まず結論から
- すごろくの形をした吃音の教材は、実際にあります。全国言友会連絡協議会(NPO法人)の出版事業案内に「すごく!すごろく」という教材が載っており、すごろくゲームをしながら、吃音のことや自分の良さ、様々な表現の仕方について学べる教材だと説明されています。グループ指導でも個別指導でも工夫して活用でき、利用にあたってのサポートキットも公開されているとされています。ただし、マスの並びや止まったときの文言まで書いた公開資料は、この記事の材料の中にはありません。そのため、盤の中身をここで紹介することはできません。日本吃音臨床研究会も、ことばの教室で子どもと一緒に取り組む演習用の教材を案内しています。
- 一方で、順番が回ってきて、止まったところで自分のことばを言うという形の時間は、ことばの教室や親子キャンプの記録に具体的に残っています。子ども同士が集まる場では、大人が引き出さなくても、一人が話し始めると周りの子が自分の向き合い方を言い出す、という場面が記録されています。研究の側も、いじめが起きても子どもは大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうると述べています。
- こうした場が目指しているものは、「どもらずに言えること」ではありません。青年期の吃音を対象にしたグループでの取り組みでは、話し方を意図的に操作する練習をせず、話すときの目標を「どもらない」以外の具体的なことに置くことが目標の一つに掲げられています。吃音の臨床でも、目に見える話しにくさを減らすことだけでなく、本人がその状態にどう反応するか、周りの環境、生活上の制約をどう扱うかが対象になるとされています。
- 自分から吃音のことを伝えることについては、大人を対象にした実験があります。面接の冒頭で「自分は吃音がある」と事実として伝えた話者は、何も言わなかった話者より、観察者から友好的・外向的・自信があると評価されやすいという結果が出ています。
- ただし遊びの形そのものは、家庭で親子だけで完結するものとしては記録されていません。記録に出てくるのはいずれも同じ吃音のある子や、担当の先生がいる場です。相談先は、ことばの教室(通級指導教室)の担当者と、小児を診る言語聴覚士になります。
ただし、ここに挙げた実験はいずれも大人が面接を受ける場面を作って測ったもので、子どもの遊びの場でそのまま同じことが起きると確かめた研究ではありません。原典自身も、自分から伝えることがすべての場面・すべての人にとって良いとは限らないと断っています。この記事は「すごろくをすれば良くなる」と言うものではなく、遊びの形で何がおこなわれてきたかを記録から拾い直すものとして読んでください。
「順番が回ってくる」ことが、この形のいちばんの中身
すごろくやカードゲームが教室で使われるとき、勝ち負けが目的になっていることはまずありません。この形がしていることを一つだけ挙げるなら、黙っていてもいつか自分の番が来るということです。手を挙げなければ当たらない場と違って、順番は勝手に回ってきます。そのとき何を言うかは、自分で決めることになります。
同じことは、盤が無くても起きています。夏に開かれる吃音の親子キャンプで、6年生8人が輪になって話した夜の記録です。
ことばの教室(通級指導教室)担当教員が書いた吃音親子サマーキャンプの記録(宇都宮市立雀宮中央小学校・髙木浩明教諭。日本吃音臨床研究会の報告。話しているのは6年生のグループに参加した子どもたち)
「友だちは、私がどもることを知らないと思う。でも私は、自分がどもるのがイヤ」まわりの子どもたちもじっとその話を聞いている。そして「どもりを隠しても、どもりが治るわけではないから、僕はそうしない」「僕は、タイミングを掴んで話せばどもらないから、そういうふうにしている」「僕は、隠そうと思っても、隠せないから」それぞれ自分の思いをことばにしていく。
夕食のあとに始まった1回目の話し合いでした。運動会の係や委員会の話をしていた輪の中で、Aさんが「私、5年生の後半から学校を休んでいる」と話し始めます。学校は嫌いではないし友だちもたくさんいる、けれど5年生で担任が替わって一日に何回も当てられるようになり、どもらないように話すのが辛くなった——記録者はその答えを「ゆっくり答える」と書いています。そのあとに続いたのが、上の三つのことばです。隠さない子、間合いを取る子、隠せない子。誰も正解を示さず、一人ずつ自分の側から言っただけでした。記録者は後から、Aさんは最初からこの話をするつもりではなかったのではないか、初対面ばかりの中で心の中にあるものがふっと出てきたのではないか、と振り返っています。吃音のある子は自分の話しにくさだけでなく、それが同級生から否定的な反応を招きうることにも気づいていて、その危険を避けて教室の空気に合わせがちだという観察が研究にもあります。
出典: 第19回吃音親子サマーキャンプ(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0214)
研究の側は、この「教室の空気に合わせてしまう」傾向を、支援で扱うべき対象として名指ししています。吃音のある子に対しておこなわれる人づきあいの練習は、周りに合わせすぎてしまう傾向そのものにも向き合う必要があるかもしれない、というのが英国の研究者たちの提言です。同じ論文は、いじめが起きても子どもは大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうるとも述べています。順番が回ってくる場は、その「子ども同士」を人工的に作る、いちばん単純な装置だと言えます。教室での立ち位置を数字で測った部分は、吃音かるたの記事にまとめました。
遊びの中で、実際に何をしているのか
では、ことばの教室の部屋で遊んでいるとき、子どもは何をしているのでしょうか。約20年前に通っていた当事者が、覚えていることを箇条書きで書き残しています。
当事者本人(吃音歴30年・現在は2児の母。小学生のとき、別の小学校にあることばの教室に親の送迎で通っていた。吃音の当事者団体のメディアへの寄稿)
・待ち時間は遊びの部屋?のような待合室で待っていました。2段ベッドがあったり、大きなクッションがあったり、パズルがあったりしました。
・絵を描く課題があり、描き終わると自分が考えていることを説明する時間がありました。
・スタッフさんと一緒におもちゃが沢山ある部屋で遊びました。遊びの中で自分の気持ちを話したり、ルールなどを説明するなどしていました。
三つとも、遊んでいる最中に何かを説明する時間がついています。絵を描いたら、描きながら考えていたことを言う。おもちゃで遊んだら、いま自分がどう思っているか、このルールはどうなっているのかを言う。書いた本人は、この教室で吃音そのものが何か改善されたとは思わない、悪い記憶もないが特別楽しかったという印象もない、と率直に書いています。そのうえで残ったものとして挙げているのが、自分の通う学校以外の世界があると知ったことと、自分に対して真剣に課題を個人指導してくれる先生がいたことが自己肯定感の向上に良い影響を与えた、という二つでした。遊びは、話す中身を自分で決める場面を、無理なく何回も作るための仕掛けとして置かれています。
出典: ことばの教室に通う吃音の子はどう感じているの?(日本吃音協会 HAPPY FOX・miho さんの寄稿)(台帳: V0094)
この「遊びながら説明する」という組み立ては、支援者向けの教材の作られ方とも重なります。日本吃音臨床研究会の書籍・教材の案内には、ことばの教室で子どもと一緒に話し合い、演習として取り組むための教材として『吃音ワークブック』が挙げられており、親・教師・言語聴覚士が使えることを掲げていると書かれています。同じ案内には、幼児期・学童期の吃音についてよく出される質問に答えた本が、親や教師が子どもに、また子どもがクラスの子に吃音を説明するときに役立つものとして紹介されています。全国言友会連絡協議会も、ことばの教室など学校の先生や言語聴覚士を主な対象とした指導教材と、啓発資料を制作していると案内しています。その中に「すごく!すごろく」があり、すごろくゲームをしながら、吃音のことや自分の良さ、様々な表現の仕方について学べる教材だと説明されています。使い方はグループ指導でも個別指導でも工夫して活用できるとされ、利用にあたってのサポートキットも公開されています。ここでも、遊びそのものではなく、遊びながら何を言うか——吃音のこと、自分の良さ、言い方の選び方——のほうが中身として書かれています。いずれも案内ページなので、盤のマスや手順そのものは載っていません。
「治すための勉強」ではなかった、と本人は書いている
遊び教材を探す動機としていちばん多いのは、たぶん「楽しく続けられる練習を用意してあげたい」という気持ちです。ただ、通った側がその時間をどう受け取っていたかを読むと、少し景色が変わります。小学6年生のときに通級指導教室(ことばの教室)につながった人の手記です。
当事者本人(3歳で吃音が始まり、小学6年生のときにテレビ番組をきっかけに、別の小学校にある通級指導教室「きこえとことばの教室」に通い始めた。障害福祉の機関誌に載った手記)
通えたのはほんの数回だと思うが、本当に私にとって大切な時間となった。吃音の知識を学ぶ時間はあったが、決して吃音を治す勉強はしていなかったと思う。それは何故か。それよりも大切なことは
「自分が話したい話をする。自分が思ったことを、思ったままの単語を使用して伝える。時間を気にせずに沢山お話をすることが出来る機会が私には必要だったから」だ。
通えた回数は、本人の記憶では数回です。それでも「大切な時間」と書いているのは、そこで何かができるようになったからではありませんでした。小学2年生の日記に「歓迎の催しで声が出なくて悲しくなった」と書いてから、6年生まで、なるべく目立たないように、話さないように過ごしていた人です。介護施設で働く吃音のある人が施設内放送に取り組むドキュメンタリー番組を家族と見て、同じことで悩んでいる人に会いたいと母親に伝えたのが、教室につながったきっかけでした。教室でしていたのは、時間を気にせず、自分が思ったままの単語で話すことだった——と本人は振り返っています。吃音の臨床では、目に見える話しにくさを減らすことだけでなく、本人が話せなくなる感覚にどう反応するか、周りの環境、生活上の制約をどう扱うかも対象になるとされています。
出典: 和智南生さんの手記(日本ノーマライゼーション協会の機関誌)(台帳: V0112)
「どもらずに言えること」を目標から外す、という考え方は、国内の医療機関の取り組みにも書かれています。国立障害者リハビリテーションセンターの広報誌に載った、青年期の吃音を対象にしたグループでの取り組みの紹介では、目標として三つが挙げられています。吃音をほとんど忘れて自然に話せる力が自分にあると理解し、それができると信じて使えるようにすること。話すときの目標を「どもらない」以外の、前向きで具体的なことに置くこと。そして、吃音に注意を取られずに、自分が向けたい方に注意を向けられるようになること。従来のグループ訓練と違う点として、話し方を軽くするために意図的で自然ではない操作を練習せず、自然で楽に話せている力のほうを伸ばすと明記されています。学齢期については、言語訓練だけでは長期的な有効率が低く、心理面・社会面のサポートも必要だとされています。遊びの形が選ばれているのは、楽しませるためというより、この「話し方以外を目標にする」やり方と相性が良いからだと読めます。
同じ吃音のある子と一緒にやると、何が違うのか
順番が回ってくる場は、家族の中にも作れます。それでも記録に残っている場面の多くは、同じ吃音のある子が複数いる場で起きています。中学2年生のときに初めてその場に行った人が、弁論の原稿にその日のことを書いています。
当事者本人(当時中学2年の女子。両親に連れられて専門の病院を受診し、言語聴覚士から小中高校生の当事者の会を紹介された。弁論大会の原稿として公開されたもの)
先生は、「治す事より、これから吃音とどう付き合っていくかを考えよう」と言いました。そして、吃音者で作られているグループ、「小中高校生の吃音のつどい」を紹介してくれました。発表するのが苦手な私でも、その会の中では気が楽でした。お互いに声が出ない苦しみを知っている。吃っても、皆が静かに次の言葉を待っていてくれる。「大丈夫だよ。」という視線が私を包んでくれる。自分一人が悩んでいる訳ではないのだと気づき、私の中でつっぱっていたものが溶けていくような気がしました。
この人が原稿の前半に書いているのは、なぜいつも自分だけ上手に話せないのだろう、治す方法はないものか、と悩み続けた日々です。その流れの先で会った言語聴覚士が最初に言ったのが、治すことより付き合い方を考えよう、でした。紹介された会で起きたことは、本人のことばで言えば、待ってもらえたこと、そして悩んでいるのが自分一人ではないと気づいたことの二つです。発表が苦手なままでも、その会の中では気が楽だった、と書かれています。日本吃音・流暢性障害学会の解説も、国内の自助団体の活動の中心は、吃音があるのは自分だけではないと認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことだと説明しています。
出典: 中学2年生の弁論原稿(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0069)
ただし、こうした場が何をする場なのかは、はっきり線が引かれています。吃音ポータルサイトは、当事者が集まる会(セルフヘルプグループ=自助グループ)について、当事者の集まりであるため、言語聴覚士のように吃音についての学術的な知識や、吃音を改善するための専門的な指導や支援が受けられるわけではない、と明記しています。そのうえで、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じられない連帯感の中で悩みを聞いてもらったり、同じ立場から具体的な助言をもらったりと、そこでしか得られないものがあることも事実だと続けています。指導を受ける場と、待ってもらえる場は、別ものとして数えたほうがよさそうです。なお大人の話になりますが、吃音のある人のうち当事者コミュニティに関わっている割合は、国際的な団体で約0.99%、国レベルの団体で約0.63%、地域の自助グループで約1.01%と推定されており、実際の関与はこれより低いだろうと原典は注記しています。会に行っている人のほうがむしろ少数だ、という前提で読む必要があります。
自分から伝えることは、大人では実験でも測られている
ここまでの記録に共通していたのは、「自分の吃音を自分のことばで言う」という場面でした。それが相手にどう届くのかを、大人を対象に測った研究があります。テキサス大学オースティン校の研究者たちは、面接を受ける場面の動画を作り、話者が冒頭で吃音のことを伝える言い方を3通りに変えて、観察者338人に印象を評価してもらいました。
3通りとは、事実として伝える言い方、謝るように伝える言い方、そして何も言わない、です。事実として伝える言い方は、原文では「始める前に、自分には吃音があることをお伝えしておきます。音やことばを繰り返すのが聞こえるかもしれませんが、聞き取れないことがあれば遠慮なく聞き返してください」という趣旨のものでした。結果は、事実として伝えた話者のほうが、謝るように伝えた話者よりも、また何も言わなかった話者よりも、友好的だと評価されやすいというものでした。差がいちばん大きかったのは「自信がある」という評価で、この項目だけは、謝るように伝えた場合でも何も言わない場合より高く評価されています。別の研究でも、吃音のことを伝えた話者のほうが、伝えなかった話者より友好的・外向的・自信があると選ばれやすく、伝えなかった話者は不愛想・内気と選ばれやすいという結果が出ています。
読むときの注意が三つあります。第一に、これは大人が面接を受ける場面を作って測ったもので、教室や遊びの場で同じことが起きると確かめたものではありません。第二に、原典自身が、伝えることがすべての場面・すべての人にとって良いとは限らず、使うかどうかの判断も、その後に起きること(自分の内側でも、周りからも)も人によって変わりうると断っています。第三に、これは平均としての傾向であって、目の前の相手がどう受け取るかを予言するものではありません。学齢期の子どもについては、いじめや仲間からの否定的な反応に直面している子を助けるために臨床家が使える方略として、からかいへの応じ方を一緒に考える活動と、教室で仲間に吃音を説明する取り組みが提示された論文があります。
実物を探すときの手がかりと、相談先
すごろくの形をした教材そのものは、公開されている案内から確認できます。全国言友会連絡協議会は、ことばの教室など学校の先生や言語聴覚士を主な対象とした指導教材と、幼児編・学童編・中高生編に分かれた啓発リーフレットを制作しており、その指導教材の一つとして「すごく!すごろく」が案内されています。もう一つ、日本吃音臨床研究会が書籍と教材の案内ページを持ち、その中に、ことばの教室で子どもと一緒に話し合って演習として取り組むための教材や、吃音について説明するときに使える一問一答が並んでいます。ただし、どちらも案内ページなので、盤のマスや進め方といった中身の手順は載っていません。手に入れ方や費用の条件は変わることがあるため、ここでは扱いません。別の名前で見聞きしたものを探しているなら、その出どころに直接あたるのがいちばん早い道です。
ただ、記録を読むかぎり、探すべきものは盤や札よりも先に一緒に順番を回してくれる相手です。この記事に出てきた場面はすべて、ことばの教室の担当者がいる部屋か、同じ吃音のある子が集まる場で起きていました。通っている(または通える)ことばの教室の担当者に、遊びの形でできることはあるかと聞いてみるのが出発点になります。医療の側では、小児を診る言語聴覚士が相談先です。子どもの吃音は、話す場面でしか症状が出ないために悩みが小さく見積もられやすいとされているので、担任の先生・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をしやすくするきっかけになると案内されています。
どの場面で困っているかを具体的に聞くことも、早く気づくために勧められています。挙げられているのは、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式です。すごろくのマスを自作するなら、この並びがそのまま材料になります——止まったマスの場面を、どう切り抜けたか、どう切り抜けたいかを言ってみる。ただしこれは、公開資料に書かれた実践ではなく、この記事が困る場面の一覧から組み立てた案です。実際に作るなら、担当の先生と一緒に決めてください。学校での配慮の頼み方は吃音かるたの記事、家庭での声かけは子どもの吃音への対応の記事、本人に練習をさせるのではなく家庭や園の側の接し方・場面のほうを整えるやり方(環境調整法と呼ばれます)はそちらの記事にまとめています。
「吃音すごろく」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 盤の中身がわかる資料を探し続ける
すごろくの形をした教材そのものは、全国言友会連絡協議会の出版事業案内に「すごく!すごろく」として載っています。ただし、案内に書かれているのは、すごろくゲームをしながら吃音のことや自分の良さ、様々な表現の仕方について学べる教材だという説明と、グループ指導でも個別指導でも使えること、サポートキットが公開されていることまでで、マスの並びや止まったときの文言を読める公開資料は、この記事の材料の中には見つかりませんでした。中身を先に確かめてから決めようとすると止まってしまいます。探す先を、盤の中身から、一緒にやってくれる担当者へ切り替えたほうが早く進みます。
落とし穴2 − 「遊びながら治す」道具だと思う
記録に残っている遊びの時間は、話し方を練習する時間ではありませんでした。青年期の吃音を対象にしたグループでの取り組みでも、話し方を意図的に操作する練習はせず、話すときの目標を「どもらない」以外の具体的なことに置くと明記されています。通った本人も「決して吃音を治す勉強はしていなかった」と振り返っています。効果を「どもらなくなったかどうか」で測ると、続ける理由を見失いやすくなります。
落とし穴3 − 家で親子だけで完結させようとする
順番が回ってくる仕掛けは家でも作れますが、記録に出てくる場面はどれも、担当の先生がいる部屋か、同じ吃音のある子が集まる場でした。研究の側も、いじめが起きても子どもは大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうると述べています。家庭でできることと、家庭の外に用意する必要があることは、分けて考えたほうが無理がありません。
まずは、通っている(または通える)ことばの教室の担当者に相談するところから。医療の側では、小児を診る言語聴覚士が相談先になります。
よくある質問
「吃音すごろく」という教材は実在しますか?
すごろくの形をした吃音の教材はあります。全国言友会連絡協議会(NPO法人)の出版事業案内に「すごく!すごろく」が載っており、すごろくゲームをしながら、吃音のことや自分の良さ、様々な表現の仕方について学べる教材で、グループ指導でも個別指導でも工夫して活用できると説明されています。利用にあたってのサポートキットも公開されています。ただし、マスの並びや止まったときの文言まで読める公開資料は、この記事の材料の中にはありませんでした。日本吃音臨床研究会も書籍・教材の案内ページを持っています。
市販の「すごろく」を吃音の練習に使ってもいいですか?
使ってはいけないという根拠は、この記事の材料の中にはありません。ただ、記録に残っている遊びの時間は、話し方を練習する時間ではなく、遊びながら自分の気持ちやルールを説明する時間として書かれていました。青年期を対象にしたグループでの取り組みでも、話し方を意図的に操作する練習はせず、話すときの目標を「どもらない」以外の具体的なことに置くとされています。どう使うかを、ことばの教室の担当者や言語聴覚士と決めるのが安全です。
子どもに吃音のことを自分から言わせてもいいのでしょうか?
大人を対象にした実験では、面接の冒頭で吃音があることを事実として伝えた話者のほうが、何も言わなかった話者より友好的・自信があると評価されやすいという結果が出ています。ただしこれは大人の面接場面で測られたもので、原典自身がすべての場面・すべての人に有益とは限らないと断っています。学齢期については、からかいへの応じ方を一緒に考える活動と教室で仲間に説明する取り組みが、臨床家が使える方略として提示されています。まずは本人の気持ちを聞き、担当の先生と時期と形を相談してください。
ことばの教室では遊んでばかりに見えます。それでいいのですか?
通っていた当事者の記録では、絵を描いたあとに自分が考えていたことを説明する時間、おもちゃで遊びながら自分の気持ちやルールを説明する時間、という形で書かれていました。吃音の臨床では、目に見える話しにくさを減らすことだけでなく、本人がその状態にどう反応するか、周りの環境、生活上の制約をどう扱うかも対象になるとされています。気になるときは、いま何をねらった時間なのかを担当者に直接聞くと、見え方が変わることがあります。
同じ吃音の子が集まる会に行けば、話し方は良くなりますか?
そうとは限りません。吃音ポータルサイトは、当事者が集まる会は当事者の集まりであるため、言語聴覚士のような学術的な知識や、吃音を改善するための専門的な指導や支援が受けられる場ではないと明記しています。一方で、同じ立場の仲間と出会い、そこでしか得られない連帯感や具体的な助言があることも事実だとしています。日本吃音・流暢性障害学会も、自助団体の活動の中心は、吃音があるのは自分だけではないと認識し、体験を語り合い、互いに援助し合うことだと説明しています。
まとめ
- すごろくの形をした吃音の教材はある。全国言友会連絡協議会の出版事業案内に「すごく!すごろく」が載っており、吃音のことや自分の良さ、様々な表現の仕方を学ぶ教材で、グループ指導でも個別指導でも使え、サポートキットも公開されているとされる。ただしマスの並びや文言まで読める公開資料はこの記事の材料の中には無く、盤の中身は再現していない。演習用の教材は日本吃音臨床研究会の案内にもある。
- 順番が回ってきて自分のことばで言う、という形の時間は記録に残っている。親子キャンプの話し合いでは、一人が話し始めると、隠さない・間合いを取る・隠せない、と子どもたちが自分の向き合い方を口にしていた。
- ことばの教室の遊びは、話し方の練習ではなく、遊びながら自分の気持ちやルールを説明する時間として記録されている。通った本人も「決して吃音を治す勉強はしていなかった」と書いている。
- 青年期を対象にしたグループの取り組みは、話し方を意図的に操作する練習をせず、話すときの目標を「どもらない」以外の具体的なことに置く。学齢期も、言語訓練だけでは長期的な有効率が低いとされている。
- 自分から吃音のことを伝えることは、大人の面接場面では相手の印象に良く働くと測られている。ただし子どもの遊びの場で確かめたものではない。相談先は、ことばの教室の担当者と、小児を診る言語聴覚士。