まず結論から
- 診療ガイドラインは、治癒を約束し、治療の目標と方法を分かる形で説明しないやり方は使うべきでないと、避けるべき手続きの一つに挙げています。これは商品名を問わず当てはまる物差しです。
- 効果が確かめられた青年・成人向けの訓練には、共通する中身があります。日常の場面へ持ち出す練習、段階を追った自己評価と自己管理、そして効果を保つための維持プログラムです。
- 発話の流暢性を良くするソフトウェアは、推奨された吃音療法の枠の中で、療法士の監督のもとでのみ使うべきとされています。単体で完結する商品として位置づけられてはいません。
- 研究の裏づけは年齢によって大きく偏っています。就学前の子どもに集中していて、学齢期以降は乏しく、この年齢層を対象にした無作為化比較試験は一件もありません。
- 大人については、吃音を治す方法は現時点では無く、覚えた技法は補うためのもので、使い続ける必要があると総説が率直に書いています。
ただし、これは「市販のものはすべて無意味だ」という意味ではありませんし、特定の商品を評価したものでもありません。ここに挙げたのは、手元の資料から言えることの範囲です。ある商品について研究が見当たらないことは、効かないことの証明ではなく、確かめられていないということです。
「評判を聞きたい」で集まった場所で、起きていたこと
プログラムを買うかどうか迷ったとき、多くの人は同じ吃音のある人の声を探します。売る側でも買わせたい側でもない、自分と同じ立場の人の話が聞きたい。ごく自然な行動です。ところが、その入口自体が売り場になっていることがあります。
当事者の声(二児の父・社会人。連載「僕の吃音歴」より/個人ブログ)
動画が終わると、「吃音の改善についてもっと知りたい人は連絡をください」というようなことを言われ、教材の金額を提示されました。そして、Facebookで連絡をお待ちしていますと告げられ、会はお開きとなりました。
つまるところ、教材販売を目的にした集会でした。オフ会からの帰り道、「あれってそういうこと(教材販売)ですよね~」と他の参加者と話しながら歩いたのを覚えています。
当事者どうしの交流会という案内を見て、池袋の古い公民館に集まった7、8人。お菓子をつまみながらのフリートークから始まり、途中でノートパソコンが出てきて、動画が終わると金額が提示される——会の形そのものは、よくある集まりと変わりません。本人はこの日を「後味の悪い結果」と書き、後に自分でオフ会を主催する側に回っています。この場面が示しているのは、体験談の出どころと売る側が重なっていることがある、という一点です。だからこそ、寄せられた声の良し悪しではなく、その訓練に何が備わっているかを直接見るほうが確実です。診療ガイドラインは、効果が確かめられた方法に共通する構成要素を具体的に列挙しています。
出典: 僕の吃音歴(吃音に関わる活動編③ 初めてのオフ会主催)(note)(台帳: V0243)
診療ガイドラインが挙げている「避けるべき手続き」の中に、まさにこの場面に効く項目があります。治癒を約束し、治療の目標と方法を分かる形で説明しないやり方は使うべきでない、というものです。同じ一覧には、日常生活へ持ち出すための手立てを含まないもの、再発への対処を含まないもの、短期の成功はあるが長期の観察研究がないもの、呼吸の変更や体の力を抜く方法だけに頼るもの、吃音の原因や再発の責任を本人や家族に負わせるものが並びます。宣伝文を読むときは、この6つのどれかに当たらないかを見れば足ります。
「この練習を続ければ治りますよ」と言われたとき
市販のプログラムの多くは、発声や話し方の練習をまとめたものです。その中身だけを見ると、専門機関で行われる訓練とよく似ていることがあります。似ているのに結果が違うとしたら、どこが違うのでしょうか。
当事者の声(大阪・会社員47歳。第7回ことば文学賞 優秀賞作品「三つ子の魂、百までも」/自助団体の会報に掲載)
自由に使えるお金ができ、どもりを治そうと決意して、大阪の民間吃音矯正所に通い続けた。そこは、「堂々と、ゆっくり話す習慣が身に付けば、どもりは治りますよ」と教えていた。
3年間、本の朗読、外に出て道を聞きながら歩く実地訓練、人前でスピーチをする。私はがんばった。私は矯正所の中では堂々と話す事が出来た。
18歳で就職し、電話が恐怖で、どもりそうだと感じると半日ほど後回しにしたり、トイレや屋上で小さな声を出してから受話器を取っていた男性です。自由に使えるお金ができて、その全部を矯正所に注いだ3年間。本人が書き残しているのは「矯正所の中では堂々と話す事が出来た」という一行で、外の話ではありません。22歳のとき、会社に4か月の休職願いを出して東京の学院に入り、そこで初めて治らないと知った、と続きます。訓練室の中と外の落差は、研究の側でも古くから指摘されてきました。訓練室では吃音の頻度がかなり大きく下がることもあるが、日常の話す場面で制御を保ち続けるのは非常に難しい、と総説は述べています。
出典: 第7回ことば文学賞受賞作品 2「三つ子の魂、百までも」(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0233)
だから、効果が確かめられた訓練は「練習メニュー」だけでできてはいません。ゆっくりした話し方を集中的に練習することに加えて、日常の場面へ持ち出す練習、段階を追った自己評価と自己管理、自然に聞こえる話し方を目指すこと、そして維持プログラムを含むこと——これらが、条件を決めて研究を集めまとめて評価した調べ方と、複数の研究の結果を統合した解析から取り出された、共通する中身です。引き伸ばした発話、やわらかい声の出だし、呼吸の調整といった技法はその一部であって、全部ではありません。
吃音は再発しやすいため、どもったときの扱い方を教えるところまで含めて学ぶのが賢明だ、とも書かれています。買い切りの教材を一人で進める形は、この「持ち出す」「保つ」「戻ったときに扱う」の部分を、どうしても本人任せにします。
払ったお金と、返ってこない時間
効かなかったときに失うのは、支払った金額だけではありません。「次こそは」と探し続けた年月のほうが、あとから見ると重いという声があります。
当事者の声(60代女性・20歳で発症。自助団体「岡山言友会」の例会参加者の声)
先月初めて言友会に参加した新参者です。
20歳で吃音を発症し、40年以上劣等感や自己嫌悪で、自己否定しつつ生きてきました。その間、様々な発声法や自己啓発セミナー等で自分なりにお金と時間をかけて、治そうと奮闘してきました。
でも、むしろ悪化することもあり、まさか、努力が逆効果になるとは、と絶望的な気持ちにもなりました。
20歳という、子どもの吃音とは違う時期に始まった人です。40年以上という長さのなかで、発声法や自己啓発のセミナーを渡り歩いた期間が占めた割合は、本人にしか分かりません。この女性は同じ文章の終わりで、人並みを目指すより自分の長所を見つけて伸ばすべきだったと悔いており、若い人には吃音との戦いに明け暮れるより長所や特技を伸ばすことに時間を使ってほしいと書いています。研究の側でも、裏づけの弱い介入や助言がもたらしうる負の影響は、論点として名前を与えられています。
出典: 例会参加者の声(岡山言友会)(台帳: V0109)
ここで、目標の置き方そのものを見直しておく価値があります。学齢期の子どもと大人については、完全に流暢になることを唯一の目標にしない、という考え方が総説に書かれています。吃音の頻度がわずかに減ること、どもる時間が短くなること、話そうともがく感じが減ること、避ける行動が減ること、話すことにまつわる不安が減ること、そして社会生活・学校生活・仕事への関わりが良くなること——これらで成果を定義してよい、というものです。
「完全に治る」を唯一の合格点にすると、そこに届かないものはすべて失敗になり、次の商品を探す動機だけが残ります。目標を何段階かに分けておくことは、気休めではなく、判断の材料を増やす作業です。
公的なほうの窓口は、実際どうやって見つけるのか
「市販のものはやめて、ちゃんとした所へ」と言われても、その「ちゃんとした所」が見つからないから困っている——これが、多くの大人が行き止まりになる場所です。実際に探した人の記録があります。
当事者の声(40代半ば・社会福祉士。吃音歴30年近く/個人ブログ)
まずは病院探しから。
インターネットで「(都道府県名) 吃音 外来」で検索してみると……
結果は、ほとんどが子ども向けの吃音外来だった。
「そりゃそうかぁ」と思いつつ、負けじと検索ワードに「成人」を追加。
その結果、近隣の都道府県で二か所、吃音外来を見つけた。
想像はしていたけど、成人の吃音を診てもらえる病院って本当に少ない。
相談できる場が限られていることも、成人吃音者が苦しむ要因のひとつだと感じた。
高齢者福祉の分野で支援相談員を務め、電話対応や口頭での説明を工夫でしのいできた人です。担当範囲が広がって手間が倍増したことをきっかけに、正式な診断を受けようと動き始めました。見つかったのは近隣の都道府県に二か所。大きな病院の予約窓口に電話すると、紹介状がない初診は自己負担額が高くなるので先に近隣のクリニックで書いてもらえるか聞いてみては、と案内されています。この人の行き止まりは実在するもので、公的な資料の側も、言語聴覚士の業務は多岐にわたるため必ずしも全員が吃音の指導や支援を行えるわけではない、と正直に書いています。
出典: 吃音外来に行ってみました!受診体験記|吃音×社会福祉士(note)(台帳: V0252)
そのうえで、公的な資料が示している手順ははっきりしています。言語聴覚士は国家資格で、養成課程に吃音が含まれ、吃音のある人の指導・支援の中核を担う存在として役割が期待されています。多くは病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科に勤務しているので、受診や相談の前に、その施設や日本言語聴覚士協会・都道府県の士会に問い合わせて、吃音を扱っているかを確かめるのが確実です。近年、吃音の指導・支援に意欲的に取り組む言語聴覚士が増えてきている、とも書かれています。
言友会などのセルフヘルプグループについては、位置づけを取り違えないことが大切です。当事者の集まりなので、言語聴覚士のような学術的な知識や、吃音改善のための専門的な指導・支援が受けられる場ではありません。一方で、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じられない連帯感のなかで悩みを聞いてもらったり具体的な助言をもらったりできる、そこでしか得られないものがあることも事実だとされています。診療ガイドラインも、自助グループへの参加を臨床的な合意にもとづいて推奨しています。効果を測った研究にもとづく推奨ではなく、専門家の合意による推奨である点は、そのまま押さえておいてください。
いま、どの年齢にどれだけ裏づけがあるのか
「効果がある/ない」は、年齢を分けないと話が噛み合いません。研究の量そのものが、年齢によって極端に偏っているからです。
子どもと思春期の当事者への介入を集めた研究をまとめて評価したレビューは、世界的に見てエビデンスが就学前の子どもへの直接的な方法に集中していることを主要な所見としています。就学前については、親が担い手になるリッカム・プログラムが最高の等級と評価され、エビデンスの基盤・所見の一貫性・一般化可能性・臨床上の影響・適用可能性という5つの領域のうち4つで最高と判断されました。臨床上の影響だけが一段下の評価で、これは研究の標本が小さいことと脱落が多いことを反映しています。コクランの研究をまとめて評価したレビューでは、リッカム・プログラムを待機群と比べた無作為化比較試験4件に、2歳から6歳までの子ども151人が参加しています。
対照的に、より年長の学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした無作為化比較試験は一件も無く、この年齢層のエビデンスの水準は「乏しい」と評価されました。同じレビューのエビデンス地図も、この年齢層の空白を浮かび上がらせています。日本語で書かれた学齢期の治療研究を集めた研究をまとめて評価したレビューも、条件を満たした40件のほとんどが症例集積または単一事例の設計で、今後は効果を確立するためにより信頼でき系統的で厳密なエビデンスを集める必要がある、と結論づけています。
大人はその中間です。臨床ガイドラインのために行われた研究をまとめて評価したレビューは、2,293件の候補から方法論の質が許容できる38件を採択し、幼児期の吃音の治療についてのエビデンスが最も多く、学齢期はごくわずか、大人については一定量ある、と整理しています。そのうえで、大人については全体を見る包括的な治療が発話の流暢性と吃音の受け止め方の両方に影響しうること、話し方そのものを組み立て直す治療は外から見える特徴には良い効果がありうるが、外からは見えない吃音の側面には及ばない可能性があることを示しています。
そして大人の治療について、総説はこう書いています。大人の吃音を治す方法は現時点では無く、あらゆる技法は本質的に補う(代償する)ためのもので、良くなった状態を保つには使い続けなければならない。だからこそ、どんな治療でも長期の方針を組み込み、本人が自分自身の指導者になれるように教え、長く続く相談や追跡の機会を用意することが欠かせない、と続きます。
買う前に確かめる5点
ここまでの資料から、商品名を知らなくても当てられる物差しを5つ取り出せます。宣伝文と説明ページを開いて、順に当ててみてください。
- 「治る」と約束していないか。 治癒を約束し、治療の目標と方法を分かる形で説明しないやり方は、使うべきでない手続きとして名指しされています。
- 日常の場面へ持ち出す練習が含まれているか。 効果が確かめられた青年・成人向けの方法には、日常への般化の練習が共通して含まれています。逆に、般化の手立てを含まない手続きは避けるべきものに挙がっています。
- 段階を追った自己評価・自己管理があるか。 これも共通の構成要素の一つで、自然に聞こえる話し方を目指すことと並んで挙げられています。
- 維持プログラムと、戻ったときの手当てがあるか。 維持プログラムを含むことは共通して備わっている中身であり、再発への対処を含まないものは避けるべき手続きです。吃音は再発しやすいので、どもったときの扱い方まで学ぶのが賢明だとされています。
- 誰が見ているのか。 発話の流暢性を良くするソフトウェアは、推奨された吃音療法の枠の中で、療法士の監督のもとでのみ使うべきだとされています。発話に時間の目安を与える装置や、自分の声を遅らせたり周波数を変えて返す装置は、使っている間は吃音をなくすことができますが、日常的な治療の構成要素としては推奨できないとされています。
手法そのものについても、はっきり否定されているものがあります。薬による治療は行うべきでないとされ、これは否定する側の根拠が強いという評価です。リズムに乗せた発話や呼吸の調整を唯一のまたは主たる中身とすること、催眠、そして分かる形の考え方を持たない吃音療法も行うべきでないとされていますが、こちらは「勧められない。ただしその根拠自体は強くない」という位置づけです。日本の資料も、吃音に有効性が確立された薬物はなく、吃音が適応として保険収載されている薬はないと明記しています。
もう一つ、大人向けの新しい考え方も知っておくと選択の幅が広がります。国立障害者リハビリテーションセンターが紹介しているグループ認知行動療法は、発話症状を軽くするために意図的で自然ではない発話の制御を練習せず、自然で楽な発話の能力のほうを強化していく、という発想の転換に立っています。掲げる目標は、吃ることをほとんど忘れて自然に話せる能力があると理解して使うようにすること、コミュニケーションの目標を「吃らない」以外の肯定的で具体的なものにすること、吃音に注意を取られずに自分の向けたい方に注意を向けられるようになること、の3つです。従来の直接法には、本来のその人の話し方とは異なる制御された不自然な話し方になるため違和感を持つ人がいることや、効果の維持が難しいという意見があることも、同じ資料が率直に書いています。
相談の入口は、子どもならことばの教室、大人なら言語聴覚士のいる医療機関です。幼児期については、まず周囲の人の話し方や接し方のほうを変えることから始め、悪化が見られるか、吃音が始まってから1年半から2年以上経過した場合、あるいは就学1年前までに治らない場合などに訓練へ切り替えるという判断の目安が示されています。ドイツの診療ガイドラインも、3歳から6歳の子どもは発症から6〜12か月の経過観察を行い、その期間を過ぎても続くなら治療を始めるとしたうえで、持続の危険因子がいくつもある場合、制御の喪失や努力の増大を伴う長い症状がある場合、症状が親や子にとって負担で避ける行動を生んでいる場合には、直ちに始めるべきだとしています。
プログラムを探すときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 良い評判と悪い評判を数えて決めようとする
体験談は、書いた人が売る側と無関係であることを読む側から確かめられません。実際に、当事者の交流会として告知された集まりが教材販売の場だったという記録があります(台帳: V0243)。数の多い少ないではなく、その訓練に何が備わっているかを見るほうが確実です。上の5点は、評判をひとつも読まなくても当てられます。
落とし穴2 − 練習メニューが似ているから中身も同じだと考える
ゆっくり引き伸ばして話す、やわらかく声を出す——こうした技法は、効果が確かめられた方法にも含まれています。しかし共通して挙げられているのは技法だけではなく、日常への般化、段階を追った自己管理、維持プログラムまでを含んだ全体です。訓練室の中では話せるのに外では戻る、という落差は古くから指摘されてきました。
落とし穴3 − 「完全に治る」以外は失敗だと考える
学齢期の子どもと大人については、完全に流暢になることを唯一の目標にしない考え方が示されています。どもる時間が短くなること、もがく感じが減ること、避ける行動が減ること、話すことへの不安が減ること、社会生活や仕事への関わりが良くなることも成果に数えてよい、というものです。合格点を一つだけにすると、次の商品を探す動機だけが残ります。
迷っている間は、支払う前にできることから始めてください。どんな場面で話しにくいか、どのくらい続いているかを書き留めておくと、言語聴覚士やことばの教室に相談するときの材料になります。
よくある質問
市販の吃音改善プログラムに、効果を確かめた研究はありますか?
手元の資料には、個別の市販商品の効果を検証した研究はありません。研究の側で整理されているのは、リッカム・プログラムのように名前と手順が公開され、無作為化比較試験で比較された方法です。研究が見当たらないことは効かないことの証明ではありませんが、確かめられていない状態である、とは言えます。
口コミや評判は、どこまで参考にしていいですか?
体験談の書き手が売る側と無関係であることを、読む側から確かめる方法がありません。診療ガイドラインが示す「治癒を約束していないか」「日常への般化の練習があるか」「維持プログラムがあるか」といった項目は、評判を読まなくても宣伝文と説明ページだけで当てられます。判断の軸をそちらへ移すほうが確実です。
自宅で一人でやる教材でも、効果はありますか?
発話の流暢性を良くするソフトウェアは、推奨された吃音療法の枠の中で療法士の監督のもとでのみ使うべきだとされています。また、効果が確かめられた方法に共通する要素には日常への般化の練習・段階を追った自己管理・維持プログラムが含まれており、これらを一人で組み立てるのは簡単ではありません。遠隔での提供自体は、就学前の子どもについて標準的な方法と同じだけ効果があったと報告されていますが、これは療法士が関わる形での比較です。
大人の吃音は、訓練で治るのですか?
大人の吃音を治す方法は現時点では無く、あらゆる技法は本質的に補うためのもので、良くなった状態を保つには使い続ける必要があるとされています。話し方を組み立て直す治療は外から見える特徴には良い効果がありうるものの、外からは見えない側面には及ばない可能性があると報告されています。全体を見る包括的な治療が、発話の流暢性と吃音の受け止め方の両方に影響しうるとも示されています。
お金をかけずに相談できる場所はありますか?
子どもはことばの教室、大人は言語聴覚士のいる医療機関が入口とされています。ただし言語聴覚士の業務は多岐にわたり、必ずしも全員が吃音の指導や支援を行えるわけではないため、事前に施設や日本言語聴覚士協会・都道府県の士会へ問い合わせて確かめるのが確実です。言友会などのセルフヘルプグループは専門的な指導の場ではありませんが、当事者同士でしか得られないものがあるとされ、診療ガイドラインも参加を臨床的な合意にもとづいて推奨しています。
まとめ
- 特定の商品の効果は手元の資料では判断できない。代わりに、診療ガイドラインが挙げた「治癒を約束し、目標と方法を分かる形で説明しない」などの避けるべき手続きが、商品名を問わず使える物差しになる。
- 効果が確かめられた青年・成人向けの訓練には、日常への般化の練習・段階を追った自己評価と自己管理・維持プログラムが共通して含まれている。技法の一覧だけでは足りない。
- 発話の流暢性を良くするソフトウェアは、推奨された療法の枠の中で療法士の監督のもとでのみ使うべきとされ、装置は使用中に吃音をなくせても日常の治療構成要素としては推奨されていない。
- 研究の裏づけは就学前に集中し、学齢期以降は乏しく無作為化比較試験が無い。大人については一定量あるが、治す方法は現時点で無く技法は使い続けるものだとされる。
- 相談の入口は、子どもはことばの教室、大人は言語聴覚士のいる医療機関。吃音を扱っているかを事前に問い合わせて確かめる。裏づけの弱い介入がもたらしうる負の影響は、研究の側でも論点になっている。