まず結論から
- 日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、吃音の診断基準を「吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あること」としつつ、頻度は絶対の基準ではないとも書いています。中核症状とは、音の繰り返し・引き伸ばし・ことばが出ないブロックという、吃音の主な3つの症状のことです。
- 検査で数えるのは、外から見えるどもりです。音読・一人で話す・会話といった複数の場面で発話を録音し、回数と種類を数えます。場面によって出方が変わるからで、誰かと声をそろえて読むと大きく減ることが確かめられています。
- 数えたどもりの回数は、避ける・言い換える・隠すといった見えない側面を捉えられず、検査の点と本人の負担は必ずしも一致しません。専門家の合意では、評価で見る領域は6つあり、どもりの数はそのうちの1つです。
- 相談の場では、家でのようには吃音が出ないことがよくあります。それを「軽い吃音ですね」で終わらせることは、養育者にとってプラスに働くことが少ないと公的サイトは注意しています。
- どもりを数える判定は、訓練を受けた検査者どうしで高い一致が報告されています。むしろ注意すべきは、一つの場面・一つの時点だけの評価が実像を外しうることです。
ただし、この記事は検査の一般的な仕組みを整理したものです。お子さんやあなたの検査結果をどう読むかは、検査の数字だけでなく面接や経過を合わせて判断されるものなので、検査をした言語聴覚士など専門家に直接たずねてください。
「吃音検査法」とは — 誰が、何のために使う道具か
「吃音検査法」は、吃音の症状を共通の枠組みで観察・分類・記録するために作られた、専門家向けの検査キットの名前です。学苑社から出版されていて、現在は第2版(2016年)で、幼児版・学童版・中学生以上版の3つの年齢版があります。解説書と、検査に使う図版は別々に販売されていて、記録用紙は、検査を実施する人向けに、解説書を購入した人が出版社から入手する形になっています。
つまり記録用紙は、検査を受ける側が手に入れて自分で記入するものではありません。この記事でも、検査項目や記録用紙、図版の中身には触れません。それは有料の教材の中身であり、また、どもりを数える判定は、吃音の訓練を受けた検査者が決まった手続きで行うことで安定が確かめられているものだからです。
日本耳鼻咽喉科学会会報に載った総説は、吃音の診断基準を「吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あること」としています。中核症状とは、音の繰り返し(連発)・引き伸ばし(伸発)・ことばが出ないブロック(難発)という、吃音の主な3つの症状のことです。ただし同じ総説は、自分の名前だけでどもる人もいて、頻度は絶対の基準ではないとも書いています。3つの症状の型については吃音の種類の記事で詳しく扱っています。
なお、「自分や子どもに吃音があるのか、まず自分で確かめたい」という段階の方は、セルフチェックの記事に項目と受診の目安をまとめています。この記事は、専門家の検査を受ける(受けた)場面に絞ります。
なぜ短い物語を読まされるのか — 音読・一人で話す・会話で数える
検査の場では、文章を見ながら声に出して読むように言われたり、絵を見て話すように言われたりします。日本の検査法でも音読の課題に物語文が使われていて、「ジャックと豆の木」という題名で調べる人がいるのはそのためです。読まされたのは何のためだったのか——海外で検査を受けた当事者が、その日の中身を記録しています。
当事者の声(オーストラリア在住・難発の吃音がある成人/個人ブログの治療記録・匿名)
内容は、家族に吃音者がいたか、普段困っていること、治療のゴール、吃音率の検査でした。
検査は短い子供向けの童話を読むもので、吃音を調べるアプリで測定しました。
検査結果
読み:吃音率10.4%
オーストラリアの病院で初診を受けた当事者の記録です。聞かれたのは、家族に吃音のある人がいるか、普段何に困っているか、治療で何を目指すか。そのあとに子ども向けの短い童話を読む課題があり、どもった割合と話す速さが、読む・一人で話す・会話の3つの場面に分けて数字になりました。記録によれば、読みで10.4%、一人で話すときは13.5%、会話では9.2%。同じ人の同じ日でも、場面によって数字が動いていることが、この記録の中にそのまま写っています。検査が複数の場面で発話を録音するのは、吃音にこの「場面で変わる」性質があるからです。
出典: キャンパーダウンプログラム吃音治療 〜初診〜(アメブロ「吃音治療をオーストラリアの主治医とともに」)(台帳: V0091)
ドイツの診療ガイドラインは、客観的な評価のために、つながった発話を少なくとも300音節ぶん、複数の場面で音声か映像に記録し、どもった音節の割合・いちばん長かったどもりの持続時間・随伴症状(話すときに首や手足が動いてしまうこと)で分析して、重症度を分類するよう定めています。幼児では、検査者と遊びながら交わした会話から300語ぶんを取り、音や音節の繰り返し・一音節の語をまるごと繰り返すもの・音の引き伸ばし・ことばが途中で途切れるものを数え、重症度の検査と組み合わせて回数・種類・重さを測った研究があります。
場面で数字が変わるのは偶然ではありません。成人を対象に、自分で選んだ話題を話す独話・一人で読む音読・臨床家と声をそろえて読む斉読の3つの場面で録音した研究では、吃音のある人のどもりは独話と一人での音読で多く、斉読では大きく減りました。吃音のない人では、場面による差はありませんでした。この研究は、同じ文章を二度読むとどもりが減る「適応効果」を避けるため、音読と斉読で別の文章を使っています。慶應義塾大学病院の医療情報も、どもった単語を一度言えてしまうとその後は言いやすくなる適応効果や、誰かと一緒に読む・歌う・ひとりごとではどもりにくいという性質を、吃音の症状の特徴として挙げています。
だから、家で気になっている場面と検査の課題が同じとは限りません。読む課題では少なく会話では多い、あるいはその逆もあります。検査の数字は「その日・その課題での回数」であって、生活全体の量ではない——一つの環境・一つの時点だけを測る評価は、その人の本当の姿を捉えそこねることがあると研究は述べています。そう押さえておくと、結果の説明がずっと聞きやすくなります。
相談の場で、いつもの吃音が出ない
家では毎日のように詰まっているのに、言語聴覚士の前ではすらすら話す——検査や相談の日に、保護者がいちばん戸惑う場面です。「今日に限って」と感じるかもしれませんが、これは珍しいことではありません。
保護者の声(6歳の娘の母・保育士/個人ブログ note・名義「ひより」)
今回、先生とお話している間、娘の吃音は1度だけしか見られませんでした。初めて会う先生だったので緊張していて、結構見られるのかなと思いましたが、そうではありませんでした。
先生からも、「今すぐ何か特別な訓練や手立てが必要な状態ではなさそうですね。」と言っていただきました。
3歳ごろに始まり、いったん消えて、年長でまた出てきた娘の吃音。小学校入学を前に、母は言語聴覚士と話す機会をつくりました。言語聴覚士からは、最初の言葉を繰り返す娘の型は比較的軽いタイプで、引き延ばしや、力を入れて搾り出すような状態になると心身の負担が大きくなると説明を受けたと母は書いています。ところが面談のあいだ、娘の吃音は一度しか出ません。初めて会う先生に緊張して、かえって多く出るのではと母は思っていたのに、逆でした。言語聴覚士はそのうえで「今すぐ特別な訓練や手立てが必要な状態ではなさそう」と伝えています。これは個別の面談での見立てであって一般の指針ではありませんが、「面談では出なかった」という出来事そのものは、多くの家庭で起きています。国立障害者リハビリテーションセンターが関わる発達障害ナビポータルは、相談に来た子が目の前では流暢に話すことを、支援者向けにはっきり書いています。
出典: 6歳の娘の吃音。言語聴覚士の先生とのお話。(note・ひよりさんのブログ)(台帳: V0173)
発達障害ナビポータルは、保護者が連発・伸発・難発の症状を見て強く吃音を疑い相談に来ても、実際にその子と話すと思ったほど症状が出ないことが多い、と書いています。そして、その流暢な様子に相談を受けた人が「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と言葉をかけることは、養育者にとってプラスに働くことは少ない、と続けています。同じページは、伴奏に合わせて歌う・二人で同じ言葉を言うといった外からタイミングが与えられる場面では吃音が消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われると説明し、子どもが気をつけて話すときには出にくく、家で言いたいことが浮かんだままタイミングを合わせずに話すときに表に出ていると想像することが大切だとしています。
研究の側も同じことを言っています。吃音の症状は同じ人の中でも日・週・月の単位で重さが揺れ、良い時期と悪い時期が数週間から数か月続くこと、見え方や聞こえ方が性格・社会的な文脈・伝えたい目的・感情の状態で変わることが指摘されています。症状のばらつきは、あるはずの症状の型を覆い隠したり、無いものを装ったりして診断を難しくしうるもので、一つの環境・一つの時点だけを測る評価はその人の本当の姿を捉えそこねることがあります。慶應義塾大学病院の資料も、症状が出やすい時期と出づらい時期があることを「波現象」と呼んで、吃音の症状の特徴に挙げています。
ガイドラインは、こうした「表に出にくい吃音」にも手当てを用意しています。隠れた吃音が疑われるときは、話をさえぎる・速く話すよう求めるといったコミュニケーション上の負荷をかけて症状を引き出し、心理的な負担も質問紙で記録するとしています。また、診断の目安となるどもった音節の割合(話した全音節の3%以上)に届かなくても、持続時間の長いどもりが一度でもある、感情面のストレスがある、回避行動がある、話すときに力みや体の動きを伴うといった場合には、吃音を疑って評価すべきだ、ともしています。
受ける側にできることもあります。家でよく出る場面の様子を書き留めたり、可能なら短い録音を持って行ったりすれば、面談で出なかった日にも「家ではこう」を専門家に見せられます。これは特定の資料が定めた手順ではなく一般的な工夫ですが、評価が一つの場面に偏ることを避けたい、という研究の指摘に沿ったものです。
検査は「どもりの数」だけを見ているのではない
検査というと、どもった回数を数えられ、重い・軽いを言い渡される場面を想像しがちです。けれど、専門家の評価はそこで終わりません。高校生で初めて受診した当事者の記録には、診察と検査の中身が順に書かれています。
当事者の声(幼いころから吃音のある20代女性が、高校時代の初めての受診を振り返った記録/個人ブログ note・名義「びじゅ」)
そして、正式に「吃音症である」と診断された。
②言語聴覚士とのリハビリは、初回ということで、症状の確認(言える文字と言えない文字の確認)とストレステストを行った。
ストレステストの結果は、強度の社交不安と対人恐怖アリ、というものであった。
その時初めて、「人前に立つ前後30分は震えが止まらない」、「心臓の鼓動が聞こえる」、「周囲の視線が気になる」、「呼吸が浅い」等の特性に名前が付いた気がした。
受け入れる覚悟ができた瞬間であった。
保育園のころから吃音があり、高校生のときに自分で病院を探して親と受診した当事者の記録です。主治医の診察は2時間ほどで、そのほとんどを泣いて過ごしたと本人は書いています。そのあとの言語聴覚士との初回では、言える文字と言えない文字の確認に続いて、ストレスの検査がありました。そこで名前が付いたのは、どもりの回数ではなく、人前に立つ前後の震えや浅い呼吸——人前で評価される場面への強い不安(社交不安)のほうでした。「どもりを数える」検査と「気持ちと生活を測る」検査が別々にあり、その両方で一人を見る。専門家の合意が示す評価の枠組みは、まさにその形をしています。
出典: 【県外逃亡】吃音症で障害者手帳を取得することを決意するまでの記録④(15~18歳)(note・びじゅさんのブログ)(台帳: V0102)
生涯にわたる吃音の評価について専門家の合意から共通の中核領域を抽出した国際的な指針は、包括的な評価に含めるべき領域として6つを挙げています。(a) 吃音に関する背景情報、(b) ことば・言語・気質の発達(特に幼い子どもで)、(c) 発話の流暢さと吃音の行動、(d) 吃音に対する本人の反応、(e) 周囲の人の吃音への反応、(f) 吃音がもたらす生活への悪影響、です。どもりを数えるのは、このうち (c) の一部にすぎません。
ドイツのガイドラインも、どもりの割合や重症度の検査に加えて、吃音とともに生きる経験を本人が答える質問紙で健康に関わる生活の質を記録し、発話の自然さは専門家でない聞き手が評定するよう求めています。治療者自身による重症度の評定を唯一の物差しにしてはいけない、とも書いています。
なぜ回数だけでは足りないのでしょうか。海外で広く使われる重症度の検査を用いた研究は、この検査が外から観察できる吃音の行動を測る標準化された信頼できる道具である一方、話す場面を避ける・別の言葉に言い換える・隠すといった見えない側面は捉えられず、それらは吃音という経験の重要な要素だ、と限界を自ら書いています。同じ論文は、不安の強さは本人が感じる吃音の影響とだけ関係し、どもった音節の割合のような客観的な重症度の指標とは関係しなかった先行研究や、吃音の行動の複雑さが心理的な苦痛や本人が報告する影響と対応しなかった先行研究を挙げ、重症度は心理的・社会的な負担をそのまま予測するわけではないと述べています。ドイツのガイドラインも、心理的な負担があれば隠れた吃音でも治療が必要になりうるとし、その理由として、吃音の重症度とそうした負担は強くは相関しないことを挙げています。
子どもの場合は、もう一つ注意があります。就学前の子どもが話すことをどう感じているかは親の報告が主な情報源になりがちですが、学齢期の子どもを対象にした検査では、親の点数と子ども本人の点数の相関は弱かったと報告されています。検査を作った研究者は、親の回答は子どもの気持ちというより、わが子の話し方に対する親自身の受け止め方を映しているのではないかと解釈しました。幼児が自分で答える質問紙についても、「はい・いいえ」で答える形式のため子どもの経験の一面しか見えず、友達との関係のような生活の他の面までは測っていない、と原典自身が限界を書いています。
指導や治療の効果を数字で見るときも同じです。どもった音節の割合の減少だけを見ても、回避・自発性の低下・力の入り方・予期・参加の妨げを見落とし、就学前の研究では自然回復による改善が混ざるため、それだけでは解釈が難しいと指摘されています。
検査の数字は、検査者によってどれくらいブレるのか
「どもった回数を数える」のは人の耳です。同じ発話を別の人が数えたら違う数になるのではないか——当然の疑問です。研究は、この一致の度合いを指標で報告しています。
就学前の子どもの吃音を数える判定について、検査者どうしの一致と、同じ検査者が時期を変えて判定したときの一致は、同じ研究グループの過去の報告で87%から100%の範囲にあり、偶然の一致を除いて評価する指標(κ係数)でも.76から.84だったとされています。成人の研究では、発話の録音は吃音の訓練を受けた資格をもつ二人の言語聴覚士に無作為に割り当てられ、判定者はどの参加者がどの群かを知らされていませんでした。同じ判定者が時間をおいて再評価したときの一致はκ係数で0.92、別の判定者が独立に評価したときの一致は0.85で、0.75を超えれば偶然を超えた優れた一致とされています。
言い換えると、訓練を受けた検査者が決まった手続きで数える限り、回数の判定はかなり安定しています。ブレとして気にすべきなのは検査者の耳よりも、「その日・その場面でどれだけ出たか」のほうです。ガイドラインが、必要なら治療に関わらない専門家が重症度を評定し、治療者自身の評定だけを唯一の物差しにしないよう求めているのも、この文脈にあります。
もう一つ、重さの「印象」と回数は別物です。幼児の吃音が続くか回復するかを追った研究を統合したメタ分析(複数の研究をまとめて解析する方法)では、持続した子は回復した子より吃音らしい非流暢性(音や語の繰り返し・引き伸ばしといった言いよどみ)の頻度が高かった一方、言語聴覚士による重症度の評定でも保護者による重症度の評定でも差は検出されませんでした。著者らは、包括的な評価には非流暢性の分析を含めるほうが、重症度の評定だけよりも見通しの情報を得やすいと述べています。
検査のあと、何が決まるのか — 幼児の経過観察と相談先
検査は「吃音か、そうでないか」を言い渡して終わるものではありません。結果は、経過を追うのか、指導を始めるのか、家庭で何をするのかを決める材料になります。
幼児の場合、日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、吃音が出はじめてから2〜3年程度までの経過で7割以上が自然治癒するため、幼児期には楽に話せる環境を整えながら経過を追い、発話に苦悶・努力や悪化の傾向があるか、就学1年前ごろになっても改善の傾向がない場合に言語治療を開始する、としています。ドイツのガイドラインも、3〜6歳の子どもは発症から6〜12か月は経過観察し、その期間を過ぎても吃音が続くなら治療を始めるとしたうえで、持続の危険因子がいくつも重なる場合、症状に制御の喪失や努力の増大を伴う長いものが含まれる場合、症状が親や子にとって負担で回避行動を生んでいる場合には、直ちに始めるべきだとしています。同時に、完全な回復は保証できないとも明記しています。
家族に吃音のある人がいる子・男の子・4歳ごろより後に始まった子は持続のリスクが高いと保護者に伝えうる、とメタ分析の著者らは具体例を挙げています。ただしそれは群どうしの比較であって、一人ひとりの子に当てはまるものではないとも断っています。
検査を行うのは、多くの場合、言語聴覚士やことばの教室の担当者です。ただし言語聴覚士の全員が吃音を扱うわけではないので、探し方は言語聴覚士の記事に、どの科・どの病院に行くかは何科の記事にまとめています。慶應義塾大学病院のように、全国的にも少ない吃音の専門外来を設け、言語聴覚士や臨床心理士と協働して個々の患者に応じた支援をしている医療機関もありますが、受診希望が多く予約が取りにくいと案内されています。検査を受けたあとに診断書や手帳の話になったときは、診断書の記事を参照してください。
「検査」をめぐって陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 検査の点が軽い=困っていない、と読む
重症度の検査は外から見えるどもりを測る道具で、避ける・言い換える・隠すといった側面は捉えられません。重症度と心理的な負担は強くは相関せず、負担があれば隠れた吃音でも治療が必要になりうるとガイドラインは書いています。「軽い」という言葉を、「困っていないはず」に置き換えないでください。
落とし穴2 − 相談の場で出なかった=吃音ではない、と受け取る
相談に来た子は目の前では流暢に話すことが多く、「気にならないですね」で終わることは養育者の助けになりにくいと公的サイトは注意しています。一つの場面・一つの時点の評価は実像を外しうるので、家での様子を記録して持って行き、出なかった日には「家ではこうです」と伝えてください。
落とし穴3 − 記録用紙や検査の中身を手に入れて、自分で測ろうとする
記録用紙は検査を実施する人向けに配られているもので、どもりを数える判定は、吃音の訓練を受けた検査者が決まった手続きで行うことで安定が確かめられています。数え方を真似ても、家での回数の増減をそのまま重さの増減と読むことはできません。日や週で揺れるのが吃音の性質だからです。家庭でできる記録は、どの場面で・どのくらい・本人がどう感じていたかを書き留めることで、それは検査の代わりではなく、検査と面接を補う材料になります。
よくある質問
吃音検査法とは何ですか?
吃音の症状を共通の枠組みで観察・分類・記録するための、専門家向けの検査キットです。学苑社が出版しており、第2版には幼児版・学童版・中学生以上版があります。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、吃音の診断基準を「吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あること」としつつ、頻度は絶対の基準ではないとしています。
記録用紙はどこで手に入りますか?
記録用紙は検査を実施する人向けのもので、解説書を購入した人が出版社から入手する形になっています。検査を受ける側が入手して記入するものではありません。家での様子を伝えたいときは、場面・頻度・本人の様子を書き留めたメモや短い録音のほうが役に立ちます。一つの場面・一つの時点だけの評価は実像を外しうると研究も指摘しています。
検査では何をされますか?
音読・一人で話す・会話など複数の場面で発話を録音し、どもった音節の割合・いちばん長いどもりの持続時間・話すときに体に現れる動きで分析して重症度を分類するのが、ドイツのガイドラインが定める客観的な評価です。加えて、吃音に対する本人の反応や周囲の反応、生活への影響も評価の領域に含まれます。幼児では、保護者への聞き取り(家庭の状況・ことばや吃音の家族歴・気になっていること)から始まり、その間に別の検査者が子どもと遊びながら会話を集めた研究の手順が参考になります。
検査の日に吃音が出なかったら、意味がないのでしょうか?
相談の場で思ったほど症状が出ないことは多く、公的サイトはそれを前提に支援者へ注意を促しています。ガイドラインは、隠れた吃音が疑われる場合に、話をさえぎる・速く話すよう求めるといった負荷で症状を引き出す手続きを示しています。家での様子を記録して伝えれば、出なかった日も評価の材料になります。
検査の結果は「軽い」でしたが、本人はとても困っています。
重症度の検査は外から見える吃音の行動を測るもので、回避や言い換えなど見えない側面は捉えられないと、検査を使った研究自身が限界を書いています。重症度と心理的な負担は強くは相関せず、負担があれば隠れた吃音でも治療が必要になりうるとガイドラインは述べています。困っていることをそのまま専門家に伝えてください。
まとめ
- 「吃音検査法」は専門家が吃音の症状を共通の枠組みで分類・記録するための検査キットで、記録用紙は実施者向け。受ける側が入手して記入するものではない。
- 検査で数えるのは外から見えるどもり。音読・一人で話す・会話など複数の場面で録音して数えるのは、場面で出方が変わるから。日本の学会誌は診断基準を「100文節あたり中核症状3以上」としつつ、頻度は絶対基準ではないとする。
- 相談の場ではいつもの吃音が出ないことが多く、「軽いですね」で終わらせることは養育者の助けになりにくい。家での様子の記録が、出なかった日を補う。
- 数えた回数は、避ける・言い換える・隠す側面を捉えられず、検査の点と本人の負担は必ずしも一致しない。評価で見る領域は6つあり、どもりの数はその一つ。
- 訓練を受けた検査者どうしの判定は高く一致する。注意すべきは検査者の耳より、一つの場面・一つの時点だけの評価が実像を外しうること。結果の読み方は、検査をした言語聴覚士など専門家に直接たずねる。
