではありません。ただ、その気持ちだけで日々の困りごとが減るわけではないのも確かです。言語聴覚士による発話の訓練、カウンセリングや心理療法、自助団体への参加は、それぞれ別の役割を持っています。学校や職場では、発表や電話応対の免除といった配慮を求めることもできます。どの場面で、どのくらい困っているのかを書き留めておくと、相談するときに話しやすくなります。

まずは気づいたことを書き留めておくことから小さく始め、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。

よくある質問

エド・シーランさんに吃音があるというのは本当ですか?

英国の吃音支援団体STAMMAが公開している一覧の歌手・音楽家の区分に名前があり、子ども向け番組で本人が自分の子どものころの吃音に触れた記録と、そのときの言葉が添えられています。米国吃音財団も同じような一覧を公開しています。ここから言えるのは「本人が公の場で子どものころの吃音について語っている」ということまでで、いまの状態については分かりません。

ラップや歌を練習すれば、吃音は治りますか?

そう読める根拠は手元にありません。歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに一時的に流暢になる人が多いことは学会の解説にも書かれていますが、そこには「一時的」と添えられています。総説はこの種の条件に共通するものを外からの合図と説明し、それを外部の「ペースメーカー」とみなせるとしています。その場の話しやすさと、吃音そのものが無くなることは別の話です。

どうして歌だとどもらないのですか?

総説の説明では、歌・斉読(みんなで声をそろえて読むこと)・メトロノームに合わせた音読には、いずれも外からの信号が伴います。その信号は耳の側から発話を作る仕組みに入っていくため、ずれてしまった活動を整え直せるのではないか、と論じられています。ただし、これは仕組みについての説明であって、治療法として確かめられたものではありません。

子どもの吃音は、どれくらい治るのですか?

総説によると、吃音が始まる子どもの割合は約5%で、そこから回復する割合は最大で約8割、結果として大人での割合は約1%になります。ただし、その回復が自然に起きたものか早い時期の訓練によるものかは区別がつかず、ある子が回復するかを前もって見分けるよい方法もないとされています。

吃音があることを、まわりに言ったほうがいいですか?

決めるのは本人ですが、判断の材料はあります。三十年分の研究をまとめた報告では、数を数えられる形の研究18件のうち15件で、自分から打ち明けることは全体として好意的な影響を持っていました。伝え方を比べた研究では、謝る形より謝らない形のほうが好意的に受け止められています。模擬の就職面接を使った実験でも、冒頭でひと言触れた条件では吃音のある候補者とない候補者の評価に差がなくなりました。ただしこの実験の参加者は大学生だけで、面接を演じたのは実際には吃音のない俳優でした。

まとめ

  • 本人の言葉として確かめられるのは、英国の吃音支援団体STAMMAの一覧に記録されている範囲と、公の場でのスピーチとして残っている範囲まで。米国吃音財団も同じような一覧を持つ。
  • 歌うとき・2人で声を合わせるとき・独り言のときなどに一時的に流暢になる人が多い、と学会の解説は書いている。総説はその共通点を外からの合図に求め、外部の「ペースメーカー」とみなせるとする。
  • 子どものころに吃音が始まる割合は約5%、回復する割合は最大で約8割、大人での割合は約1%。ただし自然に回復したのか早い時期の訓練によるのかは区別できず、誰が回復するかを前もって見分ける方法もない。
  • 吃音のある人は面接の場面で低く評価されやすいが、冒頭でひと言触れるとその差は見られなくなった。三十年分の研究をまとめた報告も、謝らない形で自分から伝えることを支持している。
  • 名前の一覧を読むときは、裏づけのない名前に疑問符を付けている一覧かどうかを見る。相談先としては言語聴覚士・自助団体があり、学校や職場では合理的配慮を求められる。

参考文献

  1. STAMMA(英国の吃音支援団体)「Influential People who Stammer」
  2. The Stuttering Foundation(米国吃音財団)"Famous People Who Stutter"
  3. 日本吃音・流暢性障害学会 広報委員会「吃音(どもり)とは」
  4. Büchel & Sommer (2004) What Causes Stuttering? PLoS Biology 2(2).(吃音の原因を扱った総説)
  5. Coalson, Rodriguez, Albaum, Allen & Byrd (2026) Self-disclosure of stuttering: A systematic review. J Fluency Disord.(テキサス大学オースティン校の研究グループによる、三十年分の研究をまとめた報告)
  6. Perez, Newman, Walmer et al. (2025) Acknowledging a Stutter Affects the Impression One Makes in a Job Interview. Int J Lang Commun Disord.

当事者の声の出典: V0436(個人ブログ「100% inspiration」・TIME誌が伝えた本人の受賞スピーチの原文と日本語訳)/ V0221(はてなブログ「話しづらいし生きづらいけど。」・20代女性の記録)/ V0192(アメブロ「なっちゃんの育児日記トキドキKPとの日常」・小1の息子をもつ母の投稿)/ V0393(note・アイドルとして活動する本人の文章)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-12 公開